こざわたまこ『教室のゴルディロックスゾーン』スピンオフ小説「犬」

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 ちなみに健斗は、俺のことをモトって呼ぶ。元晴の上半分を取って、モト。俺をそういう風に呼ぶ奴は他にいなくて、健斗から名前を呼ばれると、時々ちょっとくすぐったい。他の奴らは、健斗のことをケンティーとか、ケンケンとか色んな呼び方で呼んでるみたいだけど、俺は出会った時からシンプルに健斗って呼んでる。俺達は、健斗のケンと元晴のモト、二人合わせてモトケンコンビ、なんて言われるくらい、仲の良い友達だったのだ。

 親同士の仲が良かったこともあって、中学生になってクラスが分かれてからも、健斗との友情は続いていた。変わったことと言えば、俺がサッカークラブを辞めたことくらいだ。コーチからも健斗からも、もったいない、と引き留められたけど、優柔不断な俺が考えに考え抜いて決めたことだからこそ、俺の意思は最後まで揺らがなかった。これは、誰かに言われたとか、親に決められたとかじゃなくて、俺に行きたい高校ができたから。俺の学力じゃ正直合格は厳しくて、中学に入ってからは勉強に本腰を入れなくちゃ、と思っていた。随分前からその話はしていたはずだけど、健斗はその理由に、今もあんまりぴんときていないっぽい。

 俺がクラブを辞めて半年後、健斗は健斗で色々あったらしく、一年生の夏の終わりに電話で、俺も辞めたよ、と報告を受けた。

「お前がいなくなってからチームのレベルが落ちちゃって、誰も俺のパス回しに付いてこれねーんだもん」

 健斗はそう言ってたけど、実際はチームメイトとの間に軋轢あつれきがあり(健斗のワンマンリーダーっぷりは、俺がいた時から何かと物議を醸していた)、話し合いの最中に「俺が辞めればいいんだろ」と啖呵たんかを切った健斗が、勢いで退会届を提出した、というのが真相らしい。健斗はその後、学校のサッカー部に入るでも、別のスポーツを始めるでもなく、活動がほとんどあってないようなパソコン部に籍を置き、帰宅部同然の生活を送っているようだ。俺は俺で中学に入ってからは慣れない塾通いに忙しく、健斗の話をじっくり聞くこともできなかった。

 そんな感じだったから、二年生のクラス替えで、久しぶりに健斗と一緒のクラスになった時は嬉しかった。二人で始業式の日に、モトケンコンビ復活だな、なんて言い合ったりもした。なのに、一年ぶりに健斗と一緒に過ごすようになってからというもの、なんか違う、って思うことが増えた。一年生の時点ですでに、それぞれ友達グループを作っていたこともあり、今は何をするにも一緒ってわけじゃない。お互いの友達の雰囲気だって、全然違う。でも、何より違うのは健斗だ。健斗の口の悪さも態度の悪さも元々の性格で、それは昔から変わっていない。変わっていないはずなのに、今はそれを周りに見せつけるようにやってる感じ。しょっちゅう授業を妨害するし、やたら大人を舐めてかかってる。この前なんて、不慣れな教育実習生相手に、ネチネチ難癖をつけて喧嘩を売っていた。あれじゃあ、弱いものいじめと変わらないじゃないか。……あれ。健斗って、前からこんな奴だったっけ?

 でも、健斗も俺に対して同じようなことを思っているに違いない。中学に入ってからというもの、一軍から「格下げ」になった俺のことを、健斗や健斗の友達はどんな風に見ているんだろう。健斗の友達からしたら俺は、勉強もスポーツも飛び抜けていいってわけじゃない、なんでもそこそこの「優等生キャラ」だから。俺は友達とふざけるのは好きだけど、それが原因で誰かを傷つけたり、怒らせたりするようなことはしたくないし、それがかっこいいとも思ってない。でも、そういうところが一部の男子達からすると、「いい子ちゃん」で、「いけすかない」らしい。そのせいで健斗にもよく、モトはノリが悪いって言われてた。

 クラスのそういう空気もあってか、俺は最近、健斗を名前では呼びにくくなった。健斗は俺と違って、中学でもちゃんと一軍の奴だから。だから学校で他の奴と話す時は、健斗のことをこっそり大沢おおさわって呼んでる。大沢がさ、とか、大沢ってさ、みたいな感じ。もちろん、健斗から直接何か言われたわけじゃないし、本人を前にしたら普通に健斗は健斗なんだけど。

 小学生の頃は、勉強ができるか走るのが速ければ、クラスでは一目置かれるようになった。でも、中学校ではそれだけじゃ一軍にはなれない。成績がいいとか、かけっこでいちばんとかよりも、コミュ力が高くて、大人にも平気でタメ口が使える、態度のでかい奴の方が上なのだ。父さんが昔、会社ではほどほどにデリカシーのない奴がいちばん出世する、って管を巻いてた時があったけど、それって教室も一緒だな、って思う。



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『教室のゴルディロックスゾーン』
こざわたまこ


こざわたまこ
1986年福島県生まれ。専修大学文学部卒。2012年「僕の災い」で「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞。同作を収録した『負け逃げ』でデビュー。その他の著書に『仕事は2番』『君には、言えない』(文庫化にあたり『君に言えなかったこと』から改題)がある。

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