【ランキング】アメリカのベストセラーを発表!ブックレビューfromNY<第19回>

先週のベストセラー・リスト(5月28日付)には村上春樹の『女のいない男たち』の英語版“Men without Women”が8位で初登場したが、残念ながら今週のリストからは外れてしまった。“Men without Women”はヘミングウェイの短編集と同じタイトルなので話題性も結構あり、ニューヨーク・タイムズはブックレビュー記事を5月21日付日曜版に載せている。それでもやはり、ベストセラー・リストに2週続けて載るというのはなかなか難しいことなのだろう。

『ガール・オン・ザ・トレイン』作者の最新作

今週ベストセラー第1位の小説“Into the Water” はベストセラー・リスト入りして3週目になる。2位で初登場し、先週、今週と1位を2週間保っている。

作者のポーラ・ホーキンズが2015年に出版した『ガール・オン・ザ・トレイン』は2015年から2016年にかけて国際的にベストセラー、ロングセラーとなった。50か国、40言語に翻訳され、1800万部以上を売り上げた[2]。エミリー・ブラント主演で映画化され2016年10月に米国で、11月には日本でも公開された。

イギリス人のホーキンズは1972年、ジンバブエのハラレ(当時:ローデシア、ソールズベリー)で生まれ、17歳までハラレで育った。オックスフォード大学のキーブル・カレッジで学んだあと、「タイムズ」紙のビジネス記事の記者となった。その後フリーランスのジャーナリストになり、2009年からはエイミー・シルバーのペンネームでロマンス・コメディ小説を書いたが、あまりヒットしなかった。そこで方向転換し、深刻な心理スリラー小説に挑戦、本名で『ガール・オン・ザ・トレイン』を発表して世界的なベストセラーとなった。“Into the Water” はホーキンズの心理スリラー・ミステリー小説の2作目だ。

2015年に死んだ2人の女性

2015年8月10日、ロンドンに住むジュール(ジュリア)・アボットは警官の訪問を受け、姉のネル(ダニエル)・アボットが死んだことを知らされた。シングル・マザーのネルは一人娘の15歳のレナと2人でイギリスの田舎町ベックフォードに住んでいた。レナが1人取り残されたことを知り、ジュールは急いでベックフォードに向かった。

ジュールとネルの両親が生きていたころは、アボット一家は毎年ベックフォードで夏を過ごしていた。両親が亡くなった後はネルが娘と一緒にベックフォードの両親の家に住むようになっていた。姉のネルは子供のころ毎年ベックフォードに行くことを楽しみにし、町の真ん中を流れる川で毎日楽しそうに泳いでいたと、ジュールはベックフォードへ車を走らせながら苦々しく思い出していた。

ジュールにとってベックフォードは思い出したくない場所だった。13歳の時、姉のネルのボーイフレンドにレイプされ、そのあと川で自殺未遂を図り、姉のネルに助けられた経験がある。ジュールは、当時癌で自宅療養していた母を心配させないため、レイプされたことを誰にも告げなかった。姉のネルもこのことに触れたことがなかったので、知っているくせにボーイフレンドをかばって何も言わないのだろうと、ジュールは姉に対して忌々しい気持ちをずっと持ち続けていた。

ネルの死の数か月前、町を流れる川の《溺死の淵》と呼ばれる場所で、ネルの娘レナの親友だった15歳のケイティが自殺した。問題児だったレナと違い勉強ができ真面目な優等生だったケイティの自殺の理由を両親は今でもわからず苦しんでいる。母親のルイーズは娘の自殺の理由を、問題児であるレナと常識はずれの母親のネルの悪い影響に違いないと思い込もうとしていた。

そしてネルはケイティが自殺したのと同じ淵で溺死した。一見崖から飛び降りての自殺のように見えた。レナはネルが自分1人をあとに遺して自殺したとは信じたくなかったが、もし本当に自殺だったのなら、それはジュールが悪いのだと思い込んでいた。ネルはベックフォードに戻ってから何度もロンドンに住むジュールに電話をしたのに、ジュールはネルと話すことを拒否し、電話メッセージにも答えなかった。レナはネルがそのことで悩んでいたと信じていた。一方ジュールのほうは、ネルが溺れそうになった自分を助けたことをいつも自慢して、レイプされたことが原因の自殺未遂だったという部分を無視していることをずっと根に持ち、ネルとは一生口をきかないつもりだった。そして水泳が得意なネルは溺死という手段で自殺などするわけがないとも思っていた。

そのように感情が行き違うジュールと姪のレナが、ギクシャクしながら当分の間、ベックフォードの家で一緒に過ごすことになった。

《溺死の淵》の言い伝え

ネルは学校を出るとアメリカに渡り、写真家・ジャーナリストとして世界的に活躍し、数々の賞も取った。しかし2008年、突然娘のレナとともにベックフォードに戻って来た。
そして17世紀以来多くの女がそこで死んだという言い伝えがある《溺死の淵》に魅せられたように取材や資料集めを始め、ストーリーを書き始めていた。

そしてネルはその《溺死の淵》で溺れて死んだ。

彼女の死後、17世紀に魔女狩りで捕らえられ淵に沈められたリビー・シートンの話、1983年に崖から飛び降り自殺したローレン・スレイターとその自殺の現場に居合わせた幼い息子の話、2015年初夏に自殺したケイティ・ホィットテイカーの話、1920年に夫を殺したあと川に入ったアン・ワードの話など《溺死の淵》で死んだ女たちの話の原稿が、多くの取材ノートとともに残された。取材ノートのなかでネルは、「ベックフォードは自殺の場所ではない。厄介な女を排除する場所だ」と書いていた。ジュールはネルの取材ノートや、ネルが生前親しくしていた占い師のニッキィの話を聞くうちに、1983年に飛び降り自殺したとされているローレン・スレイターの名字である「スレイター」は実は旧姓で、死んだ当時の名前はローレン・タウンゼンド、現在ネルの事件を捜査しているシーン・タウンゼンド警部補(Detective Inspector)の母で、シーンの父で元警察官であるパトリック・タウンゼンドの妻に当たることを知った。母親の自殺の現場を目撃していたと言い伝えられている幼い息子はシーンのことだった。ネルはどうやら死の直前までローレンの飛び降り自殺の隠された真相を探ろうとしていたらしいとジュールは推測し始めた。

様々な登場人物が語る、食い違う思い

『ガール・イン・ザ・トレイン』の熱狂的な愛読者はホーキンズの最新作を待ち望んでいた。作者はそんなファンの予想(期待?)を裏切り、この最新作では前作とは違うアプローチ、特に多くの登場人物がいろいろ違う角度からストーリーを語るという手法に挑戦した。小説のなかで思いを語るのはジュールとレナだけではない。自殺したケイティの母親ルイーズや弟のジョシュ、警察官のシーンやその部下エリン、教師のマークやシーンの妻で学校長のヘレン、シーンの父親パトリック、17世紀の魔女狩りで死んだリビー・シートンの子孫を自称する占い師のニッキィなど多くの登場人物がそれぞれの立場から状況を語り、自分の思いを述べている。誰もが話したいこと、話しづらいこと、あるいは決して話せないことを抱えていた。読者はその食い違う話や思いを汲み取り、事件解明への推理を働かせていく必要がある。物語の前半では登場人物たちが様々なことを言い、ストーリーがどんな方向に進んでいくのか予想させない。そのため、もどかしさを感じ、失望し、読むのをやめてしまった読者の声もネット上に寄せられている。

しかし、次第に登場人物たちの心の奥底に抱えていた悩みや心配、あるいは心の奥にしまい込んでいた秘密が明るみに出てくると、焦点が定まりストーリーは核心へと進んでいく。そして、終盤の急展開ですべての疑問や謎が明らかになっていく。
 ・ケイティの自殺の本当の原因は?
 ・32年前のローレン・タウンゼンドの死の真相とは?
 ・そのローレンの死と2015年のネル・アボットの死の関連は?

読者は真相の解明と思いがけない結末へと急速に導かれていく。

[2]http://paulahawkinsbooks.com/bio-paula-hawkins/

佐藤則男のプロフィール

早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。 1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。 佐藤則男ブログ、「New Yorkからの緊急リポート」もチェック!

初出:P+D MAGAZINE(2017/06/14)

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