モーリー・ロバートソンが語る、「ぼくたちは何を読んできたか」③その青春の軌跡 モーリーのBOOK JOCKEY【第4回】
対してマルクス経済学専攻のケビンはゲイだった。当時ゲイをカミング・アウトした学生はハーバードの学内でも少数派であり、嘲笑のリスクも十分あった。人に優しい経済学を志すケビンはハト派の民主党支持者だったが、議論においては引き下がるということを知らなかった。結局ロブとケビンはお互いに根っこから異なる世界観で接点を見出すことはなく、食事のテーブルでは政治的な話をしないという棲み分けをするに至った。
ある時ケビンが夕食の後、シャワー室の「こっち側」のメンバーについて遊びに来た。「こっち側」は、ぼくともう二人のルームメイト。そこにケビンが加わって無駄話をした。絶えず「おもろいこと」を言わないと間が持てない、という強迫観念を日頃から抱いていたぼくはケビンの同性愛についてずけずけと質問した。
「ケビンはいつも政治の話をするけど、結局今の世の中に居場所がないってことをカムフラージュしているだけなんじゃない? ゲイだから。でさあ、ゲイってさあ、結局生まれつきなの? それとも自分の意志でなろうと思えばなれるの?」
ケビンは、
「おまえは相も変わらず、本当に子供だなあ。その質問の選び方が」
と返す。
「いや、だから。例えばだよ、おれをゲイにこの場でしようと思えばすることができるわけ?」
とぼくは挑発した。他の二人のルームメイトが、
「いいんじゃない? 君、被験者になりなよ」
と煽り、一堂でどっと笑った。だがこれまで何度もケビンがゲイであることをからかっていたので、この日はケビンが強気に出た。
「じゃあ、いいの? やってみる?」
ぼくは自分で言い出してしまったネタである以上、引き下がれなくなる。
「いいよ。やろうよ」
そうは言ったが、少し怖くなった。もう一人のルームメイトが気を利かせて調光器をいじり、部屋の照明を薄暗くする。そこで次の笑いに持って行こうと、
「この場でフェラチオできる? この二人が見てくれるんなら、おれはやってもいいよ」
と言葉をつないだ。ケビンはそれに答えず、黙ってソファの上でぼくの肩に腕を回す。男性の小柄だが硬い体の手応えと体温が感じられる。ぼくは上を向いて、にやけながら天井を見つめた。ケビンはぼくの髪の毛を撫で、耳たぶをつまみ、次にうなじを手の甲で撫でた。シャツのボタンを一個、また一個と上から外す。ぼくは無反応だ。さらにボタンが外され、シャツが胸のところまではだける。ケビンがアンダーシャツの胸に顔を近づけ、残る二人はじっとその様子を眺める。いよいよ男性同士を体験する瞬間が迫っている。ぼくは上を向いたまま、あまり深く考えないようにした。少しときめきのような、あやしいと言えばいいのか、未知の領域にさしかかる感じがする。薄暗い部屋の中が静かな緊張と、期待で満たされる。
ケビンの鼻先がアンダーシャツの上からぼくの左側の乳首に触れた。吐息がかすかに温かい。今、受け身でいる。それが「女性の気持ち」を味わうかのようだった。このまま前に進むのなら、それでいい。せっかくのことなのだから。ぼくはコンクリートの天井の小さな模様をじっと凝視する。