【著者インタビュー】山田詠美『吉祥寺デイズ うまうま食べもの・うしうしゴシップ』

日々の食卓から政治、文化、芸能まで、時に厳しく、時に優しく見つめて綴るエッセイ集『吉祥寺デイズ』。著者にインタビューしました!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

愛しいものに囲まれた日常はかくも楽しく〝不道徳〟なのだ! 人生の甘露苦露を掬ったエッセイ集

『吉祥寺デイズ うまうま食べもの・うしうしゴシップ』
吉祥寺デイズ うまうま食べもの・うしうしゴシップ 書影
小学館 1350円+税
装丁/城所潤+大谷浩介(ジュン・キドコロ・デザイン)
装画/川原瑞丸

山田詠美
著者_山田詠美1
●やまだ・えいみ 1959年東京都生まれ。85年『ベッドタイムアイズ』で文藝賞を受賞し作家デビュー。87年『ソウル・ミュージック ラバーズ・オンリー』で直木賞、89年『風葬の教室』で平林たい子文学賞、91年『トラッシュ』で女流文学賞、96年『アニマル・ロジック』で泉鏡花文学賞、01年『A2Z』で読売文学賞、05年『風味絶佳』で谷崎潤一郎賞、12年『ジェントルマン』で野間文芸賞、16年「生鮮てるてる坊主」で川端康成文学賞。158㌢、O型。

社会的に許される範囲で利己的であれば幸せの種は幾らでも転がっているんです

作家・山田詠美といえば熱血ポンちゃんシリーズをはじめ、エッセイも名手。本書『吉祥寺デイズ』でも日々の食卓から政治、文化芸能までを、時に手厳しく、時に優しく見つめる女っぷりに、おそらく憧れる読者は世代や性別を問わない。
学生時代に住んだ吉祥寺に舞い戻って20年。創作の傍ら毎日キッチンに立ち、仲間と飲み語らい、私生活では離婚や再婚も経験した彼女は、例えば07年の小説『無銭優雅』に関してこう書く。〈お金を使わなくても、幸せな心持ちになれる街、場所、時、人々、そして、恋。そういう私なりのハピネスを散りばめた、しがない、けれども味わい豊かな中年カップルの日々のうつろいを描いた物語です〉。
そんな小説家の日常こそ、優雅で〈日々甘露苦露〉だ。

玄関を入るなり目につく、「AMYエイミー,S CAFE」のボード。リビングの壁には思い出の写真やカード類が一面に貼られ、窓越しにたっぷり注ぐ陽ざし以上に、人の温もりを感じさせる。
「20年前、『AMYにぴったりの物件があるから、これから見に行こう』って友達に連れてこられたのが、このマンション。でも実は昔住んでいたのもこの近隣で、なんだか妙に縁がある場所なんです。
中央線沿線でも特に吉祥寺と西荻窪の間のこの界隈は、大人が気ままに生きていける街だと感じます。自分が過去に見てきたものや培ってきた思い出を面白がったり許してくれる人たちの存在が、街そのものの奥行や面白さを形作っているという気がします」
そんな山田氏が、昨今はいつになくご立腹の様子。特に芸能界や政界で相次ぐ〈ゲス不倫〉騒動の騒ぎ方、、、に対してである。〈そもそも色恋の悦楽って、倫理から、どうしても逸脱してしまうままならなさにあるのでは?〉〈犯罪にならない不道徳は、世の中を彩る……こともある〉〈第三者はおもしろがりこそせよ、糾弾するのは不粋というもの〉だと。
「日本文学自体、ゴシップの歴史そのものだし、人の色恋を断罪できる小説家は一人もいないと思う。最近は暴いたメディア側を叩く人も多いけれど、それなら読まなければいいんです。
世の中、お利口さんだらけになっても面白くないけれど、第三者でも騒ぎに便乗して人を攻撃していいというような風潮には、少なくとも私は乗れないかな」
副題に「うしうしゴシップ」とあるが、食後のアイスを楽しみつつ、テレビの前でああでもないこうでもないと茶々を入れる夫婦は、正義の類いを振りかざすことがないだけに、健全で微笑ましい。
10歳年下の夫と、「夜道でハーモニカを吹いていたら声をかけられて(笑い)」再婚したのは11年秋。好みを超えて何でも語り合う2人は大のぬいぐるみ好きでもあり、友人のアーティストが作った白い猫のマスコットを〈スノー〉と呼んで密かに偏愛しているとか。〈以来、山田家では、小さくて愛くるしく、「かそけき者」と呼びたくなるものすべてにスノーと命名〉〈歌も作りました〉〈スノー、スノー、みんな大好き、とっても可愛いスノー〉……〈馬鹿? ええ、そうです〉
「実はこのスノーの話について、ご自身の体験と重ねて感想をくださった方もいました。人に説明しても伝わらない幸せな空間を、私が夫と持てていることにいたく感動してくれたみたいで。そういう他愛もないことにキュンとしたり、お金のかからない豊かさを見出すにもスキルが必要で、それは小説や映画を通じて育てていける能力でもある。
うちでもトランプ氏を始めとした政治家の悪口は言うけれど、家庭内での会話と外での会話との分別くらいはあるし、何を恥と思うかという価値基準は個人の中にあればいい。人間は俗な感じが面白く、だから文学が生まれ、誰かを救ったりする。要は雑多な価値観が人生をカラフルにするということを私は常に思っています」

小説を書く時間は何を置いても大事

意見の違う人はいていい。むしろ無意識な異物排除や差別に走る人々を氏は嫌い、それでいて全否定もしない。
「要するに私は利己的なんです。『小学生にアルマーニの制服なんて、むしろ貧乏臭くない?』というような価値観を共有できる読者と、密かに優越感に浸っているんです。秘密結社みたいに(笑い)。“人が欲しがるもの”を欲しがる人もいるけど、私はこれが好き、、、、、で、これだけが欲しい、、、、、、、、タイプ。そうやって社会的に許される範囲で利己的になれれば、幸せの種は幾らでも転がっていますから」
ダイエットの大敵であるバターが舌の上でとろける愉悦に悶絶したり、食後のガリガリ君は結局ソーダ味が一番と思ったり。ささやかな贅沢を楽しめる優雅な人は、バブルの頃、浴びるように飲んだドンペリを、いま改めて美味しいと思う。
「あの時代を経験したおかげでわかることもある。でも、夫と神戸の港近い定食屋で飲む昼酒とか、金額より相手や居心地が優先の傾向は変わっていないです。ただし小説を書く時の私はまた別。執筆中は誰も助けてくれない分、自分だけのサンクチュアリみたいな時間で、何を置いても大事にしたい。そんな風に譲れないものを人それぞれに大事にできれば、十分だと思うんです」
必要なのは愛する人々と、美味しいものと、「自分を笑える」ユーモア。人生の甘露苦露を利己的に味わい尽くしてこそ大人で、「人を嘲笑うこととユーモアは違うから!」と彼女は笑う。

●構成/橋本紀子
●撮影/黒石あみ

(週刊ポスト 2018年4.6号より)

初出:P+D MAGAZINE(2018/08/06)

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