文学的「今日は何の日?」【3/9~3/15】

あの名作が世に出た日。
憧れのヒロインの誕生日。
かの大作家の失恋記念日。
……そう、毎日が何かの記念日です。さて、今日は何の日でしょうか。
3月9日から始まる1週間を見てみましょう。

3月9日

亡き弟の日記に記された恋の手がかりとは

日本探偵小説の父として今なお根強いファンを持つ、江戸川乱歩。その初期に書かれた短編『日記帳』において、病気で死去した弟の初七日の晩、形見の日記を読んでいた「私」は、3月9日の発信欄に「北川雪枝(葉書)」と、女性の名が書かれているのを見つけました。幸枝は兄弟にとって遠縁にあたる、若く美しい娘です。もしや弟は幸枝に恋をしていたのではないかと、さらに日記読み進める「私」が見出したのは、この発信の日付を利用した暗号文でした。当時の若者の風俗を取り入れて書かれた、せつない恋の物語です。

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出典:https://www.shogakukan.co.jp/digital/09D029360000d0000000

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3月10日

地下鉄駅前で盗まれた自転車が、事件の謎を解く鍵に

東野圭吾の人気シリーズ「ガリレオ」第3弾で、第134回直木賞受賞作の『容疑者Xの献身』3月10日のこの日、作中で東京都・江戸川区の主婦・山辺曜子が地下鉄の篠崎駅前で自転車を盗まれます。その自転車は翌日、無職の男・富樫慎二の死体遺棄現場である旧江戸川の堤防近くで発見され、富樫の指紋が残っていました。江東区の弁当店で働きながら、慎ましく暮らしている元妻・靖子に富樫殺害の容疑がかかりますが、靖子にはアリバイがありました。行き詰まった警察からの協力依頼を断ったガリレオこと湯川学は、靖子の隣人が旧友で天才的数学者・石神哲哉であることを知るや、事件に興味を持ち始め……。

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3月11日

弘前藩医の渋江抽斎(ちゅうさい)、幕府より15人扶持を受ける

明治の文豪で、医学者としても知られた森鴎外。小説執筆の史料として「武鑑」(武士の紳士録のようなもの)を蒐集するなかで、「弘前医官渋江氏蔵書記」の朱印を押されたものを見たことがきっかけとなって、弘前藩医・渋江抽斎に関心を抱きます。そうして、抽斎の性格や趣味、家族、親戚から交友関係にいたるまで克明に調べ上げ、小説『渋江抽斎』に書きました。抽斎は弘化元年に官立医学館の講師となり、嘉永2年に将軍・徳川家慶に謁見。翌年3月11日には幕府から15人扶持を受けています。

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3月12日

社交界の花とうたわれた美女の幸薄い生涯を描く

ヴェルディの傑作オペラ『ラ・トラヴィアータ』の原作小説『椿姫』(アレクサンドル・デュマ・フィス作)において、1847年のこの日、物語の語り手である「私」が街で競売のポスターを見かけました。「家具類や贅沢な骨董品の売り立て」の告知に興味を持った「私」は内覧に出向き、高級娼婦マルグリット・ゴーティエの遺品の競売だと知ります。マルグリットは椿の花を愛したことから「椿姫」と呼ばれ、パリの社交界では知らぬ者のない美女でした。名門出の純情な青年アルマンと相思相愛となりますが、アルマンの父は2人の仲を許さず……。マルグリットの愛と死の真実に迫る、恋愛小説の傑作です。

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3月13日

「最後の警告」を受け取った男が鍵のかかった自室で殺害される

純文学者として『草の花』、『(かい)()』などの代表作がある福永武彦は推理小説マニアで、自身でも別名義・加田伶太郎を使い、短編推理小説8編を執筆しています。そのうちの1作『完全犯罪』において、3月13日の朝、洋館に住まう資産家・雁金玄吉が、英単語を貼り付けて書かれた「最後の警告」を受け取ります。その夜、自室に籠もって警戒していた雁金氏でしたが、夜11時過ぎに絞殺死体となって発見されました。そのとき雁金邸にいたのは、妻や養母、雁金氏の秘書など、暴力的で独善的な雁金氏をよく思っていない人物ばかり。果たして手を下したのは誰なのか? 安楽椅子探偵物の佳品です。

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出典:https://www.shogakukan.co.jp/books/09352301

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3月14日

和歌革新運動の短歌結社・根岸短歌会が誕生する

俳人・正岡子規を中心に、香取秀真(ほずま)、岡麓らが東京・上根岸にあった子規の住まい「子規庵」に集まって、明治32年3月14日に催された短歌会が元となり、子規と同郷の高浜虚子や(かわ)(ひがし)(へき)()(とう)も参加して、短歌結社・根岸短歌会が結成されました。さらに翌33年には伊藤左千夫や長塚節も加わって、和歌革新運動として最盛期を迎えます。万葉を尊重して写実主義を唱えたこの運動は35年の子規没後も続き、「馬酔木(あしび)」「アカネ」を経て「アララギ」に結実、歌壇の一大勢力を形成するに至りました。この運動の舞台となった子規庵は第二次世界大戦中の空襲で消失しますが、戦後、弟子の寒川()(こつ)らによって再建されています。

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3月15日

ジュリアス・シーザーへの不吉な予言「三月十五日にご用心を」

紀元前44年のこの日、古代ローマの英雄として名高いジュリアス・シーザーが、共和主義者のキャシアスらにより暗殺されました。腹心の部下ブルータスも一味と知ったシーザーの「ブルータス、お前もか」という言葉はあまりにも有名です。イギリスの劇作家シェイクスピアは、この事件を題材に悲劇『ジュリアス・シーザー』を書きました。占い者から「三月十五日にご用心を」と言われ、この日は出かけまいとしたシーザーでしたが、「元老院があなたを王位につける」と欺かれて出向き、殺害されてしまうのです。

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初出:P+D MAGAZINE(2020/03/09)

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