椹野道流の英国つれづれ 第34回

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ブライトンに着いて2週間ほどして、どうにかあちらの生活のリズムができてきたな……という頃、私は語学学校の生徒の生活サポートを担当しているアレックスに、「銀行口座を開きたいんだけど」と相談してみました。

今ならばネットで調べて自力でやるところですが、当時はインターネットはごく限られた場所にしか引かれておらず、スマホどころか携帯電話すら普及していない時代でしたから、情報を得ることが今ほど簡単ではなかったのです。

アレックスは、いつもの温和な笑顔で、すぐに「僕が一緒に行こう。以前、うちの生徒さんが口座を開くときに手伝ったことがあるから、手はずはわかるよ」と言ってくれました。

彼がいなかったら、私のブライトン生活はどうなっていたことか。

面倒臭いことでも、嫌がらずに手を貸してくれる気さくな彼は、小さな学校の生徒みんなに慕われ、頼りにされていました。

そんなわけで、その日の放課後、私たちは連れだってブライトンの中心部に向かいました。

目的地は、ブライトンにある主要銀行の中でも、当時は比較的規模が小さかったロイズ銀行です。

「こういうのは、大きい銀行ほどあれこれ規則や制限が多いからね。小さい銀行のほうが、融通が利くと思うんだ」

アレックスはそう言いました。

そういうものか、でもアレックスがそう言うならそうなんだろうな……と、特に銀行にこだわりがなかった私は、アヒルの雛のようにトコトコとついていったのです。

実際、カウンターでアレックスにサポートしてもらいながら、「1年の予定で留学しているジャパニーズですが、日本から送金してもらうための銀行口座を開きたいです」としどろもどろに伝えると、受付係の女性は注意深く耳を傾けてくれました。

アレックスも、私が本当に語学学校の生徒であること、授業料は既に前納されており、現地で労働する必要はないこと、必要ならば校長が保証人になる旨を伝えてくれました。

「だったら問題はないですね。用紙をお渡しするので、必要事項を記入してください。実際の口座の開設には少し日数がかかるので、通帳とキャッシュカードは、学校あてにお届けします」

素敵な笑顔で彼女が差し出してくれた用紙にある記載事項は、日本の銀行で口座開設するときと似たようなものばかりです。


「椹野道流の英国つれづれ」アーカイヴ

椹野道流(ふしの・みちる)

兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。

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