連載対談 中島京子の「扉をあけたら」 ゲスト:荻上チキ(評論家)

何もかもが信じられなくなった社会で、どう考えどう生きていったらいいのか。圧倒的な人気を誇るラジオパーソナリティとしてさまざまな問題に取り組み、「ブラック校則をなくそう!」プロジェクトやNPO法人「ストップいじめ!ナビ」などの活動にも関わる荻上チキさんが提案するメディアとの付き合い方とは。

 


第二十四回
転んでも大丈夫、
世界は思ったよりも優しい。
ゲスト  荻上チキ
(評論家)


Photograph:Hisaaki Mihara

連載対談 中島京子の「扉をあけたら」第24回メイン

荻上チキ(左)、中島京子(右)

中島 自衛隊イラク派遣部隊の日報問題や森友、加計問題で繰り返される文書の改竄や虚言の数々。毎日こんなニュースに接していると、政治家だけではなく官僚さえもまったく信じられなくなってきます。そして、それを報道するメディアの姿勢は、政権を擁護するものから、激しく批判するものまで各社各様。詳しく知りたい事件や事象が報道されなかったり。早い話、自分のメディアリテラシー(メディアを使いこなす能力)を磨きなさいということなんですが(笑)。そんなときに荻上さんの『すべての新聞は「偏って」いる』(扶桑社)を読んで、これはぜひお会いしてお話をお聞きしなければと思いました。
荻上 ありがとうございます。
中島 同じニュースなのになぜメディアごとに言うことが違うのか。荻上さんは、客観的なデータを使って解き明かしてくれました。例えば、私は日経新聞の文化面は大好きなんですが、ほかのページはあまり興味が持てなかった。なぜだろう。自分が経済を専門としている人間じゃないからかな、と思っていたのですが、あながちそれだけが理由ではないことがわかりました。
荻上 社説を分析するとよくわかります。思想的に右にも左にも敵をつくらないようにしようとするから、日経の記事はつまらないんです(笑)。両方の顔色をうかがいながら、バランスを取っている。だから森友、加計問題でも表立って政権を批判する場面はめったにありません。
中島 確かにそうかもしれない。でも、荻上さんの解説を読んで、なんだか日経の立ち位置を想像して読むのが、かえっておもしろくなってしまって(笑)。
荻上 日経新聞の場合、社会にはあまり関心がない。日経の目線は、社会じゃなくて、市場、つまりマーケットだと思います。ということは決して貧困層の味方ではない。富裕層の方を向いていると思います。
中島 なるほど(笑)。
荻上 朝日新聞の場合はその逆で、市場すら社会だという見方。だから、社会学者に経済を語らせたりするんです。まあ、もっと専門家に聞いたほうがいいよ、とつっこみたいときもありますが……。その問題に対してどんなジャンルの有識者を選んでいるか。それを比較するだけでも、各紙がどこに「軸」を置いているかがわかります。

メディアは、信じるものではない

連載対談 中島京子の「扉をあけたら」第24回文中画像1中島 これまで、読売新聞と産経新聞は右っぽくて、朝日新聞と毎日新聞は左っぽい。読者層もそうだろうと思っていました。でも荻上さんの本を読んで、原発推進を掲げている読売の読者の中にも原発再稼働に反対だという人が結構多いという数字がはっきり出ていることに驚きました。
荻上 読売新聞は発行部数が絶対的に多いので、もっともマスに届く新聞なんです。だから、読者の中には、読売的なイデオロギーを持たない人も多い。中立的に振る舞いながらも特定の方向に誘導している場面は、じつはテレビのほうに見受けられます。もう放送が終了しましたが、「ユアタイム」というフジテレビの夜のニュース番組がありましたよね。
中島 ショーンKさんが出演するはずだった番組ですね(笑)。
荻上 あの番組には、自民党の佐藤正久参議院議員が毎晩のようにコメンテーターとして出演していました。
中島 自衛隊がイラクに派遣されたときに有名になったヒゲの隊長ですよね。
荻上 例えば政治にあまり興味がない人が、司会の市川紗椰さんが素敵だからと、あの番組を観ていたとします。そういう人には、佐藤さん、つまり与党の意見だけがナチュラルに入ってくるわけでしょう。
中島 それは、自民党の戦略だったのかしら?
荻上 真意はわかりませんが、佐藤さんがよく出演していたという客観的なデータがあるということです。また、テレビには編集作業があります。そうすると「編集によって意図的に、ある方向に誘導しているんじゃないか」。ネットでは、そういうテレビ批判がまかり通る。「テレビは偏向しているけれど、ネットはフィルターがかからないからフェアなんだ」。そう言われると、にわかに何を信じていいかわからなくなる。それなら、とりあえずネットを信じようと、急にアンチテレビになってしまう人が出てくるんです。
中島 その気持ちよくわかります。知りたい欲求をテレビが充たしてくれないと、ネットにそれを求める。自分の感覚に近いものを見つけると、これが正解だと思いがちです。
荻上 何かを信じちゃダメなんですよね。新聞もテレビもネットも、信じる、信じないじゃないんです。このメディアだったらこう言わざるを得ない。この人のスタンスからはこういう発言が出るだろう。そういう視点を持ちながら情報を総合的に収集して、比較していく中で自分なりの答えが見えてくるものなのですが……。テレビという「神様」がダメなら、さあ次はどの「神様」に答えを求めようかとなる。
中島 私も、もしかしたら、どこかの番組のコメンテーターや新聞の社説を疑いなく受け入れて、そのまま受け売りしていたかもしれません。でも東日本大震災の後くらいからでしょうか、どうもメディアの言うことをそのまま信じてはいけないようだぞ、という局面に出会うことが多くなった。ただ、信頼できるメディアがないという感覚は、いまも不安です。
荻上 メディアに対する不信感が高まっているのは、いいことだと思うんです。メディアは信じるものじゃないから。ただメディアを信じない自分はリテラシーが高いというロジックで、自分を選民視する人たちがいるんですね。そういう人たちが、ポピュリズムやシニシズム(冷笑主義)、反知性主義とミックスして結びついたとき、ヘイトスピーチなど極端な方向に動いていくんです。
中島 一方で、マスメディアに登場するオピニオンリーダー的な人の意見は、まだまだ影響力を持つでしょう。力のあるメディアの中で大声を上げるわけですから。だから、やはりメディアにはいろんな人の意見を客観的に分析する姿勢や、権力の監視をしてほしいという願望がどこかにあります。
荻上 腑に落ちたい、納得したい。視聴者側にそういう欲求があるのは確かです。だからこそ、討論番組などを観ていると、あの人は嫌いだから論破してほしいという感情も生まれてくる。
中島 深夜の討論番組などは、ショー性が高いというか、プロレスみたいなところがありますね。
連載対談 中島京子の「扉をあけたら」第24回文中画像2荻上 本来、議会でも与野党のやり取りは、相手を全否定して倒すことが目的なのではなくて、ネゴシエーションしながら折衷案を作っていくのがゴールのはずですよね。ところが最近は、相手側の意見を全否定して自分の陣営が勝利すれば、世の中がベターになるんだという、まるで知識の帝国主義のような発想が目立つような気がします。
中島 ほんと、そのとおり。
荻上 その点については、自分自身の活動に対する戒めのようなところもあるんです。ラジオ番組で扱うテーマで、自分の中にある種の正解のようなものがあるとします。だけど、それをどのように取り上げればリスナーに対してフェアなのか。その方法論については、たぶん答えは出ない。
中島 リスナーや読者に自分の意見を鵜呑みにしてもらっては、困る。自分で考えてもらわなきゃいけないですものね。メディアはリスナーが考えるための資料や土台を提供するということなのかな。
荻上 せいぜい僕たちにできるのは、あきらかに間違っている知識を一つずつ減らしていくことだと思うんです。僕がよくデータの引用をするのは、そこには必ず根拠があるから。データを提供することで読者が漠然と持っていたイメージをもうすこし大きなサンプル数で見比べることができる。そして、それは常に検証可能である。もし、違うやり方でとった別のデータが出てきたり、まったく逆の結果のアンケートがあると言われても、それもまた新たなデータとなって問題を考える材料になる。
中島 なるほど。情報に接する中から自分なりのものの見方を見つけていくことの重要性を痛感します。でもそういう作業は、誰かから正解を教えてもらって、それを復唱するような教育の中で育ってきた私たち日本人には苦手な作業かもしれません。

インタビューの翌日に籠池さんが姿を消した

中島 荻上さんがパーソナリティを担当されている「荻上チキSession‐22」(TBSラジオ 月~金曜日 二十二~二十四時)。番組を始めて何年になりますか。
荻上 放送開始が二〇一三年四月ですから、もう五年がたちました。
中島 月曜から金曜まで、毎日生放送でしょう。しかも毎回社会的なトピックを取り上げて、その専門家の方などのお話を聞きながら番組を進めていくというスタイル。事前取材や資料の読み込みなどを想像しただけでも、大変な労力でしょう。荻上さんの頭の中には無限の引き出しがあるんじゃないかと、常々思っているんです。
荻上 番組開始から現在までスタッフの八割は替わらずに、ずっと一緒なんです。プロデューサーも僕と同じエンジンを積んでいますから、「チキ君だったらこういった資料が必要だと思うから手配しておいて」「ここはチキ君に任せられるから、スタッフは電話を確実につなぐことや捜査資料を手に入れることに注力しよう」と、チームの中で役割分担ができているんです。
中島 阿吽の呼吸で動いている。すごいチームワークですね。
荻上 それに、ラジオはテレビに比べると圧倒的に自由度が高いですからね。オープニングで「こんばんは、荻上チキです」と言っているときに、まだ手元に何も原稿や資料がないときだってあるんです。何となく十分ぐらい話していたら原稿が来て、「さて、きょうは」と本題に入る。もちろんその日のテーマは事前に決まっていて打ち合わせもしていますが、とにかく毎日のことなのでハプニングの連続です。
中島 それができること自体が、恐るべき才能ですよ。私も聴いていたのですが、森友学園の籠池泰典理事長にもロングインタビューをされましたよね。
荻上 二〇一七年二月二十日の放送ですね。
連載対談 中島京子の「扉をあけたら」第24回文中画像3中島 朝日新聞が森友学園への国有地払い下げ問題に関する疑惑を報じたのが二月九日。その後メディアの取材に応じた籠池さん自身が安倍総理や昭恵夫人の関与をほのめかして、国会でも大きな問題として取り上げられ始めたときです。まさに時の人でした。
荻上 籠池さんが電話での取材に応じてくれることが決まったのが放送当日の夜七時頃。当初は、森友問題を最初に取り上げた豊中市の木村(真)市議会議員や朝日新聞の記者の方をゲストとして呼んで解説してもらう予定だったんです。でも籠池さんから、そういう人たちが出るのなら自分は出ないと言われて、急遽僕が単独取材することになった。放送開始までの三時間で、資料を一生懸命読み込んで、原稿なしの一発勝負で挑みました。
中島 プレッシャーを想像すると、胃が痛くなりそう。
荻上 朝日新聞のスクープ記事やそれまで籠池さんがテレビの取材で発言したことをメモしたものなどを机に広げて、ガサガサやりながら約四十五分間電話でインタビューしました。そして、その翌日から籠池さんは姿を隠してしまったんです。
中島 えっ。まるでドラマみたい。
荻上 籠池さんはその後(七月に)補助金の不正受給という名目で逮捕され、約十か月間勾留されます。二〇一八年五月二十五日に保釈されたとき、メディアの取材に対して、あのときは財務省から少しの間姿を隠してくれと言われたと、主張しています。
中島 安倍政権下で、果たして森友問題や加計問題の真相は究明されるのか。暗澹たる気持ちです。でも、籠池さんのように政権にとって厄介な人に生放送で自由に喋らせる。官邸に忖度しない番組をやっていて、圧力はかからないんですか?
荻上 いまのところ官邸からも、政治家からも、放送内容に対するクレームはないと聞いています。少なくとも、僕のところには何も来ていません。
中島 なにか圧力がかかっても、それを逆取材して放送しちゃいそうですものね。お話を伺っていると、ラジオの仕事はすごいライブ感がありますね。大変だけど、楽しそう。荻上さんの天職のような感じがします。

現在進行型の病気の話を書くということ

中島 『暮しの手帖』に連載されている人気エッセイ「みらいめがね」では、ご自身のことを結構ストレートにお書きになっていますね。ラジオの荻上さんは、客観的にいろんなものをパシッパシッと整理していかれるクールな印象があったので、ウエットな感情を赤裸々に綴るこの連載エッセイは意外でしたね。
荻上 きっかけは『暮しの手帖』の担当編集者が僕のラジオを聴いてくれていたことからです。二〇一六年の一月発売号から編集長が替わるので、書き手をリニューアルしたい、と僕にも声をかけていただきました。せっかく書くなら、論評ではなく、エッセイのようなスタイルで、自分が取り組んでいるいじめやセクシャルマイノリティーの話なども盛り込めたらいいなと思って始めました。
中島 そして連載三回目のテーマが、ご自身のうつ病の告白。衝撃的でした。
荻上 この連載を始める一年ぐらい前に、うつ病だと診断されました。心に「もや」がかかったような状態がずっと続き、何をするのも億劫。映画も観ることができない、本も読めない。寝ても悪夢にうなされる。いまでも症状を抑えるための薬を飲みながらなんとかやり過ごしています。
中島 読者の反響も大きかったでしょう?
連載対談 中島京子の「扉をあけたら」第24回文中画像4荻上 はい。同じような悩みを抱えている読者からはよくぞ書いてくれたという声をいただき、いっしょに社会活動をやっている仲間や医者の友だちからも「大丈夫か」と、親身になった連絡をもらいました。これを書いたことで、自分は観察者じゃなくて、当事者になれた。それが一番良かったことだと思います。そしてなにより、世界は思ったより優しいなと感じました。
中島 たぶんこれまであまり書かれたことがない、現在進行型のうつ病の話ですものね。
荻上 ふつうなら、病気が治ってから書くのでしょうが、せっかくエッセイを連載しているのだから、素直に自分の気持ちを綴ってみようと。僕は子供の頃「いじめ」を受けた経験があります。感情を出すとそのすきにつけ込まれるから、これまでずっとエモーショナルな部分を出さずに生きていこうと決めていたんです。だから、ロジックとデータを武器に、他人につけ込まれないようにしようとやってきました。でも、ちゃんと自分のエモーショナルな部分を認めないと、この病気は繰り返すなと思ったんです。自分はどういう生き方なのか、自分は何を望むのか。それらのことと、正面から向き合うようになって、だんだん自分の文章も変わってきました。
中島 読者に荻上さんの体温が伝わってくるような人間味あふれる連載だと思います。
荻上 僕は、人と争うのは好きじゃない。ちょっと批判されると、どんなに自分が正しくても批判の悪意にやられて、二日間ぐらい寝込むんです。体は弱いし、心も弱い。すぐポキッと折れるんです。だから、うつ病を告白したときに、そんな自分を受け入れてくれる友人がいたことも大きかった。
中島 私は人と距離をとることでトラブルに巻き込まれないようにしようという意識が強いんです。だからすごく親しい友だちがいない気がするんです。時々、自分は人間として間違っているんじゃないかと自問することもあるのですが、荻上さんのお話を聞いていて、みんな違っていていいんじゃないか。正しいも間違っているもないんだなあ、と感じました。それでも、何か正しいものがあるような気がして、悩んでいる人は多いと思います。
荻上 テレビを観ていると、不思議なほど自信満々で断言しているコメンテーターも多い。でも僕のように自信がない人でも、メディアで評論できるんだよという姿を見せられるのはいいモデルになるのではないか。何でもかんでも、罵倒して、断言するのではなく、もうすこし穏やかに、慎重にやってもいいんだよと言いたいんです。だから、転んでも大丈夫だよ、ほどほどでも幸せに生きていける。そういう感じの言葉が好きなんですね。
中島 転んでも大丈夫。本当に、そのとおりですね。未来のことを考えると、暗くなりがちだったのですが、明るい希望が見えてきそうです。

構成・片原泰志

プロフィール

中島京子(なかじま・きょうこ)

1964年東京都生まれ。1986年東京女子大学文理学部史学科卒業後、出版社勤務を経て独立。1996年にインターンシッププログラムで渡米、翌年帰国し、フリーライターに。2003年に『FUTON』でデビュー。2010年『小さいおうち』で直木賞受賞。2014年『妻が椎茸だったころ』で泉鏡花文学賞受賞。2015年『かたづの!』で河合隼雄物語賞、歴史時代作家クラブ作品賞、柴田錬三郎賞を受賞。『長いお別れ』で中央公論文芸賞、2016年、日本医療小説大賞を受賞。

1981年兵庫県生まれ。評論家。特定非営利活動法人「ストップいじめ!ナビ」代表理事。メディア論を中心に、政治経済、社会問題、いじめ問題、文化現象まで幅広く論じる。2016年、パーソナリティを務めるTBSラジオ「荻上チキSession-22」でギャラクシー賞・ラジオ部門DJパーソナリティ賞を受賞。著書に『災害支援手帳』『すべての新聞は「偏って」いる』ほか多数。

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初出:P+D MAGAZINE(2018/07/20)

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