出口治明の「死ぬまで勉強」 第19回 ゲスト:生田幸士(東京大学名誉教授) 「考えるバカが世界を変える」(後編)

 

■生田「まず自分が楽しまないと、いいアイデアは生まれませんね」
■出口「加えて、サボりたいと思う気持ちがイノベーションを生むのです」

出口 ところで生田先生は、研究業績はもちろん素晴らしいのですが、教育方法もとてもユニークで興味深い。テレビでも取り上げられた「バカゼミ」は、どういう目的で始められたのですか。
生田 バカゼミは、1984年に東工大の梅谷陽二先生の研究室で、広瀬茂男助教授といっしょに始めました。もともと、ゼミで1泊の春合宿をやっていたのですが、酒を飲んで騒いでいるだけではマンネリになる。何か楽しいことをやろうことで、バカな研究を真面目にプレゼンテーションする企画を考えました。
出口 イグ・ノーベル賞のようなものですか。
生田 発想は同じです。ロボット工学の第一人者で、僕たちの師匠である森先生は「不まじめ」ならぬ「非まじめ」のマインドを持てとおっしゃっています。これは“ぐうたら”“ふざけている”というニュアンスの「不まじめ」や、四角四面に取り組む「まじめ」ではなく、その両者を超えたところに答えは見つかる、という意味です。
 学生がプレゼンしたあとに点数を付けますが、アカデミックな観点で10点、バカの度合いで10点の20点満点で評価して優秀を競います。
 たとえば第1回のグランプリを獲ったのは、「正しい大阪弁を学ぶ学習システム」、次の年は「地震雲の研究」、さらにその翌年は「女性の生理の周期を振動子としてホロニックコンピュータをつくる研究」でした。なんだかバカらしいでしょう?
 最初は親睦だけの目的で始めましたが、やってみると、そのメリットに気が付きました。大学のゼミでは、教官に与えられたテーマに沿って論文を書くのがスタンダードですが、バカゼミではテーマも解決法も自分で見つけなければなりません。これは学生にとって絶好の機会です。そこで、僕が名古屋大学、東京大学に移っても続けているのです。
 いまでは生田ゼミだけでなく、我々の東工大の弟子たちがいろんな大学でバカゼミをやっているようです。
出口 僕は物事を進めるときには4つの「P」が必要だと考えています。project(目的)、peer(仲間)、passion(情熱)、そしてplay、つまり遊び心です。やはり真面目に考えるだけでは、いいものは生まれませんね。
生田 ええ、創造性に関しては、遊び心がすべてです。楽しまないといいアイデアは出てきません。莫大な利益を生んだアイデアも、それ自体を目的にしていたらきっと生まれなかったでしょう。
 自分がおもしろいと思うことをやっていたら、結果的に利益や業績につながったというケースのほうが多いはずです。
出口 遊び心のほかに、イノベーションを起こす要素をもうひとつあげるとしたら、「サボリ」ではないでしょうか。僕はこれを、「4+5=9はあかん」と表現しています。
 たとえば夕方の4時に、上司から5時間分の仕事を言いつけられたとします。真面目な人は、夜7時からデートする予定が入っていても、素直に足し算をして9時まで仕事をする。でも、サボリたい人は、7時までに仕事を終わらせられる方法を考えます。そこで初めてイノベーションや生産性の向上につながる改善策が生まれるわけです
生田 おもしろい視点ですね。たしかに5時間かかる仕事を3時間で完了させるには、イノベーションを起こして生産性をあげなければなりません。ただ単にサボっているのではなく、サボるためには必死で知恵を絞らなければいけない、というわけですね。
 遊ぶのも怠けるのも、もとをたどれば「もっと気持ちよくなりたい」という人間の欲ですね。Facebook創業者のマーク・ザッカーバーグは、彼女が欲しくてあのSNSをつくったといわれています。Facebookの是非は別にして、欲望に則って走り出した人が新しい地平を切り拓くのでしょう。
 ただ、学生には「バカゼミをやるとイノベーションの訓練になるよ」という言い方はしないようにしています。言った途端、楽しいはずのバカゼミが、ある種の課題になってしまう。そこで、まずは余計なことを考えずに楽しむ。その結果としてイノベーションが生まれる、という経験を積み重ねていってもらいですね。
出口 「バカになる」ということは、「常識にとらわれない」と言い換えてもいいと思いますが、常識を疑う力をつけるにはどうすればいいと思われますか?
生田 研究者に対しては、「人の論文を鵜呑みにしたらあかん。自分が実験していないものは信じたらあかん」といってますが、これは誰に対しても通用するのではないでしょうか。たとえば中学校の教科書に「物質には重力が働く」と書いてあったら、それを本当かどうか、自分で確かめてみなよと。
出口 誰かに聞いたことを元に判断するのではなく、ゼロから自分で考えることが大事ですね。中学生で起業した人がいるのですが、お母さんは、彼女が「お菓子が欲しい」など、何か要求するたびに「なんで?」と聞いていたそうです。その結果、彼女は何でも鵜呑みにせず、「どうしてこうなったのか」「本当にそうなのか」と根本から疑う癖がついたそうです。
生田 たしかに聡明な子ほど、他の人がスルーしているところで引っかかって、「なんで?」と問いますね。それに対して、大人は「そんなん常識やで」と言わないで、自分で深く考えさせることが大事です。
出口 これは部下を育てるときも同じです。僕は日本生命時代、あいまいな内容で相談に来る部下はすべて追い返していました。組織では、一般社員が現場を把握していて、上司はより広い分野について責任を負うものですよね。現場について、上司よりも精通しているはずの部下が、現場で起きている問題にいついて「どうしましょう?」と相談に来るのは根本的におかしいと思ったからです。
 そこで、「現場を知っているのはキミのほうや。意見を聞きたいんやったら、せめて自分でとことん考えて、A案とB案の2つくらいに絞り込んでから持ってきて」と言っていたのです。
 答えをポンと与えてしまうと、いつまで経っても自分で考えられる人にはなりません。
生田 若い世代に自分で考える習慣がないのも、入試システムの弊害だと思います。入試では、いちいち根本から考えていると間に合わないから、「このパターンはこう解く」と解法だけを要領よく覚えてしまう。
出口 日本の入試はクイズ王になるための試験ですね。フランスのバカロレアと比べると質が段違いで、2018年には「物事を知るには観察だけで十分か」「芸術は美しくある必要があるか」などの問題が出されました。18歳に対して、こんな質問を出すのは、さすがに哲学に造詣が深いフランスならではの話ですよね。

※バカロレア
フランス教育省が全国一斉に行う試験で、これに合格すると高卒の資格が得られる。1808年、ナポレオン・ボナパルトによって始められたもの。

 

生田 へぇ、それはテクニックとかパターンでは答えられませんね。企業の採用試験でもそういう出題をすればいいのに。
出口 僕が還暦で開業したライフネット生命ではやっていましたよ。めちゃくちゃ難しいテーマを設定して、時数無制限で大論文を書かせるんです。
生田 そういう動きが、もっとたくさん出てくれば日本も復活できるでしょう。
 

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