モーリー・ロバートソンが語る、「ぼくたちは何を読んできたか」②その青春の軌跡 モーリーのBOOK JOCKEY【第3回】

その後、1時間だったのか2時間だったのか、わからない。あまりに強烈な、体が徐々に分解していくかのような感覚や、ベッドルームの閉ざされた窓を自らこじ開けて4階から外に飛び出してしまうのではないかという不安、重力が「切れて」しまい、結果天井に「落ちる」という恐怖に苛まれ、両手でベッドのスプリングを感じるほど強く握ってつかまっている状態。肉の塊を縛る「タコ糸」のようなものが体の中に入り込み、引っ張られていった結果、細胞の一つ一つが粒状に飛び散ってしまうのではないかという幻想、吐き気のような、いや、やっぱり吐きたくないような、波状に繰り返し訪れる感覚。これはすべてただの夢で大麻の副作用なんだと開き直ろうとする。だが恐怖に負ける。さっき日本産の小型車の狭い助手席で大麻の煙を吸引しているところを目撃した人物がいて、すでに地元の警察に通報しているかもしれない。

首から背中にかけてじっとりと汗が流れ、冷たくなる。同時に「ヒャッハーっ」と笑いたくなる気分の高揚。その笑い声を上げてしまうと寮内の誰かに聞かれて通報されるかもしれないという恐怖。天井にこのまま浮遊してぶつかるかもしれない予感。この恐怖の中で時間の流れがだんだんと遅延し、1秒あたりに体験する不安の倍率が上がっているのかもしれない。その倍率を計算すれば何とかなるかもしれない。いや、やっぱりだめだ。肺の中が暖かくなったように呼吸そのものが中から撫でているような異変。これは普通ではない。

先輩はなんでこんなものをおれにくれたんだ? もしかしたらホモセクシュアルな関係を持ちたくて、そのためにおれの体を麻痺させ、金縛りになった状態でいつかはセックスをしようとするのだろうか? 男同士のセックスやキスなんかは気持ち悪い。いやだ。いったいどういう意図でおれをこのような状態に先輩は陥れたのだろうか? 窓から飛び出すのはいやだ。天井にも落っこちたくない。でも誰かに相談しに行ったら大麻を吸ったことがばれる。そもそも体が動かない。タコ糸が体の中から締め付けてきて、そのうちキューブの形に体がばらばらになったら、誰がそれを元に戻すんだ? 「ハンプティー・ダンプティー」が壁から落ちると、王の馬や王の側近たちがどんなに頑張っても元に戻らなかった。そういう歌になっている。それよりも、この状態で時間が止まってしまったら、琥珀の中に1億年も閉じ込められた蜂のようになってしまう。時間から滑り落ちたくない。まだこの宇宙にとどまっていたい。「時間よ、止まれ」なんていう歌を過去に何度も聴いたのがよくない。重力に普通に戻ってきてほしい。普通が一番だ……。

この恐怖のどん底をさまよい、体だけではなく意識も時おり金縛りになっていた。LPレコードの上をスキップする針のように、たびたび時間の感覚が途切れ、ちゃんとつながっているのかどうか自信がなくなっていった。世界を一つにつなぎとめておく資格を剥奪され、罰せられているかのようだ。そうだとしたら、本当に申し訳ないことをしてしまった。ちゃんとお詫びをしたい。誰に?

ホモセクシュアリティーを金縛りのこの状態で、そこにいないはずの先輩から強要されるのはいやだ。それはおれがヘテロセクシュアルだからだ。おれは男の体で、女の体とセックスをするのが好きだ。そう思うと女性の乳房やくびれ、腰、太ももの付け根、亜麻色の髪の毛、マスカラを塗った目元などを想像して強烈な性的興奮を感じた。オナニーは悪いことだ。セックスは愛し合う男女の間でかわされる神聖な行為のはずだ。あまり淫らなことを考えるのはよくない。そう思うと、その反動でとてもいやらしい気分になり、全身全霊でセックスがしたくなる。もしも性的に上り詰めたら、この金縛りから脱出できるかもしれない。そうすれば時間もまた普通に流れる。普通が一番だ。両手を股間に伸ばしてズボンのチャックを下ろし、自慰行為を始めようとした。

だが自分の体が自分のものではないようで、他人から触られている感覚がある。男の自分がもう一人の自分として自分の体を愛撫した場合、それは男から男へのホモセクシュアルな行為になるので、そのまま同性愛に目覚めてしまったらどうしよう? しかしもう性的なこの興奮にはあらがえない。自分自身を辱める行為になってしまうかもしれないが、そもそも世界最強の大麻を一服ならず、もう一服吸引してしまったツケがこういう形で回ってきているわけで、これはもう逃げられない。オナニーをした結果、同性愛者の烙印を宇宙から押された状態で時間が止まってしまい、そのままオナニーをしたままの「自己同一・同性愛」の状態で琥珀に閉じ込められ、1億年後に発見されたとしても文句は言えない。日本語のゼミに参加するなんて、そんな抜け道を選んだその心がけが悪かったのだ。自分が悪いのなら、このまま気持ちよさに身を任せよう。思い切りいやらしいことを考え、体中を駆け巡る熱の「波」に乗って気持よくオナニーをしよう。そして果てよう。

『北園克衛モダン小説集 白昼のスカイスクレエパア』
『メメント・モリ』