師いわく 〜不惑・一之輔の「話だけは聴きます」<第53回> 『他人になめられやすい私です』
一之輔師匠が落語の世界と出会った高校時代のエピソードは、ファンの間ではよく知られているが、その前の中学時代はどうだったのだろうか? 訊ねてみると、歌声が熱心な中学校だったという答えが返ってきたのだが……なんなんだ「歌声」って???
キッチンミノル(以後、キ):中学生の頃の師匠は、どんな生徒だったんですか?
一之輔師匠(以後、師):どんな生徒だったかなぁ。あんまり記憶がないんだよね。
キ:それじゃ、あんまり目立ってはいなかった?
師:う〜ん…学級委員は、やっていたかなぁ。
キ:へ〜っ! 目立ってるじゃないですか!
師:まぁ自分ではよくわからないけど、滲み出るカリスマ性が、オレを日なたの存在に知らず知らずのうちに押し上げてしまうのかもな。
キ:さすがです。
師:バカにすんな。……そういえば通っていた中学校では、歌声が盛んだったなぁ。
キ:歌声?
師:合唱のことね。それをうちの中学校では「歌声」って呼んで、なにかあるたびにクラス全員で歌ってた。そういうときにクラスをまとめたりしていたなぁ。歌いたくないってヤツもいるから、よくもめたね。
キ:私はその“歌いたくないヤツ”の一人でした。そういう連中をまとめ上げるのは大変だったでしょう?
師:そうね。でもそこは天性のカリスマ性で。
キ:さすがで〜す。
師:おい!
キ:で、どんなふうにクラスをまとめていたんですか?
師:先生が「〇〇やっとけ」って言ったら、二つ返事で「ヘイッ!」つって。
キ:完全に先生の手先じゃないですか!
師:「あいつを手なずければ、万事大丈夫です。先生」って。
キ:イヤなタイプの学級委員だなぁ~
師:そういえば修学旅行先の京都で、夜景を見ながら歌ったりしたなぁ。場所は覚えてないんだけど、展望台みたいなところに登って歌った。
キ:周りに他の観光客がいるところで?
師:そう。
キ:クラス全員で合唱を?
師:もちろん。
キ:すげー迷惑っ!
師:そうなんだよ、いま思うと。
キ:何を歌ったんですか?
師:『大地讃頌(だいちさんしょう)』
キ:あはは、合唱コンクールの定番曲ですね。母なる大地を誉め称える歌を、京都盆地を眺めながら!
師:そう。眼下に広がる京都の町並みの夜景に向かって……
キ:師匠は学級委員だし先生の手先だから、ちゃんと真面目に歌ってたんでしょうね。
師:歌ってたよ。そしてみんなに歌わせてた。ちゃんと歌わないと先生からスッゲー怒られるんだから。
キ:まだ先生が怖かった世代ですからね。
師:だから、時々その頃のことを思い出して、ナチスの残党みたいな気分になるんだよ。
キ:残党?
師:そう。中学時代のオレは、権力の犬だったなって。あの頃、自由を勝ち取るためにもうちょっと権力に歯向かってもよかったなって……
キ:はぁ。
師:でも、上から押し付けられるのを抜きにしたら、合唱はいいぞ。今からでも合唱したいよ。落語協会で合唱部を作ろうかな〜。
キ:噺家さんは歌が上手い方が多そうですもんね。
師:いやいや。個人で歌うのではなく、みんなで合唱! カラオケしたいんじゃないんだよ、みんなで合唱がしたいの。
キ:ハモりたいってことですか?
師:うん。
キ:パートは?
師:オレはバスだね。
キ:それじゃあ、テノールは誰にお願いします?
師:「誰?」って各パートひとりずつじゃないんだよ、ダークダックスやりたいわけじゃないんだから。30~40人で、みんなで歌いたいのッ!
キ:30~40人で!?
師:合唱だからね。さっきからなんども言っているけど!
キ:曲は?
師:やっぱり『大地讃頌』だろ。
イチャモンをつけられたときは言い返したい気持ち100%なのですが、口論になっているとろを第三者に動画に撮られてネットに上げられたら嫌だなと自意識過剰な感情が湧いてしまって何も言えずにモヤモヤした気持ちになります。寄席に一人で行ったりしたいのですが、不快な事案に遭遇しそうな確率が上がりそうなので尻込みしてしまいます。
どうしたらナメられずに済むでしょうか? 師匠のキラリと光るアドバイスが欲しいです。よろしくお願いします。
(みたらし/女性/41歳/千葉県)
師:千葉県の? 女性?
キ:41歳です。
師:同い年じゃない。
キ:はい。
師:今ごろ寄ってきて……許さん!
キ:え〜と…
師:中学のときには全然寄ってきてくれなかったくせに! ……女子め。
キ:いやいや、師匠がここで、みたらしさんにイチャモンつけなくても……だいたい、みたらしさんといっしょに『大地讃頌』を歌ってないでしょ!
師:ふん!
キ:……。師匠はあまり人からなめられたりしないですよね。
師:そうねぇ。なめられることはないかなぁ。
キ:中学生のときから教師の手先こと学級委員だったんだから、簡単に他人になめられるわけにはいかないですからね。
師:お前にそう言われると腹立つなぁ〜。
キ:みたらしさんは自らつけたペンネームからして、なめられてますが……
師:本当はなめられたいんじゃないの?
キ:ちょっと疑ってはしまいますよね。
師:なめられはしないけど、オレも後輩にいじられることはあるよ。
キ:いじられる?
師:うん。オレがいじるから、向こうも「この人はいじってもいいんだ」って思うのかも。
キ:でも、それは仲間意識でいじってくるっていうことですね。だからみたらしさんみたいに、全然知らない人にイチャモンをつけられたりってことではないと思うのですが……
師:そうだね。このまえ『スッキリ』に出演したときに森圭介アナウンサーが、40歳なんだけど童顔のせいですごくなめられるって…後輩からもなめられるって言ってたなぁ。まぁ、森さんは顔がカワイイ系だからなぁ。
キ:なるほど。
師:だから「サングラスをかけたらどうですか?」って言ったら、「アナウンサーなんで」って断られた。
キ:そうでしょうね……
師:それじゃあ「メッシュは?」って言ったら、それも「アナウンサーなんで」って。
キ:普通です。
師:だけど関口宏はメッシュ入れてるよ?
キ:大御所だからじゃないですか! アナウンサーじゃなくてニュースキャスターですし。……でも噺家さんも、最初っから髪を染めたりはしないですよね。
師:タトゥーは?
キ:それも、アナウンサーですから。
師:そうかぁ……アナウンサーって生きづらいのな。
キ:人から見られる職業ですからね。
師:……それはともかく、キッチンはよく他人からなめられるでしょ?
キ:そうですね。
師:そんなとき、どうしてんの?
キ:そのままです。ヘラヘラしてます。
師:確かに、そういう状況は何度か見たことある。
キ:はい。
師:だけど、なめられるってデメリットだけじゃなくて、メリットもあるからなぁ。
キ:ありますか?
師:あるある。すぐに相手の懐に入れるっていう。キッチンもそうだけど、スッと相手が心を許すというか警戒心を与えない。
キ:ああ、昨日も漁師さんに「カメラを捨てて今すぐ漁師になれ!」って言われました。「どうせお前の写真なんか誰も見ないんだから」って。
師:写真を撮っているキッチンが、かわいそうに見えたんだろうな。
キ:……
師:だけど、そんな失礼なことは普通なら初対面の人になかなか言えないよ。それだけ向こうがキッチンに心を開いたってことだろ。
キ:そうかもしれません。そういうことを言ってくれる人に対して僕も冗談を言いやすくなりますし。
師:その『スッキリ』のときだって、スタジオに行ってもみんなオレに声をかけてこないんだよ。隣に須藤理彩さんが座っていて、声をかけてくれたと思ったら敬語でさ。歳の話になったら、向こうのほうが2つ上なの。
キ:ええーっ!?
師:向こうも「ええーッ!?」って言ってた。「なんなんですか、その年齢に似合わない貫禄は…」って。
キ:あはは。何が違うんですかね?
師:まぁ、ある程度、顔は重要だろうね。
キ:師匠は老けてますから。
師:オイッ! だけど素の顔は大事かも。
キ:師匠の素の顔は、ちょっと人でも殺してきた感じの顔ですからね。
【編集部注】…もちろんシャレで言ってます。…そのはずです。なお、感じ方には個人差があります。
師:そうなんだよ。今まで気がつかなかったんだけど、最近自覚せざるをえなくなってきた。
キ:何かきっかけが?
師:スタジオでVTRを見ているときにワイプで抜かれるんだよ。そのときの表情が、我ながらひどい。
キ:ワイプのおかげで初めて素の自分の顔を見ることになったんですね。
師:司会の加藤浩次さんにも「眉間にシワが寄っていますけど、機嫌が悪いんですか?」って。
キ:あの加藤さんにまで…
師:あんな怖そうな人に。だからあえて笑ってみたりすると、余計に不自然な顔になったりして。
【編集部注】…このときの表情について、8/31付ZAKZAKでは「わざとみけんにしわをよせて~」と書かれていました(https://www.zakzak.co.jp/ent/news/190831/enn1908310009-n1.html)。ZAKZAK編集部と読者の皆さん、「わざと」じゃなくて素の表情だそうですよ!
キ:不器用だなぁ。
師:こういう顔だと損しているなぁと思うときもある。特に芸人として。
キ:芸人として?
師:そう。芸人だったら、みたらしみたいな人がいちばんいいんだよ。いろんな人に声かけられて、スッと懐に飛びこんで。必然的に、そこにはエピソードトークのネタがあるわけでしょ。
キ:そうなんですかね…
師:そうだよ。そこにはエピソードトークのネタが山盛り。例えば笑福亭鶴瓶師匠なんか、まさにそうだよ。
キ:ああ〜。
師:なめられてはいないだろうけど、親近感がすごくて人間味が滲み出てるから、街中でもいろんな人に声をかけられて。だから鶴瓶師匠には、エピソードトークのほうからいっぱい寄ってくるでしょ。
キ:なるほど。
師:みたらしも少し考え方を変えて、どんだけ人になめられたかってことを…
キ:ネタにしちゃう?
師:そう。そして列に割り込んできた人のことをよく観察する。その後の行動や言動など。もうすべてがネタ。
キ:おおー!
師:みたらしよ! お前が気づけば、そこにはネタが山盛りだよ!
キ:なめられて辛いと思うことなかれ…
師:なめられた先には宝の山!
キ:同じ出来事も、見方を変えると面白く見えてくるってことですね。
師:オレからしたら、みたらしみたいに、人からなめられるような人がうらやましい。
キ:おお〜、みたらしさん! 師匠があなたのことをうらやましがってますよ。
師:くそー、うらやましいぞー!! オレもなめられたい!
キ:私も私も〜!!
師:いや。キッチンは、もうすでになめられてるから。
キ:…………。ただ、みたらしさんはなめられるのが度を越して、知らない人からイチャモンをつけられるまでいっちゃっているみたいなんですが…
師:そこは全然うらやましくない。
キ:簡単に手のひら返し!? じゃあ、どうしたらいいでしょうか?
師:なんで突然イチャモンをつけられるわけ……?
キ:さあ…
師:列に割り込まれたりもする…
キ:ボーッとしていると、列に隙間ができて入り込まれるってことですかね? ……テーマパークなんかで、“人質”を一人並ばせておいて、最後の最後に家族10人ぐらいが一気になだれこんでくるっていうこともありますよね。
師:そういうことなら、オレでも列に割り込まれることは時々あるよ。
キ:そのときに注意はしますか?
師:しないよ。しょうがないなって思っちゃう。
キ:あえて注意をしないでんすね。
師:そういう人たちのことを、じーっと見たりすることはあるけど。
キ:おっ、エピソードトークのネタ探しだ!
師:いや、ムカつくから。
キ:え〜と……その、人でも殺してきたばかりみたいな素の顔で?
師:うん。
キ:怖いですって!
師:注意しないのは、気が小さいっていうのもあるけど。注意をする場合でも、いきなり怒るんじゃなくて冷静に「ここ並んでますよ」って伝えてるかな。
キ:なるほど。いきなり怒るんじゃなくて冷静に言ったほうがいいと。
師:怒りにはあっちも怒りで返してくるからね。それこそ口論になるでしょ。自意識過剰とか動画に撮られるとかというのを抜きにして、口論はしたくないじゃない。
キ:そうですね。
師:言い方さえ変えれば、口論にならないほうが多いんだから。
キ:なるほどなぁ〜。
師:みたらしには『へろへろおじさん』っていう絵本を読んでほしいな。
キ:佐々木マキさんの絵本ですよね。
【編集部注】へろへろおじさん…福音館書店から2017年刊行。
師:へろへろおじさんは、なめられ人生の最高峰じゃないかな。
キ:ポストに手紙を出しにいこうとするだけなのにハプニングの連続で…
師:頭の上に布団が落ちてきたり、お店のショーウインドーを見てただけなのにイヌに引きずられたり…
キ:ほかにもいろんな目に遭って、帽子はぺちゃんこ、着ているものはボロボロ……
師:そうそう。だけど怒んない。おじさんは。
キ:はい。
師:やっとポストに手紙を出してホッとしていたら……。
キ:ふ〜…
師:この世の中に神様というのがいるのだとしたら、おじさんはその神様になめられているわけだ。
キ:それまで散々ひどい目に遭ってきても淡々としていたおじさんが、このときばかりは……
師:悲しいよね。
キ:はい。悲しいです。
師:そして踏んだり蹴ったりだったおじさんの身に最後にふりかかるハプニングは……
キ:また読みたくなっちゃいました。家に帰ったら本棚から探して読んでみます。
師:キッチンもなめられ人生だからな。
キ:はい。……ところで、みたらしさんは寄席に一人で行ってみたいとのことですが。
師:いつでもおいでよ。
キ:だけど「不快な事案に遭遇する確率が上がりそうで」ってことで、まだ行く勇気がないみたいなのですがなにかアドバイスはありますか?
師:寄席に行くだけで、そんな確率は上がりません。それよりも落語を聞いて不快な事案に遭遇した人たちを笑い飛ばせばいいじゃない。
キ:はい。
師:落語の世界の中にも、世の中になめられているけど愛しい人たちがたくさん出てくるんだから。
(師の教えの書き文字/春風亭一之輔 写真・構成/キッチンミノル)※複製・転載を禁じます。
プロフィール
撮影/川上絆次
(左)春風亭一之輔:落語家
『師いわく』の師。
1978年、千葉県野田市生まれ。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。前座名は「朝左久」。2004年、二ツ目昇進、「一之輔」に改名。2012年、異例の21人抜きで真打昇進。年間900席を超える高座はもちろん、雑誌連載やラジオのパーソナリティーなどさまざまなジャンルで活躍中。
(右)キッチンミノル:写真家
『師いわく』の聞き手。
1979年、テキサス州フォートワース生まれ。18歳で噺家を志すも挫折。その後、法政大学に入学しカメラ部に入部。卒業後は就職したものの、写真家・杵島隆に褒められて、すっかりその気になり2005年、プロの写真家になる。現在は、雑誌や広告などで人物や料理の撮影を中心に活躍中。
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初出:P+D MAGAZINE(2019/09/11)