リファレンス・ブックに始まる幻想文学の茫洋な世界 -東雅夫の幻妖ブックデジタル
アンソロジスト・文芸評論家の東雅夫が、幻想文学について解説。その漠然としたジャンルを理解するにはまず何に着目すれば良いのか?
リファレンス・ブックに始まる
前回予告したように、「幻想文学」という曖昧模糊とした文芸ジャンルの全貌を、できるかぎり分かりやすく紹介していきたいと思う。
まずは、このジャンルが、どれくらい広漠にしてカオスであるかを端的に示す一例を掲げてみよう。
・学園冒険ファンタジー『アンダカの怪造学』ほか、各社のライトノベル系新人賞を十代で連続受賞し話題となった日日日(あきら/1986~ )。
・高名な作詞家であり、本格オカルト・スリラー『殺人狂時代ユリエ』で横溝正史賞を受賞した阿久悠(あく・ゆう/1937~2007)。
・古今東西の怪異譚に通暁し、「地獄変」「妖婆」「奇怪な再会」「河童」「歯車」など怪奇幻想文学の名作佳品を多数手がけた文豪・芥川龍之介(あくたがわ・りゅうのすけ/1892~1927)。
・「累」怪談に由来する怨霊憑依ホラー『輪廻 RINKAI』で松本清張賞を受賞した明野照葉(あけの・てるは/1959~ )。
・魔術師コンビが活躍する異世界ファンタジー『されど罪人は竜と踊る』連作でスニーカー大賞を受賞した浅井ラボ(あさい・らぼ/1974~ )。
・説教僧として活躍するかたわら仮名草子作家として、近世怪異小説の先駆『伽婢子』をはじめとする膨大な著作を残した浅井了意(あさい・りょうい/1610?~1691)。
……これは、かつて私が編纂執筆を手がけた国書刊行会版『日本幻想作家事典』(東雅夫・石堂藍共編/2009)の中から、「あき~あさ」の項目に属する収録作家を、配列どおりに掲げてみたものである。
ご覧のとおり、江戸時代初期の仮名草子作家から、大正時代を代表する国民的文豪、さらには現代のライトノベル作家まで──実に多彩な、というべきか、何ともとりとめなく、まとまりがないと称すべきか判断に困るような顔ぶれが、「幻想文学」という括りのもと、時代や境遇やサブジャンル(=ジャンル内ジャンル)を超えて、結集しているのであった。
国文学系、純文学系、エンタメ系、ラノベ系などといった縦割りの文学観では、ありえないようなラインナップが、「幻想文学」の観点からは可能となるのだ。
ここで『日本幻想作家事典』巻頭の「凡例」から、同書における「幻想文学」の定義を引用しておこう。
「〈幻想文学〉については〈超自然的・非現実的な事象を主要なモチーフとする文学作品〉という広義の解釈のもと、いわゆる怪奇幻想小説やメルヘン、ファンタジー、ホラー、伝奇小説、SFのほか、ミステリー、時代小説、冒険小説などとの境界領域に位置する作品までを、アダルト、ジュヴナイル等の別なく対象としている」
こうした定義に照らせば、上に掲げたような混沌とした作家ラインナップも、決して野放図でも無節操でもないことが了解いただけるのではなかろうか。
要するに「幻想文学」とは、眼前の現実とは異なる「もうひとつの現実」や「不可視の世界」を、言葉と想像力を駆使することで、物語として創造する営みなのである。
『日本幻想作家事典』では、この定義にもとづいて、現存する日本最古の書物『古事記』から現代に至る日本文学史を博捜した結果、実に三千を超える項目(作家名、作者不詳の作品名など)を立てることができた。
基本的に一作でも幻想文学作品を書いている作家は収載する方針で臨んだので、かつて幻想文学に関わった日本作家の総数は、ざっくり、この程度と考えても、さほど大きく外れることはないだろう(もちろんリサーチの及ばなかった作家と作品も数多いはずではあるが……)。
どんなに周到に定義したところで、具体的に、目に見える形で提示しないことには、該当分野の全体像というものは見えてこない。
またそこにこそ、こうした事典や年表が編まれる意義も存するわけだ。
ちなみに、海外の幻想文学を対象とする事典としては、荒俣宏編著『世界幻想作家事典』(1979)、ジャック・サリヴァン編著『幻想文学大事典』(邦訳版は1999)の両大冊が、共に国書刊行会から刊行されている。
前者は、博覧強記の編著者ならではというべきワールドワイドな視点に特色があり、当時の幻想文学マニアや研究者を大いに鼓舞した記念碑的事典。かく申す私も大学時代、高田馬場の芳林堂書店で同書と出逢い、未知の世界への秘密の扉が開示されたかのような衝撃と昂揚感を覚えたものだ(それだけにまた、先日の芳林堂消滅のニュースには寂寥の感が深い)。
一方、後者は、編著者のホームグラウンドである英米系に偏し、さらにホラー系に偏した(これは邦題に問題があって、もともとホラー寄りの編纂方針なのだ)憾みはあるものの、個々の項目については充実した記載内容で貴重なデータベースとなっている。日本版オリジナルの増補がなされている点も好感が持てる(私も少しだけ、お手伝いしています)。
ひとつのジャンルに参入する際には、やはりその世界の見取図を把握しておくことが肝要である。
こうしたリファレンス類を活用することで、「幻想文学」という茫洋とした世界の手触りを、まずは体感していただきたいと思う。
東 雅夫(ひがし・まさお)
1958年、神奈川県横須賀市生まれ。アンソロジスト、文芸評論家、怪談専門誌「幽」編集顧問。ふるさと怪談トークライブ代表。早稲田大学文学部日本文学科卒。
1982年に研究批評誌「幻想文学」を創刊、2003年の終刊まで21年間にわたり編集長を務めた。近年は各種アンソロジーの企画編纂や、幻想文学・ホラーを中心とする批評、怪談研究などの分野で著述・講演活動を展開中。
2011年、著書『遠野物語と怪談の時代』(角川学芸出版)で、第64回日本推理作家協会賞を受賞した。
評論家として「ホラー・ジャパネスク」や「800字小説」「怪談文芸」などを提唱。NHKテレビ番組「妖しき文豪怪談」「日本怪談百物語」シリーズ等の企画監修や、「幽」怪談文学賞、「幽」怪談実話コンテスト、ビーケーワン怪談大賞、みちのく怪談コンテストなど各種文学賞の選考委員も務める。
著書に『文学の極意は怪談である』(筑摩書房)『なぜ怪談は百年ごとに流行るのか』(学研新書)『百物語の怪談史』(角川ソフィア文庫)ほか、編纂書に『文豪怪談傑作選』(ちくま文庫)『伝奇ノ匣』(学研M文庫)『てのひら怪談』(ポプラ文庫)の各シリーズほかがある。
著者公式サイト「幻妖ブックブログ」
http://blog.livedoor.jp/genyoblog-higashi/
ツイッター http://twitter.com/kwaidan_yoo
初出:P+D MAGAZINE(2016/03/23)