出口治明の「死ぬまで勉強」 第18回 ゲスト:生田幸士(東京大学名誉教授) 「考えるバカが世界を変える」(前編)
■出口「日本社会の同質化圧力から脱却するには何が必要ですか?」
■生田「ズバリ、社会に多様性をつくることです」
生田 先ほど、僕がカリフォルニア大学で採用された経緯をお話ししましたが、欧米では人と違うことが強みとして評価される教育システムになっています。ところが日本では、人と違っていることはまったく評価されません。ずっと昔から、ほかの人と違うことをしていると「直しなさい」といわれてしまう。これは大きな問題だと思いますね。
出口 「昔」といっても、画一的になったのはせいぜい戦後の話です。だから、日本人はまた変わることができると思いますよ。
生田 え!? 明治時代も「欧米列強に追いつけ追い越せ」とやっていたので、オリジナリティの高い人が尊重されていたようには思えませんが、そうではないのですか。
出口 明治・大正時代は、めちゃくちゃヘンな人が山ほどいました。孫文の辛亥革命を資金面で支えた長崎の梅屋庄吉、東京・日本橋の木綿問屋の家に生まれ、オックスフォード大学に留学したあとパリに移り住み、豪奢な生活をして数百億円も散財した薩摩治郎八などは、そのほんの一例です。尖った人が活躍できる時代だったのです。
ただ、生田先生がおっしゃるとおり、戦後の日本は製造業の工場モデルをベースとした、同質化圧力が非常に強い社会になってしまっていることは事実です。
そこから脱却するには何が必要だと思われますか。
生田 その答えはシンプルですよ。女性や海外に出て活躍している人に、高い給料を払って日本の大学や企業に戻ってもらい、社会に多様性をつくる。企業だけではどうにもならないでしょうから、国が助成金を出してサポートする必要があります。
こういったことは、中国やシンガポール、その他のアジアの伸びている国々はみんなやっていることです。
出口 僕は、とくに罪が重いのは経済界だと思います。Facebookに、こんななぞなぞがありました。
「全員日本人の男性、女性はひとりもおらず、最年少が60歳代。みんな日本の大学卒で、起業はおろか転職経験も副業もしたことがない。これ、誰だ」
答えは経団連だそうです。
生田 へぇ~、そうなんですか。それは東大と似ていますね。役員クラスは、短期の留学経験はあっても、東大から出たことのない人が多い。欧米だと母校の学長どころか教授にもなれないのが当たり前ですが、日本はむしろ他の大学に出ることが評価されません。
出口 立命館には大学が2つありますが、いずれも学長の最終学歴が立命館ではないんです。ダイバーシティについては東大に負けていません(笑)。
それはともかく、日本ではユニコーンと呼ばれる新興企業が誕生しにくいことと、ダイバーシティが足りないこととは、密接な関係があると思いませんか。
企業評価額が10億ドル(1200億円)以上、設立10年以内の非上場企業を条件とするユニコーンはアメリカに200社、中国に70~80社、ヨーロッパに30社、インドに20社あるといわれていますが、日本はゼロです。
生田 おっしゃるとおりですね。アメリカや中国では、学業の成績が芳しくない人についても、一芸に秀でた人も、基本的にほったらかしです。一方、日本は成績がよくない人をカバーしようとする一方、突き抜けた人の存在も認めようとしません。これではイノベーションは起きにくく、ユニコーンも育たないと思います。
「落ちこぼれ」とはまた別の「吹きこぼれ」という言葉をご存知ですか? たとえば数学だけはものすごくできるけど、コミュニケーション能力が低くてクラスで浮いてしまう――。そういう突き抜けすぎてはみ出してしまう子を指す言葉です。日本には、その吹きこぼれをカバーする仕組みもないんですよ。
フィールズ賞を獲られた広中平祐・京大名誉教授/元山口大学学長は、京都大学数理解析研究所の教授を務められていた時代に、日本に吹きこぼれをカバーする仕組みがないことを嘆いて、主に高校生を対象とした「数理の翼」という夏合宿を始められました。そうした取り組みをあらゆる分野でできればいいのですが……。
生田「突き抜けた人の存在を認めようとしないところに原因があるのではないでしょうか」
出口 僕は日本のいちばんの問題は構造的な「低学歴」だと思っています。これは、大学や大学院への進学率がOECD加盟国のなかでは低順位、かつ大学でほとんど勉強していないということと、社会に出れば「メシ・フロ・ネル」の長時間労働で勉強する時間がないという、ふたつの意味を含んでいます。
たとえば、企業の経営層には立派な大学を出ておられる方が少なくありません。ところが、そういう方が「外国人との会食などでは、政治や宗教の話題はご法度だよ」などという話を平気でするのです。
これは大きな勘違いで、僕はロンドンに3年、本社の国際業務部長として3年の計6年間しか海外業務の経験はありませんが、みんな政治や宗教の話が大好きでした。
では、どうして日本の経営者が勘違いしているのかというと、外国人が彼らに合わせて話のレベルを下げているからです。日本人経営者に政治や宗教の話を振ってもロクな答えが返ってこないので、彼らは天気やゴルフ、ワインの話をして、調子を合わせてくれているのです。
そういう方々は、受験の成績はよかったのかもしれませんが、忙しすぎて教養を深める時間が持てなかったといっていいでしょう。
生田 出口先生は外国人と政治や宗教などの話をしていらっしゃったのですか?
出口 ガンガンやりましたよ。ただ、僕は英語があまり上手ではないので、コンテンツを中心に組み立てていました。
まず相手に興味のある分野や好きな本を聞きます。たとえば「Late Roman Empire」という返事だったら、ディオクレティアヌスなどの話をする。思想や哲学の込み入った話をするのは難しいですが、プラトンやカントならいくらかは読み込んでいましたので、固有名詞ベースで会話ができる。だから、英語が下手でもなんとかなりました(笑)。
生田 そういう話ができる日本人は少ないと思いますよ。
出口 いえいえ、たとえば相手が文学好きなら、シェイクスピアの話をすればいいだけです。シェイクスピアはいずれも短編で、40作品ぐらいしか書いていないので、その気になれば誰でも読破できますよ。
外国人に限らず、人とコミュニケーションを取るときには、相手に興味を抱いてもらえるような引き出しを、いくつ持っているかということが問われるのですが、残念ながら日本のエグゼクティブにはその引き出しが足りません。つまり、長時間労働で勉強する時間が足りないということです。
知識も教養も足りないから、何ごとにつけてもファクトに基づいてロジカルに論じるのではなく、ついつい成功体験をベースにした精神論に走ってしまうのです。
生田 なるほど、納得できます。
出口 社会人が勉強しないということは、長時間労働に加えて、学生時代に勉強する癖がついていないということです。これを変えるにはどうすればいいか――。いろいろな考え方があると思いますが、僕は企業の採用基準を変えれば、すべてガラリと変わると思っています。
いま、企業の採用面談では学生時代の成績を問われることがないし、大学院に進んだ人はそもそも敬遠されてしまいます。これでは、学生が勉強する気にならなくて当然でしょう。
たとえば採用面接で、サークル活動の体験などを聞くのではなく、「ウォーラーステインの考え方についてどう思いますか?」などと尋ねればいい。あるいは「TOEFL iBTのスコアが90未満なら面談しない」と宣言するだけで、学生たちは一所懸命勉強するようになりますよ。
イマニュエル・ウォーラーステイン。1930年アメリカ生まれ。歴史家、社会学者。マルクスに影響を受け、独創的な近代世界システム論を提唱した。
生田 なるほど。そうすれば学生も生き残りをかけて必死になりますね。
ただ、僕は知識やスキルを問うよりも、創造性を磨く方向で厳しくしてもらいたいですね。たとえば授業では「タマゴ落とし」というイベントをやっています。これは生タマゴを地上30メートルの高さから、割れないように落とすもので、使える道具はB5サイズのボール紙と糊だけ。それを使ってクッションをつくってもいいし、タマゴに羽をつけてもいい。これは創造力がかなり鍛えられますよ。
出口 それはおもしろいですね。30メートルといえば相当の高さですが、学生たちはみんなうまくできるのですか?
生田 じつはなかなかうまくいきません。小学生にもトライさせたら、東大生の完敗でした(笑)。
出口 創造性は「知識×考える力」です。考える力をもう少し具体的にいうと、考える型やパターン認識の蓄積です。つまり先哲の考える型や発想のパターンを学ばないと、創造的なアイデアは出てきません。
生田先生のゼミ生のように、みんなが勉強しているという前提ならタマゴ落としで選抜するのはとてもいい方法だと思いますが、多くの学生はまだそのレベルに達していないんじゃないでしょうか。
創造性のある人材が欲しければ、まず企業が勉強している学生を積極的に採用すべきです。そして、採用後も社員が勉強し続けられる環境を整えてあげないといけない。平成の30年間、年間の平均労働時間は約2000時間でまったく減っておらず、勉強する時間がありませんでした。こういう状態を放置しておいて、若い社員はダメだなどというのは責任転嫁も甚だしいと思います。
生田 僕たちが若いころはまだ、大企業に人を育てる余裕があったんですけどねえ。いまはどこも「即戦力が欲しい」といって、育成を放棄している。そのわりに給料を上げていないのですから矛盾してます。
企業が問題だとして、そこのトップにいる人たちの考え方は、どうすれば変えられると思いますか? 起業家ならともかく、雇われ社長で無難にやってきて上に昇りつめた人たちが、そう簡単にいままでのやり方を変えるようには思えないのですが……。
出口 ボコボコにやっつけるしかないです。
生田 おもしろい、ボコボコですか(笑)。
出口 彼らは自分を賢いと思っています。そこが厄介なのですが、一方で相対的に知的レベルが高い人は、180度意見を変える傾向もある。たとえば安土桃山時代、日本のキリスト教人口は約40万人で、人口比でいまの約10倍以上の信者がいました。じつはその多くは、元お坊さんです。学のある人のほうが、理屈で負けたらコロッと転向するのです。
生田 それ、わかります。先ほど触れたタマゴ落とし、小学生に東大生が完敗したといいましたが、東大生の成功率は3%、小学生は20%でした。その現実を突きつけると、ショックを受けて必死に考えるようになる。ボコボコにするのは、たしかに効きますね。
でも、企業の上層部に同じことをやっても大丈夫でしょうか。欧米の人はロジックで負けても、人格を否定されたとは思わないので、議論のあとに仲良く食事に行ったりします。しかし日本人は、その切り替えができなくて、険悪になってしまいそうな気がするのですが。
出口 7割はそうでしょうね。でも3割の人が考え方を変えてくれれば、そこから雪崩を打つように状況が変わるはずです。その臨界点を超えるまで、追従せずにおかいしいことはおかしいと言い続けていくことが大切だと思います。
プロフィール
出口治明 (でぐち・はるあき)
1948年、三重県美杉村(現・津市)生まれ。 京都大学法学部を卒業後、1972年日本生命保険相互会社に入社。企画部などで経営企画を担当。生命保険協会の初代財務企画専門委員長として、金融制度改革・保険業法の改正に従事する。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを歴任したのち、同社を退職。 2008年ライフネット生命保険株式会社を開業、代表取締役社長に就任。2012年に上場。2013年に同社代表取締役会長となったのち退任(2017年)。 この間、東京大学総長室アドバイザー(2005年)、早稲田大学大学院講師(2007年)、慶應義塾大学講師(2010年)を務める。 2018年1月、日本初の国際公慕により立命館アジア太平洋大学(APU)学長に就任。 著書に、『生命保険入門(新版)』(岩波書店)、『直球勝負の会社』(ダイヤモンド社)、『仕事に効く 教養としての「世界史」Ⅰ、Ⅱ』(祥伝社)、『人生を面白くする 本物の教養』(幻冬舎)、『本物の思考力』(小学館)、『働き方の教科書』『全世界史 上・下』(新潮社)、『人類5000年史 Ⅰ、Ⅱ』(筑摩書房)、『世界史の10人』、『0から学ぶ「日本史」講義 古代篇』(文藝春秋)などがある。
生田幸士(いくた・こうじ)
1953年生まれ。大阪府立住吉高等学校卒、大阪大学工学部金属材料工学科卒業、同大学基礎工学部生物工学科卒業。同大学院博士前期課程修了後、東京工業大学大学院博士後期課程・制御工学専攻修了(工学博士)。
1987年4月より米国カリフォルニア大学サンタバーバラ校ロボットシステムセンター主任研究員。帰国後、東京大学専任講師、九州工大助教授、名古屋大学大学院教授等を経験し、2010年より東京大学大学院システム情報学専攻教授、先端科学技術研究センター教授。2019年に定年退職し、東大名誉教授、名古屋大学名誉教授。現在も大阪大学にて栄誉教授として最先端研究を継続中。
新概念、新原理の医療用ロボット、医用マイクロマシンを多数開発。数々の賞を受賞しているほか、2010年には紫綬褒章を受けた。
2018年には大学院時代に開発したロボット内視鏡でIEEE ICRA 2018 Award for the Most Influential Paper from 1988を受賞した。
たまご落とし、馬鹿ゼミ、レゴを用いたロボコンなどユニークな創造性教育にも熱心。趣味は、荒唐無稽な空想とウオルト・ディズニー研究。
著書に『世界初をつくり続ける東大教授の「自分の壁」を越える授業』(ダイヤモンド社)、『世界初は「バカ」がつくる!』(さくら舎)などがある。
<『APU学長 出口治明の「死ぬまで勉強」』連載記事一覧はこちらから>
初出:P+D MAGAZINE(2019/07/31)
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