文学的「今日は何の日?」【8/10~8/16】

あの名作が世に出た日。
憧れのヒロインの誕生日。
かの大作家の失恋記念日。
……そう、毎日が何かの記念日です。さて、今日は何の日でしょうか。
8月10日から始まる1週間を見てみましょう。

8月10日

旅に出た夫を待ち続ける宮木が亡くなる――上田秋成『雨月物語』

上田秋成の怪異小説集『雨月物語』は、日本の小説史上、初めて短編の様式を完成させた作品といわれ、山東京伝曲亭馬琴にも大きな影響を与えました。「浅茅が宿」は、下総の真間の里(現在の千葉県市川市)に住む男の物語です。農作を嫌って困窮した勝四郎は、田畑を売って絹を仕入れ、妻・宮木に「秋に帰る」と言い残して京に向かいます。ところが戦が起き、勝四郎自身も病に倒れ、故郷に帰れぬまま7年もの歳月が流れていました。やっとの思いで帰り着き、再会を喜び合う勝四郎と宮木でしたが、翌朝目を覚ますとそこは廃屋。宮木は勝四郎の旅立ちの翌年、8月10日に死んでいたのです。気丈に夫を待ち続け、死んでもなお幽霊となって夫を迎えた宮木の哀れが胸に迫る一篇です。


出典:https://www.shogakukan.co.jp/books/09362189

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8月11日

赤江瀑「サーカス花鎮」において、主人公の兄・結田嗃二が消息を絶つ

耽美的、伝奇的な作風で今なお根強い人気がある赤江瀑。短編集『罪喰い』に収められた「サーカスはなしずめ」は、有望な体操選手であった兄・こうの消息を訪ねるゆいげんが主人公です。早くに両親を亡くし、体操競技を心の糧に支えあってきた兄弟でしたが、嗃二は昭和36年8月11日、生まれ故郷の下関にある両親の菩提寺を訪ねたあと、行方がわからなくなりました。そして10年後のある日、弦が体操教師を務める高校に「八月十一日。正午。太陽がいちばん高い時刻に。関門海峡をわたる連絡船の船上で」会いたいと、女性の声で電話が入ります。「あなたが結田弦さんなら……つまり、結田嗃二の弟さんなら、きっといらして」との言葉に、連絡船に乗り込んだ弦が見たものとは?


出典:https://www.shogakukan.co.jp/books/09352277

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8月12日

下鴨幽水荘にタイムマシンが現れる――森見登美彦『四畳半タイムマシンブルース』

森見登美彦初期の代表作として人気の高い『四畳半神話大系』。テレビアニメ版の脚本を担当した劇団ヨーロッパ企画主宰・上田誠の戯曲『サマータイムマシン・ブルース』と、同作のコラボレーション作品として誕生したのが、『四畳半タイムマシンブルース』です。8月12日の昼下がり、〈私〉は学生アパート下鴨幽水荘の一室で、悪友・小津と睨みあっていました。このアパートにただ一つあったクーラーのリモコンが、昨日、小津の粗相によって壊れてしまったのです。途方にくれる〈私〉たちの前に、突然現れたタイムマシン。これに乗って〈昨日〉からリモコンを取ってこよう!と勇み立つ〈私〉と下鴨幽水荘の面々ですが、はたして無事にミッションをコンプリートできるのでしょうか?


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4041095638/

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8月13日

ボルヘス『ブロディーの報告書』において、シモン・ボリバルが手紙を書く

幻想的な作風で知られるアルゼンチンの作家ホルヘ・ルイス・ボルヘス。短編集『ブロディーの報告書』に収められた「グアヤキル」は、スペイン系とユダヤ系の2人の歴史家による、ラテンアメリカ史における2人の英雄――シモン・ボリバルとホセ・デ・サン・マルティンをめぐる対決を描きます。1822年8月13日付けのボリバルの書簡に記された「グアヤキル会談の詳細」は真実なのか? ポーランド出身の作家ジョセフ・コンラッドの、南米の架空の国コスタグアナを舞台とした小説『ノストローモ』を下敷きに、虚実を織り交ぜつつラテンアメリカ史に光を当てる、小品ながらボルヘスらしさにあふれた一作です。


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4003279271/

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8月14日

『源氏物語』の光源氏が誰よりも愛した女性、紫の上が息を引き取る

たぐいまれな美貌と豊かな才能を備えた貴公子・光源氏を描く長編小説『源氏物語』。その第四十帖「御法みのり」は、源氏が誰よりも愛した女性・紫の上との別れが描かれます。女三の宮降嫁後に大病をし、それから病いがちになった紫の上は出家を願いますが、彼女を手放したくない源氏はそれを許しません。次第に重篤になっていく紫の上。明石の御方や花散里など六条院に住まう女君をはじめ、源氏の子・夕霧、明石の中宮とその御子らが見舞うなか、8月14日の明け方、紫の上は露が消えるようにはかなく息を引き取りました。現代のような照明器具がない、太陰暦の時代とあって、『源氏物語』では印象的な場面の多くが、月の美しい十五夜前後を舞台としています。


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4309728766/

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8月15日

インドで不思議な能力を持つ子供たちが生まれる――S・ラシュディ『真夜中の子供たち』

サルマン・ラシュディの代表作『真夜中の子供たち』は、インド独立の日である1947年8月15日の0時ちょうどに生まれた、サリーム・シナイの目を通して描く建国の歴史の物語です。同じ日の真夜中に生まれた子供たちが、不思議な能力を持つことに気づいたサリームは、テレパシーで彼らと通じ合います。マジックリアリズム、メタフィクションの技法を用い、インド神話にも深く関わる同作はファンタジー作品と見られがちですが、インドでは現実の歴史として読まれているとか。1981年のブッカー賞のほか、1993年にブッカー賞25周年記念「ブッカー賞中のブッカー賞」、2008年には同40周年記念「ベスト・オブ・ブッカー賞」を受賞。ブッカー賞の歴史にその名を刻む名作です。


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/400372514X/

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8月16日

『薔薇の名前』の元となる手記のフランス語訳を〈私〉が手に入れる

ウンベルト・エーコの世界的ベストセラー『薔薇の名前』は、1968年8月16日に〈私〉が手に入れた『J・マビヨン師の版に基づきフランス語に訳出せるメルクのアドソン師の手記』を元に書かれた歴史ミステリー。1327年に対立関係にあるアヴィニョン教皇庁とフランチェスコ会の会談が行われた、ベネディクト会修道院が舞台です。会談の調停役フランシスコ会修道士バスカヴィルのウィリアムが、ベネディクト会の見習修道士メルクのアドソと共に修道院を訪れます。そこで次々に起きる修道僧の怪死事件。捜査に乗り出したウィリアムは、修道院の文書館に事件の鍵があると睨みますが……。記号論の権威が築き上げた知の迷宮世界に、あなたも足を踏み入れてみませんか?


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4488013511/

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初出:P+D MAGAZINE(2020/08/10)

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