「妄想ふりかけお話ごはん」平井まさあき(男性ブランコ)第22回

22.「MRIの旅」
首、肩が痛い。こりこりに凝っているからだ。僕は時々、家で自重筋トレをしているのだけど、腕立て伏せをしようにも、特に痛い右肩から「ぎゃーん」と悲鳴が聞こえる。そのせいで最近、精神的にも健康的にも良い筋トレが出来ていない。とてもかわいそうである。誰かによしよししてもらいたいのはやまやまだけど、身近に、そんなよしよし人間は存在していない。セルフよしよしを試してみたところで、癒やしなどから程遠い空しさが募るだけだった。
というわけで、何とかこの首肩凝りを解消すべく、近所のマッサージ屋さんに行った。マッサージ終わりにはとても身体が軽くなり、ふわふわ飛んでいってしまうような心持ちになるのだけど、数日も経てばまた元のように凝り凝り人間に戻ってしまう。
マッサージ屋さんに相談したところ、「もしや、お主は首ヘルニアではあるまいか。ならば首を切り落とした方が楽になるであろう」とご指摘をいただいた。実際、こんな極論侍みたいな言い方はもちろんされてないが、首ヘルニアという恐ろしい可能性を示唆されてしまった臆病者の僕は、すぐ病院に行くのである。
それはもうすぐさま近所のMRI完備の病院に行った。ヘルニアであるかどうかはMRIでないとわからないらしい。MRIの装置の中に入り、上半身だけをスキャンする。頸椎辺りの部分を輪切りに調べることができるのだ。
MRI検査中は20分微動だにしてはいけない。少しでも動くと正確な検査ができないそうだ。20分微動だにしないなど、大人の僕にとっては朝飯前である。僕は全力で微動だにしない、をした。つもりだった。しかしながら、ものの5分で、MRI担当の技師さんに「今、動いてしまったので、もう1回やりますね。がんばってくださいね」と注意される。
それから僕は、微動だにしないを必死こいてやったが、結局計4回注意を受けた。1度目の注意がイエローカードならば2度目は退場になっている。3度目の正直を覆し、非正直のレッテルを貼られてしまっている。仏の顔を鬼神に変えてしまっている。
そんな中でも技師さんは優しく「がんばりましょうねえ~。少しの辛抱ですからねえ~」と子供をあやすようなテンションと言い方で僕を落ち着かせてくれた。「ねえ~」と語尾を凄く伸ばしてくれている。
僕は恥ずかしさと情けなさと自分の身体を思うようにコントロールできないもどかしさ、という名の三色の炎で身が焼かれる思いだった。いっそのこと焼いてくれ。バーベキュッてくれ。
微動だにしないでおこうと思うから、意識しすぎて動いてしまうのかもしれない。何か別のことを考えて気を紛らわせるしかない。
そうして、僕はこのMRIスキャンの20分間、目を閉じ、思考の旅に出発する。
目を開けると、そこは野っ原であった。のっぱらとひらがなにしたくなるほどの野っ原具合。高い山も無ければ森も川も、人の住む町すらない。見渡す限り背の低い野草がびっしりのド野っ原。
僕はここで探し物をしていた。その探し物とは何を隠そう、己が胴体である。とある邪悪な魔女エムアールアイの手によって、我が胴体が輪切られ、それをこの野っ原のどこかに隠されてしまったのである。そういうわけで、僕の身体は、今、脇の下にすぐ足が生えているような塩梅だ。脇から足。言わせてもらうならば、脇足である。
さあ、我が胴体を探しに行く旅にいざ参ろう。脇足よ、前へ前へ。そう足の運動神経にパルス信号を送り、歩みを進める。とっとことっとこ。野っ原を闊歩する。言わせてもらうのならば野っ歩である。いや、もっと言わせてもらうのであれば、とっとことっとこと野っ原を闊歩しているわけだから、野っ歩歩、野っ歩歩なのである。
そうして僕はエッホエッホと歩きゆく。いけない。エッホエッホにも、もっと歩きゆく加減を含ませなければいけないだろう。ということは言わせてもらわなければならない。そう、エッ歩エッ歩と。
そんなとんとんちきなことを大声で喚きながら歩いていると、少しだけ、野っ原が、こんもりしているところを発見した。このこんもり具合は、もしかしたら下に胴体が埋まっているのかもしれない。ということで、僕はがむしゃらに手で掘る。掘る。掘る。土は柔らかく、ぐんぐん掘れる。嬉しい。ぐんぐん掘れるのって嬉しいのだ。こんもりのすぐ下には胴体の欠片もなかったが、掘れることの嬉しさ余って、真下へぐんぐんと掘り進めていく。時に横にも進む。縦横無尽に進むのである。掘り進めていく内に自身の身体に異変が起きていることに気付いた。僕の指先には鋭い爪がついていた。そして、我が身体をよくよく観察してみると、身体全体が茶色い毛に覆われていた。なんだこりゃあ。僕は素っ頓狂な声をあげる。
きっと、土を掘っていて、気付くと変身してしまうのは、モグラであろう(そうなんですか?)。しかし、僕が変身していたのは、プレーリードッグであった。
確かに、プレーリードッグは穴掘りが得意である。でもモグラではなく、プレーリードッグだなんて、ちょっと斜めな所業ではないか?
さらには、元々胴体の無い姿をしていたためか、変身後でも、胴体が極端に短いプレーリードッグとなっている。こんなものプレーリードッグじゃなくて、プレリドッグじゃないか。伸ばし棒の役割が胴体を示しているものかどうかはさておき。
僕はこれからプレリドッグとして生きなければならないのか。とりあえず、外に出よう。地上を目指して、上方に向かって掘り進める。流石はプレリドッグ、掘削達人である。ものの数分で地上へボコッと顔を出すことができた。空が青い。大きな雲がふわふわと3つ4つ浮いている。ああ、ゆっくりだなあ、そう思った。
僕は短い胴体をうんとこしょと持ち上げ、野っ原に出る。そして、でろんっと大の字になって寝そべる。
ゆっくり動く雲。少しグラデーションのついた青空。頬を撫でる柔い風。輪切りにされた胴体なんて忘却の彼方へ、僕はうつらうつらと入眠していく。
そこで「平井さん」と技師さんからの声がかかった。僕はハッと現実世界へと舞い戻ってきた。さっきまで僕はこれからプレリドッグとして生きていこう、またそれも人生だと悟っていたところだった。危ない危ない。あのまま行けば、現実世界でもプレリドッグとして、山に行き、穴掘り掘り生活を始めていたところだった。
そして技師さんが言った。
「MRI、撮れました。動かずによくがんばりましたねえ~」
嗚呼、あんだけプレリドッグしてたのに、いけたんかい、と思った。

平井まさあき[男性ブランコ]
1987年生まれ。兵庫県豊岡市出身。芸人。吉本興業所属。大阪NSC33期。2011年に浦井のりひろと「男性ブランコ」結成。2013年、第14回新人お笑い尼崎大賞受賞。2021年、キングオブコント準優勝。M-1グランプリ2022ファイナリスト。第8回上方漫才協会大賞特別賞受賞。趣味は水族館巡り、動物園巡り、博物館巡り。