ヤマ王とドヤ王 東京山谷をつくった男たち 第十二回 犯罪者を送り込まれた宿主の苦悩
後頭部にサソリのタトゥー
犯罪者を品川区福祉事務所から送り込まれた簡易宿泊所の経営者Aさん。実は前田以外にも2人、中年男性の“犯罪者予備軍”が宿泊していたという。
うち1人は2020年6月、練馬区役所からやって来た。Aさんが説明する。
「その男性は自分のことを何でも話す気さくな人です。チェックインして間もなく、傷害事件で懲役刑を受けたことがあると言っていました。渋谷でかつてチーマーをやっていたらしく、アートや音楽に詳しかった。割とよく話をしました」
ところがチェックインから数週間後、警察官が突如、宿泊所に現れるなりこう言った。
「彼は今日、帰ってきません。逮捕しました」
どうやら、アパレルショップで眼鏡を盗んだ疑いを持たれたらしい。
もう1人はゴールデンウィークの時期に数日だけ滞在したが、タクシーを8時間乗り回し、料金を支払わなかった疑いで逮捕されたという。
これで前田と合わせて、この宿泊所はコロナ禍で合計3人の犯罪者や予備軍を受け入れたことになる。
「前田の件以降、生活保護受給者は原則、受け入れていません。福祉事務所からお願いされた場合、『犯歴はありますか?』と尋ね、お茶を濁されたら断ることにしています」
そうきっぱり語るAさんはこれまで、宿泊者を受け入れる際に面談を実施してきた。現在泊まっている宿泊所を出たい理由を尋ねると、「宿泊費を滞納している」などのボロが出やすく、そこで不信感を抱いた場合は断り、悩む場合は2回、3回と面談を繰り返す。
「後頭部にサソリのタトゥーが入っている男性が来たこともありました。『ただいま満室です』とお断りしました。かと思えば、普通の容姿で、コミュニケーションができるような方でも、実際に宿泊を始めたら『うるせえこのやろう!』と怒鳴り声を上げて
こうした経験を踏まえ、Aさんはこんな心境を吐露した。
「生活保護受給者=悪ではないんですよね……。でも噓を吐かれる場合もありますし、その見極めが難しいところです。より注意が必要だと思っています」
Aさんは現在、同じ
とはいえ社会のセイフティーネットからこぼれ落ち、やむにやまれぬ事情から生活保護を受給する者までも断れないのが人情というもの。Aさんはこのほど、家庭環境が恵まれなかったと打ち明ける1人の若者を受け入れた。
捨てる神あれば拾う神あり───。
コロナ禍の苦悩はまだ続きそうだ。
プロフィール
水谷竹秀(みずたに・たけひで)
ノンフィクションライター。1975年三重県生まれ。上智大学外国語学部卒業。カメラマンや新聞記者を経てフリーに。2011年『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』で第9回開高健ノンフィクション賞受賞。他の著書に『脱出老人 フィリピン移住に最後の人生を賭ける日本人たち』(小学館)、『だから、居場所が欲しかった。 バンコク、コールセンターで働く日本人』(集英社)。
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初出:P+D MAGAZINE(2021/01/15)