今月のイチオシ本【ノンフィクション】

『ダチョウはアホだが役に立つ』
塚本康浩

今月のイチオシ本【ノンフィクション】

幻冬舎

 新型コロナウイルスの流行で世界中が注目し、日本の底力を見せた商品が「マスク」だ。一年前、自分と他人の感染予防に、日本人の多くは当たり前にマスクをつけた。そのため品薄になり買いだめが起こったのは記憶に新しい。

 そのマスクの一種に、ダチョウの並外れた免疫力によって生成された抗体を処方した製品がある。医療関係者を始めアメリカ陸軍などでも利用されているこのマスクは、品薄ながらようやく最近、市場にも出回りはじめた。

 このダチョウパワーを発見したのが本書の著者、塚本康浩博士である。鳥が好きで、ダチョウの研究だけがしたくて学者になったという変わり種だが、この発見によって、今では京都府立大学学長に就任するほどの功績を残している。

 自分の家族さえ覚えられないダチョウだが、彼らは類まれな回復力を持っている。お互いを突いて怪我をし、そこをカラスにまた突かれて大きな傷になっても1か月もすれば回復してしまう秘密は、他の動物より細胞が速く動くからだという。細胞がすぐにくっついてしまうのだ。

 神経が鈍いから注射も楽で、無毒化したウイルスを注射すると体内で抗体が作られ卵にうつる。卵は大きいから取れる抗体の量も多い。ゆえに商売になる。こうしてダチョウ抗体を使った産学連携の大学発のベンチャー企業が誕生した。

 ダチョウはすごい! と感動するが、それより塚本先生はもっとすごかった。高校卒業後は進学せずに工場に勤めたが、やはり勉強しようと一念発起。鳥の研究がしたくて獣医学部へ。指導教官につかず自分でお金をためて好きなことをしようと画廊を経営し大儲け。卒業後も往診専門の獣医となって夜の仕事のお宅へ訪問。大学院ではカナダに留学し帰国後は論文を書きまくった。そして帰国後、ダチョウ牧場を始めることになる……。

 このダチョウ抗体の利用法は無限大にあり、もしかすると人間を救うのはダチョウなんじゃないか、と思ってしまう。

 お気楽に読みつつ「もしかしたらノーベル賞?」とも思えるユニークな研究の成果に驚いてほしい。

(文/東 えりか)
〈「STORY BOX」2021年6月号掲載〉

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◎編集者コラム◎ 『囁き男』著/アレックス・ノース 訳/菅原美保