文学女子の金沢さんぽ【第5回】徳田秋声という境地! 悲しみを悲しまなくても悲しくて。

 同時代の自然主義文学の担い手だった正宗白鳥が語った、こんな言葉があります。

“(自然主義文学で描こうとするような)有るがまゝの人生は、人間わざではなかなか書けることではないことが分って(原文ママ)来た。筆先がうまく動いて、文章の綾で何がなしに読者が魅せられる時には、それが人生の真実であり、有るがまゝの人生であるやうに思うのだが、しかし、多くのそれは、作者の世界であり、作者だけの人生であり、正真正銘の人生はどこか別の物であるのぢゃないかと、私には思はれだした。” (正宗白鳥『自然主義文学盛衰史』より)

 例えば何か物語を書こうとする時、作者は自らが創造主となって、自らの想像の範囲内で解釈が可能な、整合性のある世界を紡ごうとするはずです。というか、何かを生み出そうとする以上、作り手である自分の立ち位置からは離れられないし、そこから見た目線が、いつの間にか整合性を物語の中で結んでしまうと思うのです。
 しかし、自然主義の目指した文学は、そんな主観を捨て、客観的な「あるがままの人生」を描き出すことにありました。そしてそれは、正宗白鳥が言うように、「人間わざでは中々書けない」ことであったようです。 
 なぜなら、書くこと以上に、生きていくことそのものが、自分に起きたひとつひとつの出来事に意味を求めてしまう主観的な行為だからです。客観的な「正真正銘の人生」を送ることは誰にとっても不可能であり、生きることに意味を求め、自らの目線から「自分の世界」「自分だけの人生」を送るしかないのが、人間なのだとも言えます。
 
 その点、秋声は、そんなあるがままの人生を、正しく物語の中に再現することができる人でした。物語の創造主でありながら、自らの主観を手放し、自分の解釈や整合性を超えた文章を書くことができた作家だったのです。姉が亡くなれば悲しい、という感傷が物語を支配するのではなく、自分自身を客観的に見てみれば、鮎も食べたい自分もいる、踊りにも行きたい自分もいる、それをごく自然に受け止めているように感じられます。

『町の踊り場』を、秋声の後輩である川端康成は絶賛し“勝手気ままなことを書いているのであるが、自ら悟りのありがたさが感じられるのである。多分作者の予期しない効果であろう。努力よりも怠慢の妙味であろう。同じ名匠にしても、島崎藤村や泉鏡花氏のあの意識的な、考え方によっては浅間しい(原文ママ)精進とちがって、強いられるところがなにもなく、徳田氏の作品にゆゑ知らず自ら頭の下がる所以である”と言っています。(川端康成『小説の研究』より)

 川端康成の言う「浅間しい精進」とは、テーマを主観的に解釈し描写しようとする「努力」のことを指すのではないでしょうか。島崎藤村や泉鏡花は(なぜこの2人が引き合いに出されたのかは分かりませんが)題材に対して「自分はこう考える」「このように感じる」と主観的な立場をとり解釈を加えることで物語を紡ぐ人だったのだと思います。
 しかし秋声は「怠慢」にも、ただ起きたことを客観的に書けてしまうのです。だから読者は「強いられる(作者の主観的な解釈を押し付けられる)ところがなにもなく」物語を読むことができるのかもしれません。一体どうしてそんなことができるのか、川端康成も分からなかったのではないでしょうか。だから「自ら悟りのありがたさ」「ゆゑ知らず自ら頭の下がる所以」と評じたのではないでしょうか。

 先に上げた正宗白鳥は、秋声のことをこのように語っています。

“彼の生まれながらの素質が、自然主義に適していた」”(同書より)

 生来のものとして、物事をありのままに受け止めて生きることができた秋声。だからこそ、姉の死を悲しみという感情に解釈することなく、日々の生活の中でゆっくり溶かしていったのかもしれません。
 それを果たして、悲しんでいなかったと言えるのでしょうか。
 悲しみの正しい悲しみ方など、誰にも分からないはずなのです。


 
<了>

※文中では基本的に新字体を使用し、「徳田秋聲」の表記は「徳田秋声」に統一しました。なお「徳田秋聲記念館」については、施設名であることを鑑み、旧字体のままとしました。

参考資料:
・徳田秋聲『金沢シリーズ 挿話・町の踊場』能登印刷出版部,2005
・川端康成『小説の研究』講談社,1977
・正宗白鳥『自然主義文学盛衰史』講談社,2002

Camera:
吉岡栄一 ※撮影の際のみマスクを外しました

ロケ地:
【徳田秋聲記念館】
石川県金沢市東山1丁目19−1

【ひがし茶屋街】
石川県金沢市東山

【旅館 Azuki旅音】
石川県金沢市森山1丁目5−23

【町家ホテル&蔵カフェ 町の踊場】
石川県金沢市瓢箪町7−6

<竹村りゑ プロフィール>
フリーアナウンサー、書評家。金沢在住。
NHK名古屋放送局キャスター、北陸放送アナウンサーを経て、フリーアナウンサーとして石川県を中心にテレビリポートやラジオパーソナリティ、ライターを務める。
北陸放送ラジオ「竹村りゑの木曜日のブックマーカー」では、ディレクター兼パーソナリティとして、ブックレビュー及び作家へのインタビューを行っている。
文学と現代アートに関心を持ち、noteを中心にコラムを多数執筆。

北陸放送公式HP:https://www.mro.co.jp/radio/book/

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初出:P+D MAGAZINE(2022/06/08)

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