【先取りベストセラーランキング】ホラーの巨匠、スティーヴン・キングの中編小説集 ブックレビューfromNY<第56回>

アウトサイダーの再来?

If It Bleedsの作者スティーヴン・キングは、アメリカにおけるホラー小説の第一人者で、多くの作品が日本語に翻訳され、日本でも熱狂的なファンが多いと思う。新作が出れば必ずニューヨーク・タイムズのベストセラー・リストの上位にランクされてきた。ホラー小説が苦手な当コラムの著者は、今までキングの作品を避けてきたが、今回は取り上げたいと思う。この本には長編小説ではなく、4つの怖い話、正確には1つの非常に怖い話If It Bleedsと、その他3つのちょっと怖い話が収められている。そしてIf It Bleedsは、2018年6月から9月にかけ3カ月以上ベストセラー・リストにランクされたThe Outsiderの続編となっている。The Outsiderは、人間と同じ姿に変身をする邪悪な生き物アウトサイダーが、実在の人間に成りすまして残虐な殺人を犯し、なにもしていない人間が犯人として誤認逮捕されてしまうという物語で、オクラホマ州フリント市の警察官ラルフ・アンダーソンと、天才肌の私立探偵ホリー・ギブニーが協力してアウトサイダーを追い詰め、殺すという物語だ。この小説はHBOのテレビドラマ・シリーズとして今年1月から放映され、高視聴率をあげた。このテレビドラマ(邦題:『アウトサイダー』)は日本でも少し遅れて4月からスターチャンネルで放映されたようなので、ご覧になった方もいらっしゃるかもしれない。

If It Bleedsには、The Outsiderで活躍をした私立探偵ホリー・ギブニーが主人公として登場する。警察官のラルフ・アンダーソンが家族とともに長期休暇で家を留守にしている間、アンダーソン宛の郵便を代わりに受け取っていた隣人は、ホリーからラルフ・アンダーソン宛の郵便物を受け取ると、それをアンダーソンが戻ってくるまで保管していた。そして、休暇から戻ったラルフがその郵便物を開封してみると、中にはホリーの録音メッセージ入りのフラッシュ・ドライブが入っていた。この物語は、ホリーの録音メッセージとともに展開していく。

2020年12月8日朝、ピッツバーグの中学校に、スコットランドの提携校からの小包が届いた。12月18日までは開けないように、と箱に大きな文字で書かれていたため、多分クリスマスプレゼントだろうと、その場で開封されることなく、戸棚に仕舞われた……。そしてその日の午後、小包の中の爆弾が爆発し、生徒を含む多数の死者と負傷者が出た。

爆破事件のことをニュースで知ったホリーは、次第にこの事件が、アウトサイダー(といってもラルフと自分が殺したアウトサイダーとは少し違う種類のアウトサイダー)の仕業ではないかと疑い始めた。アウトサイダーのような生き物の存在を60年間信じ続けてきたメイン州ポートランドに住む元警察官の老人から情報提供を受け、ホリーはこの異種のアウトサイダーと対決する決意をした……。 12月19日、アウトサイダーと対決する直前のメッセージの最後に、ホリーはラルフに語り掛けている。「私は最善を尽くしてきたけれど、十分ではなかったかもしれない。……もし私が死んで、私が始めたことを、あなたが継続すると選択したならば、くれぐれも気を付けてください。あなたには、奥さんも息子さんもいるのですから……。」 録音はここで終わっていた。

果たして、ホリーとアウトサイダーの対決の結果は?

3つのちょっと怖い話

この本に収められているそのほか3編の中編小説はちょっとだけ怖い話と言える。

最初のちょっと怖い話Mr. Harrigan’s Phoneは、人口600人ぐらいの小さな田舎町の丘の上の大きな屋敷に住む金持ちの孤独な老人ハリガン氏と、彼に毎週、数時間本を読み聞かせるアルバイトをしている頭の良い男の子クレーグとの心の交流を描く。ハリガン氏は年4回、バレンタインデー、クレーグのお誕生日、サンクスギビング、クリスマスにお祝いのカードとともに、1枚1ドルの宝くじをクレーグに贈った。宝くじは、大抵は外れだったが、時々2ドル当たったりしたし、5ドル当たった時は、クレーグは大喜びした。2007年のクリスマス、父親から待望のiPhoneをプレゼントされたクレーグは、すっかりスマホにはまってしまった。翌年、バレンタインデーのカードとともに贈られた宝くじが何と3000ドルの大当たりで、クレーグは、お礼にハリガン氏にiPhoneをプレゼントした。そして、クレーグとハリガン氏はスマホでも会話をするようになっていく。ほどなくしてハリガン氏が亡くなった時、クレーグはこっそり遺体の背広のポケットに、ハリガン氏のiPhoneを忍び込ませた。埋葬後、ハリガン氏のスマホに電話をすると、留守電の録音メッセージが聞こえるだけでなく、彼のスマホからテキスト・メッセージが入ってきたりした。埋葬直後だけでなく、それ以後も、クレーグは悩みがあると、ハリガン氏の留守電に語り掛けるようになった。ある時、クレーグは高校の同級生からしつこいいじめを受けていることをハリガン氏の留守電に訴えた。すると願望が聞き届けられたかのように、クレーグをいじめていた同級生が急死した……。

2番目のちょっと怖い話The Life of Chuckは、チャールス(チャック)・クランツの生涯を描く。3部構成で、チャックの死から時代を遡って語られている。最初の場面(Act 3:第3幕)では、カリフォルニアの銀行で働く真面目な会計士のチャックは、まだ39歳の若さで、末期の脳腫瘍で病院のベッドに横たわり、家族(妻と息子、妻の兄)に看取られて息を引き取る。この場面の舞台背景は近未来だと思われるが、電気の供給が途絶え、インターネットが終焉を迎えようとしていて、携帯電話はほとんど通じず、昔の卓上電話だけが機能している。頻発する地震の影響で、カリフォルニアの太平洋岸の土地がどんどん崩れて海中に沈んでいき、国内難民が増えているという、一種のディストピアになっている。次の場面(Act 2: 第2幕)では、経理のカンファレンス出席のため出張でボストンを訪れたチャックが、カンファレンスの前日にボストンの街を散歩中、ストリート・ミュージシャンの奏でるドラムに合わせて踊り始め、周りにいた人びとの大喝采を浴びる。最後の場面(Act 1: 第1幕)では、両親が自動車事故で亡くなったため、父方の祖父母に引き取られたチャックが、ダンス好きの祖母からダンスの手ほどきを受け、高校時代はロックバンドのリード・シンガーになる。19世紀に建てられた祖父母の古いビクトリア風の家には、塔のような筒形の屋根裏部屋があり、入り口のドアにはいつも鍵が掛かっていた。中がどうなっているのかという質問に、祖父は「見たくないものを見ることになる」とか「幽霊が出る」とか言葉少なに答えるだけだった。祖母が亡くなり、祖父も亡くなった後、家の鍵の束の中に、屋根裏部屋の鍵を見つけたチャックは鍵を開けて入ってみた。そして、そこで彼が見たものは……。

最後のちょっと怖い話Ratは、小説がなかなか書けなくて苦しんでいる男の話。高校の英語教師のデュリューは20年前に初めて短編小説を出版して以来、今まで短編を6作品書いているが、長編小説については2回書き始めて2回とも途中で挫折した経験がある。ある日、インスピレーションが湧き、小説を書くエンジンがかかったデュリューは、ちょうど高校の研究休暇(サバティカル)が始まったところだったので、メイン州の山中の父が遺した山小屋に籠って、長編小説にチャレンジしようと思った。しかし、山小屋に到着してすぐに嵐が接近し、おまけにひどい風邪をひいて熱にうなされるようになり、小説ははかどらず焦るばかりだった。嵐の中、彼はドアの外のマットの上に、弱ったネズミが1匹倒れているのを見つけ、このままでは凍死してしまうと、家の中に入れた。夜中、目が覚めると、目の前に助けたネズミがいた。ネズミは助けてもらったお礼に望みを1つかなえてあげるが、その代わり大切な人が死ななくてはならないと言った。デュリューはどうしても、書き始めた小説を完成させ、出版したかった……。果たして彼は大切な人の命と引き換えに、このネズミの申し出を受けるのか?

著者について

スティーヴン・キングは1947年メイン州ポートランド生まれ。小説家。アメリカのホラー小説の第一人者といわれている。メイン大学卒。小説家として独立するまでは、クリーニング店で働いたり、英語教師をしたりしながら小説を書いていた。1974年、ホラー小説『キャリー』(Carrie)で作家デビューを果たし、その後『呪われた町』(Salem’s Lot、1975)、『シャイニング』(The Shining, 1977), 『ファイアスターター』(Firestarter, 1980)、『クージョ』(Cujo, 1981)、『IT-イット』(It, 1986)などベストセラー小説を次々発表し、世界中でこれまで3憶5000万部の売り上げを記録している[3]。最近のベストセラーにはThe Institute(2019年), Elevation(2018年), The Outsider(2018年), Sleeping Beauties(2017年、息子のオーウェン・キングとの共著)、ビル・ホッジス三部作(2014-2016年)などがある。2018年にPENアメリカ文学賞(PEN America Literary Service Award)、2014年にNational Medal of Artsを受賞し[4]、その他数々の文学賞を受賞している。キングの作品の多くは映像化(映画やテレビドラマ化)されていて、最近の映画では、『ドクター・スリープ』(Doctor Sleep、 『シャイニング』の続編になる)、『IT/イットTHE END “それ”が見えたら、終わり。』(It Chapter Two)が2019年に大ヒットした。

[3]https://www.biography.com/writer/stephen-king
[4]表紙カバー(ジャケット)のそでの著者紹介文

佐藤則男のプロフィール

早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。 1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。 佐藤則男ブログ、「New Yorkからの緊急リポート」もチェック!

初出:P+D MAGAZINE(2020/07/18)

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