【SM小説】美咲凌介の連載掌編「どことなくSM劇場」第23話 メデューサは山賊を退治する―妖女メデューサの冒険②

人気SM作家・美咲凌介による書き下ろし掌編小説・第23回目は「メデューサは山賊を退治する―妖女メデューサの冒険②」。美しく、恐ろしい、そして強大な力を持つメデューサ。その、猛々しくも切なさを感じずにはいられない愛の交歓に、思わず胸が締め付けられます。

メデューサ……ギリシア神話に登場する怪物。ゴルゴン三姉妹の一人。その目は宝石のように光り輝き、その姿を見た者は石に変えられる。もともとは類いまれな美少女であったが、不遜にもアテナ神と美を競ったため、呪いを受けて自慢の髪を蛇に変えられた。イノシシの歯、青銅の手、黄金の翼を持つとも伝えられる。のちにペルセウスによって退治された。切り落とされたメデューサの首からは、天駆ける馬ペガサスと黄金の剣を持つ怪物クリュサオルが生まれた。この両者は海神ポセイドンとの間にできた子であるともいわれる。

あばら屋の奥に、寝台に横たわっている女の姿が見えた。明かり取りの窓か、それともただの大きな隙間なのか――そこから月の光が差し込んで、女がかなり若いことが見て取れた。

男の一人が胴間声を張り上げた。

「おい、女。起きろ」

「どなた?」

女は寝台の上で半身を起こした。水色のきれいな布にくるまっている。

「この辺りには悪いオオカミが出るというのに、こんな夜遅く、どうしたのです?」

「オオカミ? そんなものは怖くもなんともない」

「勇敢な人たちですねえ。一人、二人、三人……男の人が四人も。一人は縛られているようですね。どうしたんでしょう? それから、女の人が一人……あなたたちは何者ですか? わざわざこんな森の奥に……」

「俺達か? 俺たちは山賊だ。西の山で稼いでいたが、ちょいとやばくなってきたんでな。こっちの森に宿替えをすることにしたのさ。そうしたら、なかなかいい小屋があるじゃないか。この小屋を、今夜から俺たちが使ってやろうというわけだ」

「まあ」と、女はおっとりとした声を出して

「では、私はどうなるんです?」

「心配するな」と、別の男が口を開いた。

「俺たちが毎晩、犯してやる」

「そうだ」と、また別の男。

「そして、飽きたら売り払ってやるから、安心しろ」

「飽きたら?」

女は、寝台からゆっくりと立ち上がった。差し込む月のほの明かりの中で、片方の目が宝石のように輝いた。美しい。まだ大人になりきっていない少女のように見えた。

「では、あなたたちが飽きないほど、私が美しかったら?」

「しゃれたことを言う。お前は、ここに一人で住んでいるのか」

「ええ。両親が亡くなってからは、ずっと……それにしても、男の人が四人もおいでになるなんて、これから楽しみですねえ。私も、生娘というわけではありません。あなたたちのお気に召せば、十分にお相手を務めることができるかも。だから別に、売ると決めなくてもよいではありませんか。私の、この顔……あなたたちの目からご覧になって、いかがです?」

「なるほど。なかなかの上玉だ」

最初に口をきいた男が、また胴間声を張り上げた。どうやら、この男が頭目らしい。両側に立っている二人に声をかける。

「どうだ、お前ら?」

「たしかに、上玉ですぜ」

「でも、なんだか気味が悪い。この女、妙に落ち着いていて……ねえ、お頭。俺はさっきから、変にぞくぞくしていて……」

「まあ、失礼ね」と、女はやはりおっとりした声で言った。

「でも、顔を見せただけでは、まだ心配なのかも。男女のむつみ合いは、体の相性も大切ですものね。さあ……私の裸は、いかがかしら?」

それまで胸の前で掻き合わせていた青い布を、はらりと落とす。春の終わり。夜の空気も、もう冷たくはない。裸で寝ていたのだろう。白い裸身が、暗がりの中に浮かび上がった。おおっ……と、男たちの口から吐息が漏れた。しなやかな、それでいてどこか強靭さを感じさせる裸体だった。

ただ、女の身体で、まだ見えないところが一つだけあった。髪である。女は、頭に白く長い袋のようなものを被って、髪を隠していた。

「その頭に被っているものは何だ?」

「これは、髪を傷めないようにするためです。私って寝癖がひどいので、眠るときには、いつもこれを被っているんです。でもねえ……」

女の声が、少し低くなったようだ。そして、聞かれてもいないことをしゃべりだした。

「正直に言うと……今こうして、あなたたちのお顔を拝見して……私、少しだけ失望し始めているんです。あなたたち、器量が悪いのねえ。一番威張っている、そこのあなた」

と、頭目らしい男を指さし――

「お顔がなんだか、イノシシみたい。醜いわ。そちらはまた、ずるっこい顔をしていて、キツネのようだし、もう一人は……サルに似てますね。下品な顔だこと」

「おい」と、例の胴間声。

「命が惜しかったら、なめた口をきくんじゃないぞ。俺たちは、これまで数えきれないくらい、人を殺してきたんだ」

「まあ、恐ろしい。でも、少しお話がずれているみたい。あなたたちがどれだけ人を殺そうと、それであなたたちの器量がよくなるわけでもありませんもの……私としては、そこで縛られている男の人、その人くらいかしら、お相手してもいいと思うのは……それから、さっきから不思議に思っているんですけど、そこに女の人が、一人いますね。犯すだの殺すだの、それから売り払うだのと言っていますけど、その女の人は、どうしてそうしないんです?」

ちらりと男たちの背後に視線を走らせ――

「ああ、ずいぶんぶよぶよと太った女の人なのねえ。……ブタね。ブタ。売り払おうにも、買い手がつかなかったというところかしら」

「生意気な小娘だね」

女が、前に出てきた。山賊どもと同じくらいの年齢――四十歳前後といったところか。

「まあ、いいよ。お前には、あたしが恥ずかしい裸踊りを仕込んでやるから。どんなに生意気な女でも、あたしがお仕置きをくれてやったら、泣きながら踊るようになるんだよ。ぶざまで、みっともない裸踊りをね」

「ぶざまでみっともない裸踊り。まあ、楽しみですこと」

「いいから、こっちへ出てこい!」と、また頭目らしい男が怒鳴った。

「あせらないで。あなたたち、まだ私の髪をご覧になっていないでしょう? 私、顔も身体も美しいって、自分でも思うんですけれど……なんと言っても自慢に思っているのは、この髪なんです」

女は、頭に被っていた布をとった。その途端、あばら屋の中に男女の悲鳴が鳴り響いた。

口を大きく開き、白い牙から透明な粘液を滴らせた無数の蛇が、女の頭からいっせいに伸び、男たちに向かって襲い掛かってきたのだ。

メデューサは、ゆっくりと歩を進めた。蛇たちが二人の男を絡めとって、頭上高く持ち上げている。どちらも悲鳴を上げながら、じたばたと暴れているので、バランスを取るのが難しい。油断すると、蛇たちが勝手に動いて、男たちをその辺りの壁や柱に叩きつけてしまいそうだ。

「化け物……化け物!」

「失礼ね。じっとしていなさい」

メデューサは、ゆっくりと周囲を見回した。太った女は壁際にへたりこんで、金切り声を上げている。手を縛られていた男は、反対側の壁際に立って、こちらを呆然と見つめていた。頭目らしい男は、いち早く外へ逃げ出したようだ。

「臆病者ねえ。なんだか腰に大きな刀みたいなものを、ぶら下げていたはずなのに……あっ、いけない」

外から、すさまじい悲鳴が聞こえてきた。同時に、獣の唸る声がした。

「クーが帰ってきたんだ」

クーというのは、数年前からメデューサが飼っているオオカミである。ずっと昔――もう五十年以上も前――犬かオオカミかわからないものを飼っていた。そのことを思い出してなつかしくなり、森でまだ幼いオオカミをつかまえ、手なずけたのだ。

「キツネ。サル」と、メデューサは頭上にいる二人の男に声をかけた。

「お前たちの頭目は、クーに食べられちゃったみたいよ。クーって、さっき言ったオオカミのことなの。私が叱ると、クークー情けない声を出すから、そう名付けたのよ。あの男……クーに食べられちゃうなんて、可哀そうに。私から逃げ出そうなんて思うから、そんなことになるの。よく憶えておきなさい」

蛇で二人を絡めとったまま、外へ出る。さっそく、クーがじゃれついてきた。

男はまだ生きていた。小屋の前の、少し開けた草原に仰向けに横たわって、口からはヒューヒューと笛のような音を立てていた。メデューサを見ると――

「助けて、助けて……」と、細い声を出した。

「助からないわ。お腹を食い破られたんだもの。ほら、ご覧なさい。お腹の中身が、はみ出しちゃってる」

男は、自分の腹を見ると、泣き声をあげた。残りの二人も同じものを見たのか、情けない細い悲鳴が、頭上からこぼれてきた。その二人に、話しかけてやる。

「このクーはね、オオカミにしては、狩りがとっても下手くそなの。それとも、底意地が悪いだけなのかしら。ふつうのオオカミは、最初に首筋を噛んで、獲物が苦しまないように殺してあげるんだけど、クーったら、必ずやわらかい横腹に噛みつくの。そして、さんざん振り回して遊んだあげく、いつだって食べ残すのよ。だいたい、エサは私がちゃんとあげているんだから、こんなことしなくていいはずなのに……クー。お前、ちゃんと最後まで食べなさいよ。いつもみたいに食べ散らかしたら、私、承知しないわよ! と言ったところで、お前には通じないんでしょうけど。本当に、畜生って、あさましいわねえ」

クーは、しばらくメデューサの足元で飛び跳ねていたが、やがて獲物のほうに戻っていった。メデューサの言葉通り、草の上に倒れた男の腕を噛み、脚を噛みしては、振り回している。その度に悲鳴が聞こえていたが、それは次第に小さくなっていった。

男は、食われながら死んだ。

それをメデューサは、小屋のそばに立っている大木の根元に座りこんで、じっと眺めていた。ずいぶん昔、巨大な人食いイノシシをその幹にぶつけて殺した、あの大木である。

あれから、半世紀以上が過ぎた。乳母が死に、両親が死んでから、メデューサはこの思い出深い大木のそばに小屋を建て、移り住んだのだ。時間はいくらでもあった。だから、丸太を組んで作ったこの家は、見かけはあばら屋だが中は快適な、十分に満足できる住処に仕上がった。

自分が不死であるだけでなく、どうやら不老でもあるらしい――ということにメデューサが気づいたのは、乳母が死んだころだった。

「メデューサ様。あなたは、いつまでもお若いのですね」

死の床で乳母はそう言って、静かにメデューサを見つめていた。うらやましかったのか、それとも同情していたのか――同情していたのかもしれない――と、近ごろメデューサはそう思うようになった。

蛇で絡めとった二人の男を、交互に中空に放り投げては、地面に落ちる寸前に、再び蛇で絡めとる。物思いにふけっているあいだ、メデューサはそんなことをして遊んでいた。それにクーがじゃれかかる。その度に男たちは、キーキーと聞こえる妙な声を上げた。

「もうっ。クーったら。早く食べてしまいなさい」

だが結局、クーはやわらかなところだけ食い散らかして、どこかに行ってしまった。そのころには男たち――メデューサがキツネ、そしてサルと呼んだ二人の男たちは――声も上げなくなっていた。見ると、どちらも口から泡を吹いて気を失っているようだ。

メデューサは、二人を庭の隅にある檻の中に押し込んだ。以前、まだ小さかったクーのために作ってやった、木製の檻である。

「要らなくなったと思っていたものでも、意外なところで役に立つものね」

メデューサは、小屋の中に戻った。

太った女は、まだ壁際にへたり込んでいた。メデューサの姿を見ると、再び金切り声を上げ始めた。

「ブタ。お前は、うるさい!」

メデューサは蛇を数本、女の口の中に押し込んだ。それでも、くぐもった悲鳴は続いている。そのまま、蛇を操ってぐいぐいと口を開いてやると、やがてカクン……と、微かな触感が頭に伝わってきた。同時に声が止まった。

「アゴをはずしてあげたわ。それでもう、大声は出せないでしょう。明日の朝になったら、またはめてあげるから、安心しなさい。大丈夫。私、いろいろな獣で練習したんだから、腕は確かよ。さて、お次は……」

メデューサは、反対側の壁際に立っている男のほうを向いた。

「あなたは、なかなか感心ね。この私の姿を見ても、悲鳴を上げずにがんばっているなんて、ずいぶん勇気があるわ。この私が、恐ろしくないの?」

「恐ろしいと言えば、恐ろしいです。頭から蛇が生えているなんて……それもたくさんの、いろいろな色の蛇が……でも……あの……ところで……」

「どうしたの?」

「その蛇、一匹だけでも、抜くことはできないんですか?」

男は、じっとメデューサの顔を見つめている。化け物になって以来、目をそらすこともなく、こんなふうに正面から自分の顔を見つめる者は、あの愛情深い乳母以外にはいなかった。メデューサは、新鮮な驚きを感じた。

「変なことを言う人ね。抜こうと思えば抜けるわ。私にとっては、髪の毛と同じなんだから。毒のある蛇は危ないから、ほら……この子を抜いてみましょう」

メデューサは、緑がかった色の蛇を一匹、頭からするすると抜き取って見せた。

「しばらく見ていてごらんなさい。不思議なことが起こるから」

蛇はしばらく床を這い回っていたが、やがてふいと消えてしまった。

「はい。こちらを見て。さっき抜いたはずの蛇が、またここに戻っているわよ」

たしかに、緑色の蛇はメデューサの頭に戻っていた。

「抜いても切っても、私が戻れと念じたら戻ってくるの。どう? 驚いた?」

だが、覗きこんでみると、男の顔には失望の表情が浮かんでいた。まだ若い。端正な、どこか可愛げのある顔立ちをしている。

「では、あなたが戻れと念じなかったら、どうなるんです?」

「やって見せましょうか」

メデューサは、さっきの蛇を再び抜いて、床に放り出した。蛇は床の上を這いずりながら、外へ出ていこうとする。若者は、手首を一つに括られたままの不自由な手でそれをつかまえようと、ドタドタと辺りを動き回った。

「慌てなくていいのよ」

メデューサは、若者の手を縛っていた革ひもを、小刀で切ってやった。彫刻家の娘で、一時は父親の仕事の手伝いをしていたので、その手の道具は豊富にあった。今でもメデューサは、オオカミやシカ、ウサギなどの木彫りを作っている。月に一度ほど、頭の蛇を布の袋で隠し、周囲の町に出向いては、それらを売って回っているのだ。けっこうよい収入になる。

ヘビをつかまえた若者は、鱗をそっと撫でていた。そのうち、蛇は死んでしまった。

「私から離れると、じきに死んでしまうの。そして、ほら……こっちをご覧なさい。また、新しい蛇が生えてきているでしょう?」

本当だった。ただし、今度新しく生えてきた蛇は、さっきのとは違って赤っぽい色をしている。

「こんなふうに新しい蛇を生やすのは、少し体力を使うの。一時期、おもしろがっていろいろ試したんだけど、一度に二十匹も生え変わらせると、少し疲れるわね。やっぱり、戻れと念じて戻らせるほうが楽よ……それにしても、あなたはちっとも蛇を怖がらないのね。見どころがあるわ」

「実は、私は蛇皮職人なんです。だから、蛇自体は怖ろしくはありません」

「蛇皮職人って、どんなもの?」

「蛇の皮で、いろいろな物を作るんですよ。袋とか、靴とか……材料がたくさんあれば、服だって作れます。あなたの蛇は、どれも傷一つなくて、すばらしい。あなた自身はとても恐ろしいけれど、その頭に生えている蛇は、私の目から見るとすべて逸品ですよ」

「お上手ねえ。そんなふうに誉められたのって、私、初めてよ」

10

若者の話によると、山賊にさらわれたのは、蛇皮職人としての腕のよさが災いしたのだという。この森の奥を突っ切った先に、東の町がある。その町の強欲な金持ちが若者の噂を聞いて、山賊どもに連れてくるように命じたらしい。そして若者を奴隷にして、一生ただで働かせようという魂胆だったようである。

「あなたも苦労したのね……それにしても、何か物を作る人には、私、以前から好感を持っているの。私の父親も、彫刻家だったのよ。それに私自身も、こんなものを作っているの」

メデューサは、自分の作った木彫りをいくつか箱から出して、若者に見せてやった。蛇職人は感嘆した。

「あなたは天才です」

「まあ!」

メデューサは、すっかりいい気持になって、ケラケラと笑った。部屋の隅では、あごをはずされた女が、低いうめき声を上げていた。

11

三月が経ち、夏の終わりになった。

メデューサは椅子に腰かけて、ブタと名付けてやった女の裸踊りを見ていた。メデューサ自身も裸同然の格好をしている。左右の足元には、キツネ、サルと名付けた二人の男が――これも全裸のまま這いつくばって、メデューサの足を舐めていた。

「ねえ、ブタ。お前の踊りは、少しもおもしろくないじゃないの? 期待外れね。とってもぶざまな踊りって言ってたけど、それほどでもないみたい」

「申し訳ありません、メデューサ様」

肥えた女は、必死で手足をじたばたと振りながら、そう答えた。もう老いかけている。乳房は豊かだが、すっかり垂れていて、だらしなく揺れ続けている。

「動きにキレがないわ。それに、このあいだ教えてあげたじゃないの。もっと股をこう……」

メデューサは蛇を数本伸ばすと、女の左右の膝にくるくると巻きつけた。

「ぐっと大胆に開いてごらんなさい。ほら、ほら……こうよ」

いきなり、女の口から濁った悲鳴がこぼれた。そのままぺたんと尻をついてしまう。

「あら、ごめんなさい。股の骨がはずれちゃったようね。大丈夫よ。またあとで、ちゃんとはめてあげるから」

以前、女のあごをはずしてから、メデューサはおもしろくなって、女の身体を使い、あちこちの骨をはずしては元に戻す練習を続けていた。既にいろいろな動物で試していたのだが、人間の身体を使うと、興味もひとしおだった。

もともと頭がよかったので、もう人間の骨格のだいたいの構造を呑み込んでいた。数千年もあとに生まれていたら、立派な医者になれたかもしれない。ただし、そのせいでブタと呼ばれる女の関節は、ずいぶんはずれやすくなってしまったようだ。そういう癖がついてしまったのだろう。

12

「お前たち、もういいわ」

メデューサは、今度は足元にいる二人の裸の男に声をかけた。

「いつまでたっても、舐めるのが上手くならないわね。心がこもっていないんじゃない? だいたいお前たちは、どんな気持ちで私の足を舐めてるの? キツネ。お前から言ってみなさい」

「はい。私は、メデューサ様にご奉仕できる喜びを、肝に銘じながら一生懸命、お舐めしております」

「サル。お前はどうなの?」

「私は、メデューサ様のおみ足の汚れを、私の舌でお清めできることを、このうえない名誉と考えております」

「やっぱり、ちっともわかってないじゃないの」

メデューサの声が低くなった。

「私にご奉仕なんて、生意気よ。お前たちが私にご奉仕してるんじゃなくて、私がお前たちに恵みを垂れてやってるの。そんなこともわかっていないなんて。それに、お前。お前の舌で私の足を清めるなんて、とんでもなく傲慢な考えじゃない? 反対よ。私の足を舐めると、お前の舌が清められるの。人殺しを自慢していた、お前の汚らしい舌が……」

メデューサは、ゆっくりと続けた。

「別に私は、お前たちが人殺しだったことを責めてるんじゃないのよ。もちろん私はとっても慈悲深いから、お前たちを生かしてあげてるけど、ほかの人がお前たちを殺すというのなら、決して止めはしないし、その人を責めたりもしないわ。お前たちのよくないのは、俺たちは人殺しだあ……なんて、あれだけ威張っておきながら、いざとなったらヒイヒイ泣いて逃げ惑うことしかできないっていうところなの。そんなことなら、初めから威張り散らさなければよかったのよ。それに、ほら……」

メデューサは、這いつくばっていた二人の男を足で蹴り飛ばして、仰向けにした。そして、緩く開いた両脚の付け根にある器官に、蛇を伸ばした。

「私の裸を見ても、こんなに縮こまったままじゃないの。犯してやる、犯してやるって、あんなにわめいていたのに……本当に情けないわねえ」

男たちは、「許してくださあい、許してくださあい」と、語尾を伸ばしながら繰り返した。もう目に涙を浮かべている。

メデューサは、顔をしかめた。

「お前たちには、もうすっかり飽きてしまったわ」

13

蛇皮職人の若者が小屋に躍りこんできたのは、ちょうどそんなときだった。若者は四人が皆、丸裸でいるのを見ると、びっくりして立ちすくんだ。

「あら。かまわないのよ、コイラノス」

コイラノスというのは、この若者の名前である。メデューサから名前で呼んでもらえるのは、この男だけだった。

「ちょうどいいわ。あなたも、裸になってごらんなさいな」

コイラノスは、言われるまま衣服を全て脱いだ。一人だけ特別な待遇を受けてはいるが、この若者もメデューサを怖れているという点では、他の三人と変わらない。

「さあ、私の裸をご覧なさい。どうなるかしら?」

メデューサの期待したことは、何も起こらなかった。コイラノスは恥ずかしそうに立ったまま――その股間のものは縮こまって、力なく垂れているだけだった。

「がっかりね」と、小さなため息。

14

「そんなことより、メデューサ様。これを見てください。新作です」

手早く服を着たコイラノスが差し出したのは、蛇皮で作った小さな財布だった。赤い皮と緑の皮を組み合わせて、複雑な模様を描き出している。

コイラノスは、メデューサの頭のヘビを分けてもらって、蛇皮の細工物を作るようになっていた。本物の蛇よりも、メデューサの蛇の皮のほうがずっと丈夫で、色もあざやかに出るという。

「あら、きれいにできたのね。今度また、木彫りといっしょに町まで売りに行きましょう。このところ、私の木彫りより、あなたの蛇皮の細工のほうがずっと高い値で売れるのよ。ちょっと悔しいくらい」

「ありがとうございます」

「でも、蛇皮って、ずいぶん作るのに時間がかかるものなのねえ」

「それは、ほら……私は、この三人の世話もしなければなりませんし。もし、それがなければ、もっと早くできますよ」

「そうなの? じゃあ、この三人……ブタにキツネにサル……そろそろ始末してしまおうかしら」

「始末って、どうするんです?」

「殺すとか……」

そう言った途端、かすれた声が三人の喉から飛び出してきた。が、メデューサはかまわずに続けた。

「でも、私は人殺しになるのはいやだし……そうだ、コイラノス。あなた、この三人にさらわれて、ひどい目にあいかけたんでしょう? あなたが殺したら?」

「とんでもない」

「じゃあ、クーのエサにしようかしら。でも、クーも最近、ここにあまり顔を出さないし……あのクーはね、檻をこの二人にとられたでしょう?」

メデューサは、若いころのクーを閉じ込めていた檻で、二人の男を飼っていた。クーは、自分の檻を失ったわけである。女のほうは、夜のあいだは家の中に入れてやることにしている。

「クーは、自分はあの中に入りたがらないくせに、いざ、この二人にとられると、ヘソを曲げちゃったのよ。だから最近、この辺りに近寄らないんだわ。でもきっと、どこかでこっちの様子をうかがっているはず。この三人を檻の外に出しておいたら、まちがいなく襲いに来るわね」

三人が、声をそろえて泣き出した。

「許してくださあい、許してくださあい」

「それとも、森の奥に捨ててこようかしら。クーじゃなくても、オオカミはほかにいるわけだし」

「許してくださあい、許してくださあい」

「本当に情けないこと」

メデューサは、また顔をしかめて見せた。

数日後の夜、メデューサは、ブタ、サル、キツネの三人を、西の町の先にある港まで運んで行った。奴隷を積んだ船がその港から出るという話を耳にしたので、その船の中に紛れ込ませてしまったのである。

15

コイラノスは、それから三十年ほどもメデューサといっしょにいた。ただひたすら蛇皮の細工物を作り続け、年老いていったのだ。そのあいだメデューサはずっと変わらず、大人になる前の少女の姿をしていた。

コイラノスが老いていくのを、メデューサは悲しんだ。やがて蛇皮職人は病気になった。

寝台に横たわったコイラノスは、傍らに腰かけたメデューサの顔をじっと見ている。

「不思議です。私はもう、あなたのことがそんなに恐ろしくなくなりました」

「三十年もいっしょにいたからね。でも、もっと早くそうなってくれたらよかったのに」

「メデューサ様。あれを身につけてもらえませんか。そのあなたの姿を目に焼きつけてから、死にたいのです」

秋の夕暮れ、空気が冷たく澄んでいた。メデューサは、そっと微笑んだ。

「あれね。あの暖かい服。そろそろ寒くなってきたから、あれを着るのもいいかもしれない」

メデューサは、部屋の片隅にあった箱から、一着の服を取り出した。おびただしい数の蛇皮を組み合わせて作られた、襦袢のようなものだった。それを身につけると、メデューサの全身は色とりどりの鱗に覆われ、明かり取りの隙間から差し込んだ夕日にきらきらと輝いた。

「美しい」と、コイラノスは独り言のように呟いた。

「そうかしら。私はかえって、化け物じみて見えると思うのだけれど。でも、あなたがそう言うなら、これからもっと度々、これを着てあげてもいいことよ」

「ああ、本当に美しい」

それが、コイラノスの最後の言葉となった。

コイラノスの死体を埋めると、メデューサは森から出た。旅をしようと思ったのだ。

◆おまけ 一言後書き◆
次回、旅に出たメデューサは、ある国で革命軍に加わる予定です。(あくまで予定。)ご期待ください。

2020年8月20日

美咲凌介(みさきりょうすけ)

1961年生まれ。福岡大学人文学部文化学科卒業。在学中、文芸部に所属し、小説や寓話の執筆を始める。1998年に「第四回フランス書院文庫新人賞」受賞。SMを題材とした代表作に『美少女とM奴隷女教師』『Sの放課後・Mの教室』(フランス書院)など。他に別名義で教育関連書、エッセイ集、寓話集など著書多数。

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初出:P+D MAGAZINE(2020/08/26)

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