週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.158 梅田 蔦屋書店 河出真美さん

書店員コラム_河出さん

『夜の日記』書影

『夜の日記』
ヴィーラ・ヒラナンダニ
訳/山田文
選/金原瑞人
作品社

『夜の日記』の舞台は一九四七年。インドがイギリスから独立し、インドとパキスタンという二つの国に分かれた年だ。語り手のニーシャーは十二歳の少女で、イスラム教徒の母とヒンドゥー教徒の父を持つ。自分と双子のきょうだいアーミルを生んだ時亡くなってしまった母にあてて、ニーシャーは日記を書く。何が起こっているのかよくわからないままに崩れていく日常、宗教の違いのために強いられる悲しい別れ、迫りくる危険を逃れるための辛い旅について。

 ニーシャーたち一家はヒンドゥー教徒だが、国が分かれた後にはイスラム教徒が多数派を占めるであろう土地に住んでいた。そのために住み慣れた土地を後にすることになる。こういう事情が、まだ子どもであるニーシャーにはよくわからない。一家の料理人で家族同然の繋がりを持つカジは、どうして一緒に来られないのだろう。「愛情をこめてうれしそうにわたしをみてくれる」カジは、「ニーシャーは娘みたいなものだから、ずっと心のなかでいっしょにいるよ」と言ってくれるひとなのに。なぜかといえば、カジがイスラム教徒だからだ。ヒンドゥー教徒とイスラム教徒。これまで隣り合って暮らしてきた人々の間に、歴史が、政治が、見えない線を引いた。

 そう、その線は見えない。物理的に、人と人を隔てているわけではない。だから、越えるのは簡単だ。繋がってしまうことは簡単だ。ニーシャーの父と母のように。ニーシャーたち一家とカジのように。難しいのは、線を越えて人と繋がることではない。一度繋がったものを切り離すことのほうだ。

 そして、それは悲しいことではない。希望だ。

 著者の父側の親族の体験を基にしているというこの物語を、著者は悲しく辛いだけの物語にはしなかった。本書は、見えない線に隔てられながら、それでも手を伸ばし繋がりあおうとする人々の、希望の物語でもある。見えない線に隔てられたがゆえに起こる争いが終わりますようにという、本の形をした祈りでもある。

 人と人の繋がりを断つことができないのならば、その線は結局はそこにないのと同じだ。なくていい。この世界にそんなものは、最初から要らない。

 

あわせて読みたい本

『Radio Silence』書影

『Radio Silence レディオ・サイレンス』
アリス・オズマン
訳/石崎比呂美
トゥーバージンズ

 ティーンエイジャーは大変だ。小さかった頃は気づかなかったことに気づいてしまう程度には大人で、自分の抱える問題を一人で何とかすることができないぐらいには子どもで。大変なので、友だちがいるといい。この本で、自分たちだってそれなりに大変なティーンエイジャーの若者たちは、辛い思いをしている友だちのために奮闘する。ティーンエイジャーは大変だ。でも、やれることだってある。

 

おすすめの小学館文庫

パパイヤ・ママイヤ

『パパイヤ・ママイヤ』
乗代雄介
  
小学館文庫

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河出真美(かわで・まみ)
本が好き。文章も書く。勤め先では文学担当。なんでも読むが特に海外文学が好き。趣味は映画鑑賞。好きな作家はレイナルド・アレナス、ハン・ガンなど。最近ZINE制作と文フリの楽しさに目覚めました。


「妄想ふりかけお話ごはん」平井まさあき(男性ブランコ)第12回
◎編集者コラム◎ 『人さらい』翔田寛