昭和初期の銀座が見えてくる『銀座カフェー興亡史』
昭和初期に隆盛をきわめたカフェーを、銀座を中心に詳述する社会風俗史。当時の銀座を語るのに、必須の文献といえる、読みごたえのある労作です。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
川本三郎【評論家】
銀座カフェー興亡史
野口孝一 著
平凡社
2400円+税
装丁/中村香織
女給、客層から経営者まで精密に調べて書いた風俗史
カフェーが大人の男の遊び場所として普及してゆくのは、関東大震災のあと、昭和の復興期。
それまでの遊びの場、花柳界は芸者を相手にした、昔ながらのしきたりのうるさいところだった。いちげんでは入りにくかった。
それに比べ、カフェーは誰でも気軽に入れる。震災後の大衆社会に合っていた。
カフェーで働く「女給」も、芸者と違って修業がいらない。素人の女性でもその日から働ける。
そうした気安さから、カフェーは花柳界にかわって新しい遊興の場になっていった。永井荷風の小説『つゆのあとさき』(昭和六年)は、当時の銀座のカフェーの女給を主人公にして話題になった。
本書は、この昭和初期に隆盛をきわめたカフェーを銀座を中心に詳述した社会風俗史。
著者(一九三三年生まれ)は中央区立郷土天文館に勤務する人だけに、実によく資料を調べて書いている。その丹念さに驚く。
大仰ではなく、今後、昭和初期の銀座を語るのに本書は必須の文献になるだろう。
カフェーとは定義が難しいが、現在でいえばバー、クラブ、レストランを兼ねたような酒場といえばいいだろうか。女性(女給)がサービスするのが特色だった。
著者は、当時、銀座にどういうカフェーがあったか、どういう女性が働いていたか、どういう客が来ていたかを、実に精密に調べている。当時の新聞や雑誌の小さな記事にまで当っている。大変な手間だろう。
カフェーの女主人を列挙しているくだりは特に読みごたえがある。物理学者の石原純との恋愛で知られる歌人の原阿佐緒。作家、徳田秋声をはじめ竹久夢二らとも浮名を流した山田順子。
さらに日本映画の女優第一号、花柳はるみ。小津映画に出演した八雲恵美子。錚々たる女性がカフェーを経営したことに驚く。
政治、経済を中心にした昭和史は数多い。それに対し、社会風俗は資料が少ないだけに書くのが難しい。大変な労作と評したい。
(週刊ポスト 2018年4.6号より)
初出:P+D MAGAZINE(2018/08/05)