水谷竹秀『脱出老人 フィリピン移住に最後の人生を賭ける日本人たち』

フィリピンで若い女性と暮らす日本人男性の「幸福な老後」を提示する一冊。鈴木洋史が解説します。

「時代」の肖像
評者/鈴木洋史(ノンフィクションライター)

『脱出老人 フィリピン移住に最後の人生を賭ける日本人たち』

脱出老人

水谷竹秀著

小学館

本体1600円+税

水谷竹秀(みずたに・たけひで)1975年三重県生まれ。上智大学外国語学部卒業。フィリピンを拠点にノンフィクションライターとして活動中。著書に『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』(集英社文庫。2011年開高健ノンフィクション賞受賞)。

フィリピンで若い女性と暮らす日本人男性の「幸福な老後」

本書は、日本を脱出し、老後をフィリピンで生きる高齢者のルポである。脱出の理由はさまざまだが、もっとも多く取り上げられているのは、フィリピン人女性と結婚して移住した男性のケースだ。

冒頭に登場する元タクシー運転手、65歳の男性は、20代で日本人女性と結婚し、数年で離婚。50歳を間近に控えた頃、フィリピンクラブに通い詰め、そこで働く女性から紹介された姪に「一目惚れ」したという。相手はなんと30歳以上年下の18歳。結婚し、自分の地元で暮らし、子供も生まれ、老後は物価の安いフィリピンで暮らそうと、まずは妻と子供がセブ島に渡り、数年後、遅れて自分も住み始めた。ところが、妻がフィリピン人男性と不倫し、子供を産んでいたことが発覚した。それまで妻の実家への援助などで500万円ほどつぎ込んでいたが、懲りることなく新たな相手を求め、街で女性に声を掛け、知人から女性を紹介してもらった。その数は200名に及び、その一人ひとりについて寸評を記録した。そうして再婚した女性は40歳も年下である。

本書には、同じように、フィリピンクラブで知り合った自分の娘ほどの年齢の女性と結婚した男性が何人も登場する。

私(評者)は最初、彼らが著者の取材に対して臆面もなく語る姿を想像し、疑問を感じ、じきにそれは嫌悪感に変わった。しょせん金で買った関係ではないか。親子以上も年の離れた女性を結婚相手に求めるなんてどうかしている。途上国の女性が相手だからそんなことができるのではないか……。

だが、読み進むうちに、彼らを非難するのは傲慢かもしれないと思い始めた。冒頭に登場する男性はこう言っている。

〈お金持ちは日本に住めるかもしれませんが(中略)貧乏人は途上国の方がええんとちゃいますか〉

裕福ではない彼らは、日本にいたら結婚も豊かな老後も得がたく、独居を余儀なくされる可能性が高い。その先にあるのは孤独死である。そんな彼らが、彼我の経済力の差を利用して、彼の地で幸福を摑もうとすることを非難する権利はあるだろうか。

A man walks outside a club with an advertisement depicting women from the Philippines in the red light district in Ota, Gunma prefecture, north of Tokyo, Japan, April 24, 2015. Picture taken April 24, 2015. To match Special Report JAPAN-SUBARU/ REUTERS/Yuya Shino

A man walks outside a club with an advertisement depicting women from the Philippines in the red light district in Ota, Gunma prefecture, north of Tokyo, Japan, April 24, 2015. Picture taken April 24, 2015. To match Special Report JAPAN-SUBARU/ REUTERS/Yuya Shino

 

実は、男性たちは多かれ少なかれ、女性との関係が金絡みであることを自覚しているようだ。だが、こんなケースもある。50歳の元大手企業のサラリーマンは、日本で作った借金から逃れるためにフィリピンに渡り、今はスラム街に住み、低賃金の工場労働者として働いている。そんな底辺の生活であるにもかかわらず、19歳の内縁の妻と暮らし、子供まで作っている。

〈「中高年の日本人男性と若いフィリピン人女性の関係=お金」という従来の方程式を根底から覆されるような(中略)「事件」と言ってもいいほどの二人の関係〉

そうした実例を突きつけられると、幸せとは何なのか、何が是で何が非なのか、単純に結論が下せなくなってくるのだ。

本書には他に、子供たちの家をたらい回しにされた末、厄介払いされたようにセブ島で独り暮らしをしている高齢女性、認知症の母親をフィリピン人のメイドと介護する夫婦などが登場する。それらが照射するのは、高齢者を巡る日本の厳しい現実である。

理屈以前に、著者が提示する事実の数々が衝撃的で、それだけで本書に引き込まれる。在フィリピン歴10年以上というジャーナリストならではの興味深い作品だ。

(SAPIO 2015 年12月号より)

初出:P+D MAGAZINE(2015/12/16)

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