文学女子の金沢さんぽ【第5回】徳田秋声という境地! 悲しみを悲しまなくても悲しくて。
【今日のガイドブック:徳田秋聲『町の踊り場』】
【悲しみを】
物語は、金沢で暮らす姉キンが危篤状態との連絡を受け、秋声が帰省の支度をするシーンから始まります。キンは異母姉ではありましたが、9歳年下の秋声の面倒をよくみており、2人は仲の良い姉弟でした。キンの結婚前後のことを、秋声は『光を追うて』という作品に書いているほどです。
しかし、金沢に向かっている最中にキンは70歳で息を引き取ってしまいます。秋声は、その死に目に会うことはできませんでした。
金沢に到着し、遺体が眠る姉の家へと向かう秋声。なんと今でも建物が残され、ゲストハウスとして活用されています。
姉の家で通夜に参列し、久しぶりに親戚と顔を合わせた秋声は、空腹を感じ外に食事に出ようと思い立ちます。しかし、本来であれば、通夜の後に食べるのは精進料理なはず。マイペースな振る舞いに、周囲も困惑します。
“「何とかしましょう」甥は言ったけれど、当惑の色は隠せなかった。”
(徳田秋声『町の踊り場』より)
面白いのが、甥の困惑に秋声も気がついているところ。しかしそんなものはどこ吹く風なのでしょうか、「今年は鮎をまだ食べていないから、鮎が食べたい」としっかりリクエストし、目ぼしいお店を教えてもらって、早速出掛けます。
ところが、目当ての料理屋さんに到着した後の、秋声とお店の方のやり取りは少し奇妙です。
①料理屋さんの部屋に通されて
秋声“「鮎を食べに来たんだが、あるだろうね。」”
女中“「あります。」”
②料理屋に備え付けのお風呂に入ってから部屋に戻って
女中“鮎は何にしましょうか。”
秋声“言うのを忘れたが、魚田が食べたいんだ。”
※魚田とは、魚の味噌田楽のこと。
③注文を取った女中がすぐに引き返してきて
女中“「鮎は大きいのが切れていて、魚田にならない。」”
秋声“「しかしそんなに大きくなくたって……どのくらいなの。」”
女中“「さあ……ちょっと聞いてまいります。」”
④少し経ってから女中が戻ってきて
女中“「鮎はございませんそうですが……。」”
秋声“「小さいのも。」”
女中“「は。」”
秋声“「だから先刻きいたんだ。それじゃ仕様がないな。」”
⑤女将がやってくる
女将(女中に向かって)“「鮎があると申し上げたの。」”
秋声(女中の代わりに)“「そうなんだ。」”“「私は鮎を食べさしてもらうつもりで、上がったんだし、それ以外のものも、こういうものは食べられないんで。」”
※「こういうもの」とは、先に突き出しとして出された料理を指します。
⑥秋声何も食べずに店を出る。甥に電話する
甥“「そりゃ多分生きた鮎がなかったんでしょう。あすこでは、死んだ鮎はつかいませんから。」”
⑦秋声、近くにある別の料理屋さんに入る
地の文“辛うじて食欲だけは充たすことができたが、無論生きた鮎ではなかった。”
甥に内心呆れられながらも教わった料理屋さんでは鮎を食べられず、電話をして再び甥に店を聞く秋声。甥は母親の通夜の喪主をつとめたばかりだということを考えると、きっとお疲れだったでしょうにと気の毒な気がします。
それにしても秋声の自由気ままぶりは相当です。残念ながら、教わった店にも鮎はなく、結局秋聲は鮎を食べられないまま1日を終えることになります。
この部分に、少し違和感を感じます。
姉の通夜の場を抜けて、本来はタブーであるはずの鮎(命)を食べに行った秋声ですが、はっきりしないやり取りのまま、食べられずじまいとなります。また、その理由が「生きた鮎がなかったから」なのです。秋声のために、鮎は捌かれ(殺され)なかったということです。
これは少し、出来すぎな気がします。まるで、今夜の秋声は殺生に関わってはいけないと、誰かが謀ったかのようです。
加えて言えば、気になるのが、⑤の秋声の言葉「こういうものは
当初私は、(気分じゃないから)「食べられない」という意味だと思ったのですが、もしかしたら(生きたものを捌いている料理だから)「食べられない」だったのではないでしょうか?
さらに言うならば、⑦の「無論
なぜでしょうか。もちろん、今日は姉の命日だからです。