椹野道流の英国つれづれ 第9回
◆イギリスで、3組めの祖父母に出会う話 ♯9
「これが、Kから預かってきた、ジーンさ……ジーンと、ええと」
母より明らかに年上の女性を呼び捨てにすることには、それが英語圏では普通だとわかっていても、やっぱり馴染めない。つい、口ごもってしまいます。
今なら日本語も各分野でだいぶ知られてきて、「オオタニサーン」のように、「さん」付け呼びしても、ある程度は受け入れてもらえるのではないか、と思いますが。
でも、当時はイギリスにおける日本語の認知度は高くはなく、しかも英語には、「○○さん」の「さん」にあたるごく気軽な敬称がないので、これはもう慣れるよりほかないのです。
ジーンのほうは、私の戸惑いなど意に介さず、にこやかに受け答えをしてくれます。
「ああ、私の夫へのプレゼントでもあるのね。ジャックというの。今日は出掛けているけど」
「そうです。ジーンとジャック、お二人へのプレゼントだそうです」
テーブルに戻った私は、席に着く前に、ジーンに包みを手渡しました。
海外へ行く他人に託すなら、もうちょっと気を遣えよ……とちょっとだけ苦言を呈したくなる程度には、重量感のある包みです。
両手で受け取ったジーンも、茶目っ気いっぱいに目を見開き、ずしーん、というアクションをしてみせました。
「まあ、こんなに重い物を日本から持って来たの?」
「スーツケースに入れていたので、そこは平気でした」
「なるほど。じゃあ、今日がいちばん大変だったわね。ありがとう」
お礼を言ってくれながら、ジーンはばりばりと景気よく包装紙を破りました。
ああ、いかにもジャパンな桜の包み紙が、文字どおりの桜吹雪に……いや、そこまで細かくはないか、桜細切れ、くらいの感じに。
イギリス人、当時からリサイクルだ資源保護だと言っていたわりに、包装紙に関しては「綺麗に開いてまた使う」という発想はあまりないようで、みんなバリバリやりがちでした。
もちろん、あとでリサイクルに回すのでしょうが、なんかこう……ワイルドだなあ、という感想を毎度抱いていたものです。
もしかしたら、その性急なアクションこそが、「プレゼントを貰って嬉しい、開けるのを待ちきれない」という喜びの表現方法なのかもしれません。わかりませんけど。
実は私も、Kから何を預かったのか聞いていなかったので、そのとき初めて、包みの中身を知ることになりました。
包みを開けるとしっかりした紙箱、その箱の中からジーンが引っ張り出したのは……。
嘘やろ。
私は、呆然としてしまいました。
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。