池上彰・総理の秘密<6>
大きな反響を呼んでいる人気連載「総理の秘密」の6回目は、「イギリス議会と女王の関係」について解説。イギリスの議会は、日本の議会とは異なる歴史の中で成立してきた。イギリスにおいて忘れてはならないのは「女王」の存在。議会と女王の間には、どのような関係性があるのだろうか? 知っておくと他の人にちょっと自慢したくなる必読のコラム。
イギリス議会と女王の関係
日本の議会は、明治維新以降、イギリスをお手本に誕生しました。しかし、イギリス議会は、国王の権力に庶民が挑戦する中で成立してきた歴史があります。
当初は国民の代表が国王に対して物申す存在としての議会でしたが、やがて政治的権力を国王から奪っていきます。
こうした歴史の名残りがいまも存在するのです。それが、女王と人質の交換です。
イギリス議会の開会式には、エリザベス女王の開会挨拶があります。バッキンガム宮殿からエリザベス女王が馬車で議会に到着します。議会では貴族院の議場に入り、かつらをかぶって整列する貴族院議員の前で、挨拶します。このとき、下院議員の代表である首相や野党党首は、下院から貴族院の議場に入り、女王の挨拶を聞きます。
下院議員たちはスーツ姿の平服ですが、貴族院議員たちは、かつらに礼服。いったいいつの時代だろうと思わせるいでたちです。歴史を感じさせます。
このとき、実は議会の代表一人が、女王と入れ違いにバッキンガム宮殿に入り、人質となるのです。
もし女王が議会で議員どもに監禁されたり危害を加えられたりしたら大変。女王が無事に議会挨拶を終え、宮殿に戻ってくるまでの間の女王側の人質になるのです。
これなど、かつて国王と議会が厳しく対立していた頃を思わせます。人質をとっておかないと、国王が安心して議会に足を運べないという時代があったのでしょうね。
でも、いまは時代が違います。バッキンガム宮殿で「人質」になった議員は、お茶など振舞われ、女王が無事戻ってくるまで、のんびりと過ごすのです。
実質的な意味は失われても形式を大事にする。これがイギリスなのですね。
池上彰 プロフイール
いけがみ・あきら
ジャーナリスト。1950年、長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。報道記者として事件や事故、教育問題などを取材。「週刊こどもニュース」キャスターを経て、2005年に独立。著書に『そうだったのか! 現代史』『伝える力』『1テーマ5分でわかる世界のニュースの基礎知識』ほか多数。2012年、東京工業大学教授に就任。16年より名城大学教授、東京工業大学特命教授。
初出:P+D MAGAZINE(2017/01/06)