連載対談 中島京子の「扉をあけたら」 ゲスト:望月衣塑子(東京新聞社会部記者)
安保法改正や武器輸出三原則の撤廃、そして憲法九条改正への動き。日本は戦争ができる国へとカタチを変えようとしているのでしょうか。政・官・企業の最前線を取材し『武器輸出と日本企業』(角川新書)を上梓した新聞記者・望月衣塑子氏にお話を伺いました。
第十二回
日本は武器を輸出する国になるのか
ゲスト 望月衣塑子
(東京新聞社会部記者)
Photograph:Hisaaki Mihara
望月衣塑子(左)、中島京子(右)
武器輸出解禁は、経団連の圧力?
中島 望月さんの著書『武器輸出と日本企業』(角川新書)を拝読して、驚きました。防衛省や武器産業の深いところまでぐいぐい入り込んで当事者たちの裸の肉声を拾っている。すごいなぁ、いったいどんな方なんだろうと。ぜひお会いしてお話を伺いたいと思ったんです。
望月 ありがとうございます。私も、中島さんからお声をかけていただいたときに、女性の大作家さんと武器輸出をテーマにお話ができる。こんな機会めったにないと緊張しながらも、今日を楽しみにしていました。
中島 だ、大作家って。敏腕記者は人をのせるのがうまいですね(笑)。ところで、武器輸出についての取材をされるようになったのは、出産がきっかけだったとか。
望月 そうなんです。東京新聞に入社してから、ほぼ社会部一筋でした。俗にいう事件記者ですね。政治家の汚職事件などを取材してきました。でも出産を経て復職したときに配属されたのが、まったく畑の違う経済部だったんです。3・11原発事故の後で、大混乱のまっただ中です。経産省の役人に取材をしたり、勉強会に出たりしなければならないのですが、保育園に子どもを迎えに行く時間になると私一人先に切り上げなくてはならない。悶々としているときに、当時の部長が、大きなテーマに取り組んで長い時間かけて掘り下げてみたらどうかと提案してくれました。そして、二人目の子どもを出産後、二〇一四年四月に「武器輸出三原則」にかわる「防衛装備移転三原則」が閣議決定されました。事実上の武器輸出の解禁です。再び部長から「武器輸出問題をテーマにして取材してみろ」とアドバイスを頂いたんです。
中島 望月さん自身、はじめから武器や武器産業に興味があったわけではなかったんですね。
望月 それまで、軍事にも政治にもさほど興味はありませんでした。でも周りを見渡してみると、このテーマを掘り下げている記者はあまりいない。それなら私がじっくり取り組んでやろうと。
中島 でも、防衛省って機密の塊のようなところでしょう。武器輸出についても、あまり聞かれたくない話題だと思うんです。質問の内容によっては、怒りだす人もいるんじゃないですか?
望月 なかには、そういう方もいます。でも防衛省の官僚の方は、すごく真面目な人が多い。ふだんは軍事や武器の専門家のような人同士で会話しているせいか、「あなたの素人感覚が逆にいいんだよ」と言われることもあります。
中島 普通の人の感覚で取材をしているから、私たちが読んでも難しい内容がすっとはいってくるんですね。ここで、「武器輸出三原則」とはどういうものか。望月さんの著書から引用させていただきますね。
〈一般にいわれている「武器輸出三原則」は一九六七年、佐藤栄作首相が国会答弁で表明したものだ。具体的には次の三項である。
①共産圏諸国への武器輸出は認められない
②国連決議により武器等の輸出が禁止されている国への武器輸出は認められない
③国際紛争の当事国または、それの恐れのある国への武器輸出は認められない
さらに七六年に三木武夫首相が
①三原則対象地域については「武器」の輸出を認めない
②三原則対象地域以外の地域については、武器の輸出を慎む
③武器製造の関連設備の輸出については、武器に準じて取り扱う
これらをあわせて「武器輸出三原則等」といわれてきた〉
(『武器輸出と日本企業』より)
これらを読むと、その根底には日本はもう二度と戦争にかかわらないという、憲法九条的な戦後日本の立ち位置が感じられますね。
望月 憲法の根幹に関わる問題でありながら「武器輸出三原則」撤廃の閣議決定を、大きく取り上げたのは朝日新聞、毎日新聞、東京新聞の三紙くらいでした。
中島 びっくりです。これは憲法九条改正にもつながっていく、すごく重要な問題だと思うのですが。
望月 理由のひとつは、経団連の防衛産業委員会が武器輸出の解禁をずっと訴え続けてきたことがあげられます。海外と武器の共同開発をすることで経済的にも効果が出るし、防衛技術もアップすると繰り返し言い続けてきた。それは、防衛省や防衛装備庁の方向性とも合致することなんです。とくに第二次安倍政権になってから、経団連からの圧力がさらに強くなった。そこで、一気に閣議決定で決めてしまおうという空気が醸成されたんです。いまの森友問題のように国会で論戦になっていれば、マスコミも大きく取り上げたのでしょうが……。武器輸出三原則について、華々しく閣議決定したのは安倍政権ですが、じつは民主党(現民進党)の野田政権時代に事実上の大幅な緩和を認めているんですね。
中島 民進党も関わっているんだ。だから国会で大きく揉めなかったんでしょうか。わたしは、武器輸出のような軍事の問題に関しては、アメリカから圧力がかかっているのではないか、と素人ながらに思っていたのですが……。
望月 もちろん、アメリカは日本の高い民生技術を必要としてきました。一九八三年の中曽根内閣の後藤田正晴官房長官が談話を発表し、米国に対してだけは、武器技術の供与を既に認めています。それが、今回の武器輸出解禁によって、イスラエルやイギリス、オーストラリアなどと共同研究をしようという流れも出てきて、アメリカ以外の国ともコネクションを作り始めました。
中島 それはアメリカにとって憂慮すべき事態ですか。
望月 防衛装備庁の人から聞いた話ですが、アメリカは日本に対して、イスラエルと共同研究をやりたければやればいい。しかし、アメリカと日本が共通で使っている無人機や潜水艦を動かすようなシステムを、イスラエルが作ったものと共通化させることは絶対しない。つまり、どんなにイスラエルの技術が高く、製品が優秀で安価でも、日本はそれを採用することはなかなかできないんですね。
日本の国防技術は、地産地消
中島 日本からの武器輸出として、オーストラリアと交渉していた「そうりゅう型潜水艦」では、どんでん返しが起こりました。
望月 オーストラリアのアボット前首相と安倍首相が仲良しで、アボット前首相が日本の潜水艦を非常に欲しがっていたので買ってくれるだろうと日本側はずっと思っていた。でもアボット前首相が失脚して中国寄りの政策を優先するターンブル新首相にかわったものだから、急転直下この話はなくなってしまったんです。でも、日本の武器輸出を解禁した直後の二〇一四年五月頃、当時の装備政策課長に取材したときには、「潜水艦だけは出せません」と言っていました。
中島 えっ、そうなんですか?
望月 潜水艦は機密情報の塊です。たとえば機械の雑音で探知されないように潜水艦は音の出ないポンプを搭載しているのですが、その技術は特許申請されていません。
中島 そんなすごい技術が、なぜ?
望月 特許申請すると、その瞬間に技術の全容がわかってしまうからのようです。防衛に関する技術は、殆どが機密でありブラックボックスなんです。同様に、オーストラリアに「そうりゅう型潜水艦」を渡すと、日本の防衛技術が対外的に明るみに出ます。それは国防上の宝だから、売ることはできないというのが、取材時に防衛省への取材で感じた印象でした。
中島 それが、安倍首相とアボット前首相のお友だち関係もあって、輸出へと方針転換してしまったということなんですね。
望月 特に、今は官邸の力が非常に強いでしょう。オーストラリアとの同盟関係を強めるためにもこれはやるべし、と指示が出ると、官僚たちは逆らえません。
中島 「武器輸出」がいいか悪いかという議論とは別に、国防を担っている防衛省や防衛装備庁の現場では、葛藤や戸惑いがあったのですね。
望月 これまでは「武器輸出三原則」に則って、武器は売らないというのを国是としてやってきました。三菱重工や川崎重工、富士重、NECなど、防衛関連企業は海外に売るものではなく防衛省の自衛官のために武器を作っているという意識でした。日本の防衛産業は二兆円市場だと言われています。日本最大の企業トヨタの売上は二十八兆円以上です。それと比べると、すごく小さな規模だということがわかります。
中島 国産の防衛技術は、地産地消だったのですね。
望月 そうなんです。海外に武器は売らないけれど、日本の防衛技術を絶やさないために開発は行う。もともと商売として考えていないから、日本企業は海外企業のように自社技術の売り込みをしたこともない。それを、いきなり売れと言われたものだから、相当な戸惑いがあったと思います。
欧米の防衛企業は売上の八十~九十パーセントを武器の売上が占めています。一方、日本企業の場合は多くても十パーセント程度。平均で五パーセントくらいです。もともと武器を売って稼ぐというマインドがないんです。
アメリカの代表的な防衛企業であるロッキード・マーティン社のマリリン・ヒューソンさんという女性CEOの発言が物議をかもしました。電話会議形式で行われた投資家向けの収支報告会で、ドイツ銀行のアナリストが、アメリカとイランとの核開発への平和的合意に向けた話し合いが行われていた二〇一五年一月、「イランとの核協議が兵器販売の落ち込みをもたらすのでは」との質問に「中東とアジア太平洋地域の紛争、緊張関係が続く限り、私たちの業績が衰えることはない。これらの地域はロッキード社にとって成長市場です」と平然と答えていました。
中島 戦争状態を望んでいると言ったも同然。本音なんでしょうけど、恐ろしいですね。
望月 そもそも武器を売るということと、戦争や紛争は密接な関係があります。アメリカの防衛産業の社長は、海外に行くときは防弾チョッキを着ていると聞きました。
中島 誰に狙われるんですか?
望月 アルカイダの暗殺リストに名前が載っているらしいんです。いつ、どこで襲われてもおかしくないと思っているから、車もすべて防弾ガラス。それぐらいの覚悟がないと、このビジネスはやっていけない。そこまでの覚悟は、日本の企業にはありませんね。
中島 五パーセントの売上のために、命を懸けようとは思わないでしょうね。
軍学共同の甘い罠
中島 もう一つ、望月さんが熱心に取材されているのが軍学共同、つまり大学や研究機関における軍事研究です。
望月 二〇一五年に、防衛省が安全保障技術研究推進制度を始めました。大学や研究機関に対し年間最大三千万円を、三年間にわたって提供するというものです。防衛省が掲げたテーマに沿った研究をしている人は、手を挙げてほしいと呼びかけています。
中島 研究者はどういう反応を示しているのでしょう。
望月 全国八十四万人ともいわれる研究者を代表する団体「日本学術会議」ではこの制度をどう受け止めるべきかという議論をしてきました。軍事研究が学術全般に及ぼす影響はもちろん、デュアルユースつまり軍民両用ならいいのではないかという主張をどう捉えるか。さまざまな角度から話し合って、今年の三月七日の検討委員会で、声明案が出され、二十四日に幹事会で声明が決定しました。研究を行う大学の自治などを尊重し、制度に応募すべきでないとまでは言及していませんが、戦争に多くの研究者が投入され悲惨な結末を迎えた反省を踏まえ、疑問符を提示した形の声明をまとめ上げています。この声明を細かく読み解けば、恐らく今まで応募した大学や研究機関も、自分たちの研究が将来的に武器に転用されていく可能性と、それが日本にどんな影響を及ぼすかを、長期的な視点から一歩引いて考えるようになるのではないでしょうか。
中島 研究には資金が必要という現実もある中で、ひとつの歯止めになるような姿勢は打ち出したと。
望月 しかし学術会議の大西隆会長をはじめとする軍学共同賛成派の委員からは、「中国と北朝鮮の脅威にさらされているなかで、軍事研究に協力してくれと政府が言っている。その声を無視していいのか。自衛のための防衛技術の研究なら許されるべきじゃないか」そういう声も上がりました。だから、検討委員会全体としては、きっぱり軍事研究は駄目だと打ち出せなかった。
中島 防衛省の制度に賛同する声もあるんですね。
望月 学術会議が、軍学共同に歯止めをかけるための声明を決める二日前、大西会長が学長を務める豊橋技術科学大学が、軍事研究を容認するための十項目を発表しました。項目には「過度な干渉を受けることなく研究が進められる」などが並び、私には防衛省の制度であれば、応募はいいのではないかとも読めます。
中島 会長の大学が、ですか。
望月 豊橋技科大は、この制度に対していち早く手を挙げて、研究費の助成が採択されているんです。
中島 なるほど、会長の大学が一番乗りでは、歯止めもとくに盤石ではないわけですね。
望月 一九五五年に出された「ラッセル=アインシュタイン宣言」をご存じですか。アインシュタインを中心に十一人の科学者が出したその声明には「人間性を心に止め、そしてその他のことは忘れよ。もしできないならば、あなた方の前には全面的な死の危険が横たわっている」ということが書かれていました。
中島 第二次世界大戦で原爆を作り出してしまった反省が込められていますね。軍事技術におけるデュアルユースという言葉を私は初めて聞きました。いいことに使える技術は、悪いことにも使える。研究者は、純粋に研究がしたい。でもお金がないと研究ができない。すごく難しい判断を迫られていると思います。
望月 日本のサイバーダイン社が開発した、HALという介護ロボット技術があります。それを着用すると、鉄道レールをも軽々持ち上げることができる。きたるべき介護社会を見据えて、介護従事者の負荷を軽減するために開発したのですが、もし軍事転用したら……。それを装着した兵士はターミネーターのような力を持つことになります。
中島 想像しただけでも、怖いですね。
望月 アメリカの国防総省は、あらゆる先端技術において、どの研究者がどんな研究をしているのかをいつもチェックしています。軍事転用したときに、海外の軍の力関係を変えてしまうような革新的な技術があると、資金提供を持ちかけて軍事研究に転換させる。それを断固として拒否できるかどうか。
中島 軍事ではなく平和産業が潤沢な資金力を持つような社会を作れればいいんだろうけど。
望月 DARPA(アメリカ国防高等研究計画局)が主催したロボット大会で、予選をトップ通過したのが東大発のSCHAFTというベンチャーでした。しかし決勝大会にSCHAFTの姿はありませんでした。
中島 なぜ、彼らは棄権したのですか?
望月 予選をトップ通過した後に、GoogleがSCHAFTを買収したんです。DARPAで研究するということは、いずれ軍事転用される可能性を秘めている。SCHAFTが研究開発しているすごい技術は、民生に特化させるべきで、軍事には向かわせないというのがGoogleの考え方です。
中島 Google、すごいじゃないですか! 知らなかった、そんなポリシーがあるなんて。
望月 国防総省から資金をもらって行う技術開発は行わないという断固とした姿勢です。アメリカではGoogleのように力がある企業はそれができるんです。英国の理論物理学者のスティーブン・ホーキング博士は、世界で進むAI(人工知能)技術の軍事利用に警鐘を鳴らしています。「これは人類にとって最大の発明であり、最後の発明になってしまうかもしれない」と。AIを軍事ロボットに投入すれば、ロボット戦争が起こる可能性もあります。事実、アメリカ軍ではすでに実験段階に入っているとの噂もあります。
中島 日本に平和憲法の精神を生かした技術開発を後押しするような体制があればいいのに。武器輸出を解禁するということは、日本の武器が人を殺しに行くということでしょう。そういう事実も踏まえて、日本国民にアンケートしたら、武器輸出は反対という人のほうが多いのではないかと思います。
望月 そうですね。武器輸出は日本が進むべき方向ではないと考えるなら、普通の人にもできることはあります。企業や政治家に伝え続けていくことが大切だと思います。メールや電話、何でもいいんです。根気よく繰り返し伝えていくことで、日本が向かおうとしている方向を変えることはできると信じています。
構成・片原泰志
プロフィール
中島京子(なかじま・きょうこ)
1964年東京都生まれ。1986年東京女子大学文理学部史学科卒業後、出版社勤務を経て独立、1996年にインターシッププログラムで渡米、翌年帰国し、フリーライターに。2003年に『FUTON』でデビュー。2010年『小さいおうち』で第143回直木賞受賞。2014年『妻が椎茸だったころ』で第42回泉鏡花文学賞受賞。2015年『かたづの!』で第3回河合隼雄物語賞、第4回歴史時代作家クラブ作品賞、第28回柴田錬三郎賞を受賞。『長いお別れ』で第10回中央公論文芸賞を受賞。
望月衣塑子(もちづき・いそこ)
1975年、東京生まれ。東京新聞社会部記者。慶應義塾大学法学部卒業後、東京・中日新聞に入社。千葉、埼玉、神奈川の各県警、東京地検特捜部などで事件を中心に取材、2004年の日本歯科医師連盟のヤミ献金疑惑の一連の事件、09年の足利事件再審開始決定などをスクープ。東京地裁、高裁での裁判担当、経済部記者などを経て、現在は社会部遊軍記者。二児の母。著書に『武器輸出と日本企業』(角川新書)。
豪華執筆陣による小説、詩、エッセイなどの読み物連載に加え、読書案内、小学館の新刊情報も満載。小さな雑誌で驚くほど充実した内容。あなたの好奇心を存分に刺激すること間違いなし。
<『連載対談 中島京子の「扉をあけたら」』連載記事一覧はこちらから>
初出:P+D MAGAZINE(2017/06/20)