椹野道流の英国つれづれ 第9回

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「それで、水盤を……」

「そう、スイバン。代わりになるような器はあるけれど、やっぱり本物に生けてみたくて。それにこれこれ、ケンザン! ここにこう、お花の茎をガッと刺すのよね?」

「そ、そうです。水盤に水を張って、剣山を置いて、そこにお花を、こう」

私はこくこくと頷き、花を生ける仕草をしてみせました。その反応に、ジーンの優しい目が、突然鋭くキラーンと光りました。

「あなた、もしかしてイケバナをやってるの!? やってるのね!」

わ、わー、しまった!

自分の振る舞いを悔やみましたが、覆水盆に返らず。

正直言って、答えは、イエスでありノーでもあり、しかもノー95%といったところです。

海外に行くなら、日本の文化を身につけていったほうがいいということは、以前、アメリカにホームステイしたときに痛感しました。

そこで、祖母にお友達を紹介してもらって(さすがに家元夫人ではなく、師範の資格を持っている先生でした)、ほんの数ヶ月ではありましたが、お茶とお花を習っていたのです。

でも、半年にも満たない「習い事」など、初心者にまだ毛も生えていない状態です。

とても「やっています」なんて堂々と言うことはできません。

今思えば、イギリスにおいては、これは過ぎた謙遜でした。

海外の方には、たった一日の体験入門であっても、「習ったことがある!」と胸を張って仰る方が多いように思います。上手下手は関係なく、経験の有無だけをカウントしているという感じでしょうか。

ゆえに私も、「やっています!」と笑顔で答えてもよかったのです。

一応、お茶はおうすをひととおり、お花もごくごく基本的な生け方は教わっていたのですから。

とはいえ、謙遜もまたジャパニーズ文化。

私はおずおずと、「ほんの少しだけ」と答えました。よくあるやつ!

しかし、ジーンは弾けるような笑顔になって、私のほうに身を乗り出しました。

「まあ、なんてこと! ここには何人も日本人が来たけれど、お花をやってる子は初めてよ!」

お、おう。いやあの、本当にワタシイケバナチョビットデース、なんですが……。

そんな言い訳をする暇を私に与えず、ジーンはさっきまでのゆったりした雰囲気をどこかへぶん投げてしまい、性急な調子で言いました。

「さあ、早く食べちゃいましょう! そして、さっきあなたが持って来たお花を生けてみせて」

ひ、ひい! えらいことになってしもうた……!

手土産に花を選んだことを後悔しても、文字どおりの後の祭りです。

急かされて平らげたミートボール、もはや何の味も感じられなくなっていたことは言うまでもありません。


「椹野道流の英国つれづれ」アーカイヴ

椹野道流(ふしの・みちる)

兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。

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