ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第50回

ハクマン50回日本は「紙フェチ」国家だが、
コロナの影響でさいとうたかをプロまで
デジタル化するレベルである。

もはや、日本にとって紙の書類というのは女体を表し、印鑑は男根のメタファーなので、特に年配の男性は書類を見たら印鑑を押さないと気が済まないのだ、と言っても信じられてしまいそうな気がする。
しかし、コロナ感染防止のために在宅勤務をしているのに、ハンコを押しに出社しろと言ったらさすがに世界の爆笑をかっさらい過ぎになってしまうため、このたび紙の書類も印鑑も大分廃止されたようである。

私も取引先の多くが請求書のPDF提出をありにしてくれて助かったのだが、それでも「今回から請求様式をメールで送るようにしましたので、それを出力後印鑑を押して郵送してください」という二段構えで来る、笑いに貪欲な企業もある

しかし書類も印鑑も一コマずつ手描きで絵を描いてある「漫画」にだけは笑われたくないとは思う。
漫画というのは他の業種に比べると未だに圧倒的にアナログな世界だがそれでもデジタル化は大分進んでおり、コロナの影響でそれがさらに加速した。
前にも言ったがさいとうたかをプロがデジタル化するレベルであり、さらに密を避けるため、アシスタントを仕事場に呼ばずにリモートで作業を依頼する作家が増えたようである。

よって、ますます漫画家になるために上京しなければならないということはなくなり、さらに「漫画家のアシスタント」という、我が村では反社会的組織所属の次に親戚の集まりで言いづらい(個人の感想)仕事にも就きやすくなった。

逆に我々世代が若人にウォークマンを使ったことがないと言われて爆発四散するように「アナログで漫画を描いたことがない」という人間も増えており、アナログ作家はアナログ作画が出来るアシスタントを確保できないという事態が起きているそうだが、それも今後加速しそうである。

また、日本も電子書籍のシェアの方が紙の本を上回りつつあるが、何せ紙フェチ国家なので、諸外国に比べると遅れ気味であった。
しかし、緊急事態宣言により外出自粛になったのはもちろんのこと、書店が閉まってしまったため、今回一気に電子書籍を利用する人が増えたようだ。

確かに私も紙で本を買うかというと専ら電子書籍である。
私は伝説の毒手の持ち主なので、触った食材は漏れなく腐るし、本も手に取った瞬間、帯を消失させることなど造作もない。
もちろんカバーをなくしたり中身を汚すことも日常茶飯事であり、5巻だけが本棚に水平に突き刺さっているということもよくある。
そんな人間にとって電子書籍というのは、なくしもしないし汚せもしない、人様の作品を最も大事にできる画期的なシステムである。
よって、自分は電子を買っておいて、連載継続のために、読者に「デキれば紙を」とお願いするのは大変心苦しいのだが、そろそろ連載継続判断が紙だけではなく電子も、そして電子に移る日も遠くない気がする。

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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