【いとうせいこう×中上紀トークショー】中上健次の文学と世界【後編】

P+D BOOKSから中上健次の未完の大作、『熱風』が刊行されたことを記念し、2015年12月に行われたいとうせいこう氏・中上紀氏のトークショー。

「中上健次の女性性」、「世界文学のなかの中上文学」というテーマについて語った前編に続き、お二人が中上健次の「人」と「作品」について語り尽くしたイベントレポート後編をお届けします!

(トークショー前編を読む:https://shosetsu-maru.com/essay/ito-nakagami

 

世界の音楽との繋がり

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中上ただ、この頃から83年2月にフィリピンに一緒に行ったのをもそうですし、バリ島とか、実際に足を運ぶようにもなってるんですね。『鳳仙花』執筆中の79年終わりにはアメリカにいて、80年初めから三重県新鹿に半年、その後すぐに東京に戻ったんですけど、『地の果て 至上の時』の頃に韓国に行きはじめます。その韓国が分岐点になっているような気もします。

いとうなるほど。それでボブ・マーリーの死を知って泣きながら「ウォー」とか言って…韓国の路地を駆け抜けたとかいうエピソードがありますね。ジャマイカなんて第三世界ですよね。やっぱり音楽といったらあそこから生まれてくるんですよね。レゲエだけでなく、ヒップホップもジャマイカ系移民のクール・ハークが作ったと言われていて、点々とジャマイカの血が出てくるから不思議だなと思います。中上さんは音楽の人でもあるから、分かるんだと思うんだよね。音楽はどういう風に家で聴いてたの?

中上音楽はずっと好きで、家にもレコードプレーヤーはありましたね。ジャズとかレゲエ、あとクラシックもバッハとか聴いていましたね。あとアメリカのポップミュージックのカセットを車内で何回も聴いてましたね。聴きながら熊野に行くんですよ。82年にアイオワ大学にいた時にゲットしてきたのかな。マドンナもラジオで、マテリアルガールとか聴いてましたよ。「この意味を知っているか、私は物欲的な女よと言ってるんだ」とか私に説明してきて(笑)なんて答えたらいいんだって(笑)

いとうそれ、娘としても答えにくいよね(笑)80年代には小説以外でも、海外への視線とか音楽に関する雑多のものの流入があったんだね。

中上もともと音楽はジャズから始めてますよね。好きだったアルバート・アイラーはサムルノリに似ているとも思いました。中上はサムルノリとも親しくお付き合いしていました。

いとうサムルノリは8分の6拍子っていうビートを使ってますけど、それはもともとはアフロアメリカンたち、それこそジャマイカなどからも来てたのかもしれません。中上さんには、なにか共通したビートがあるんじゃないかと僕は思うんですけど。

それから、『熱風』は『千年の愉楽』にもつながるし、『奇蹟』や半蔵二世が出て来る『紀伊物語』の世界にも通じますが、このへんのブラジル性というかサウダージというか、哀愁とかタンゴの響きの系統ですね。ひょっとしたら音楽で作品を分けたらおもしろいのかもしれません。モダンジャズ、レゲエだと……どうなるんだろうね……。

 

偏愛する作品

 

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いとう最後に、「お二人が偏愛している作品はありますか」という質問をいただきました。

中上私は『鳳仙花』です。これは、思い出の作品でもあるんですね。祖母がモデルになった作品でもあるし、実際に執筆している姿を私がいつも見ていた作品なんですね。1979年にアメリカに半年滞在した時に、ふかふかのカーペットの上で腹ばいになって書いていたのをちらちら見ていた記憶があります。安物の青い万年筆で、コクヨの集計用紙に書いていましたね。

いとう僕はやっぱり『地の果て 至上の時』とか『奇蹟』とかが好きだけど……。初めて読んだのは『十九歳の地図』でした。当時は『破壊せよ、とアイラーは言った』とか挑発的なエッセイを読んで、この人かっこいいなと思ったりして。あと画期的な、いまだに謎の多い『地の果て 至上の時』なんかは僕、今、解説書いています。『千年の愉楽』は好きだけど、まねできないっていうか取り入れられない。(笑)

中上こんな作品、他にないですよね、文体も内容も。

いとうこれはもう中上さんの特許だよね。超絶技巧みたいな……、でも技巧というよりはわけが分からなくなってるみたいな。係り結び、係り結び……みたいにいっちゃってもってかれちゃうのが、『千年の愉楽』ですよね。

ということで、お時間ですので、そろそろ我々はお暇しましょうかね……。以上です。

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〔取材・編集〕亀有碧


 

P+D BOOKSでは『鳳仙花』、『熱風』に続いて『大洪水』の刊行を予定しています。また、2016年4月には自筆原稿・制作ノートなど豊富な付録を収録した史上初の完全版『中上健次全集』が電子書籍として発行予定です。

中上健次に関するありとあらゆる文章や資料を収録し、中上文学のすべてが明らかになる、必見の全集です。

P+D BOOKSで現在発売中の中上健次作品はこらら。

【熱風】

http://www.shogakukan.co.jp/books/09352238

 

【鳳仙花】

http://www.shogakukan.co.jp/books/09352205

 

初出:P+D MAGAZINE(2016/01/04)

『キングダム』
『いつまでも若いと思うなよ』