【ランキング】元米国大統領の小説デビュー作に注目! ブックレビューfromNY<第32回>

米国大統領弾劾を審議する下院特別調査委員会

5月10日(木)、米国議会下院ではジョナサン・ダンカン大統領の対テロリスト政策に関する政治判断の誤りや職権乱用の疑いで特別調査委員会が開かれていた。委員会で大統領が発言する模様はテレビ中継された。

世界的にサイバー攻撃を展開しているテロ組織「聖戦の息子たち」(Sons of Jihad:SOJ)のリーダーのスリマン・シンドルク(Suliman Cindoruk)が北アルジェリアの農場に隠れていたところを、5月1日、ウクライナの反ロシア分離主義者の戦闘部隊が包囲、攻撃しようとした。その時ダンカン大統領の命を受けたCIAの特殊部隊がこの攻撃を阻止しようとし、その混乱のさなか、スリマンはまんまと逃亡、一方、CIA側は特殊部隊の隊員1名が命を落とした。ロシアの支援によってサイバーテロを世界中で行っているテロリストの命を助けるためにアメリカ人の犠牲者が出たことに対し、マスコミは騒ぎ始めていた。

特別調査委員会の議長はダンカン大統領の一番の政敵、レスター・ローズ下院議長が務めていた。「なぜテロリストの命を助けたのだ?」という議長の質問に対し、大統領は「生きたままスリマンを捕らえる必要があったからだ」と答えるのみだった。「なぜ、殺してはいけなかったのか?」という質問に対しては、「国家の機密に関することなので、大統領の職権で答える義務はない」と突っぱねた。大統領からの詳細な説明を求める委員会側と、それを突っぱねる大統領が押し問答を続け、その日の委員会は時間切れとなった。

大統領の3人の側近、キャロリン・ブロック首席補佐官、ダニー・エイカーズ法律顧問、ジェニー・ブリックマン次席補佐官(上級政治顧問)と大統領はルーズベルト・ルーム[3]に場所を移した。月曜日に再開される特別調査委員会の結果次第では大統領弾劾に一気に進む可能性が大きいこと心配をする側近たちとは裏腹に、大統領の懸念は次元の違うところにあった。「月曜日に果たして米国は国として存続しているだろうか?」と思うダンカン大統領だった。

暗黒時代(Dark Ages)

翌5月11日(金)、朝4時に起きた大統領は毎朝の習慣であるトレッドミルを使ってのエクササイズの後、朝食をとった。朝食後はデボラ・レーン医師の診察を受けた。持病の免疫性血小板減少症が最近悪化し、内部出血の兆候が出てきている。血小板の数値が減少していて、脳出血が起こる危険性もあるので、本格的治療が必要であるとレーン医師は主張した。しかし、国家が危機的状況にある今、本格的治療などしている余裕はないという大統領の強い意向で、一時的に病気を抑えるためのステロイド治療を継続することになった。医師の診察の後、政務をこなしながら大統領は待った。何を?

夕方5時、ニーナと名乗る若い女性がついに大統領に会いに来た。

事の発端は2週間前、ペンタゴンのコンピューター・システムに突然ウイルスが現れ、そしてすぐに忽然と消えた。そのあとペンタゴンや大統領府のコンピューターの専門家たちは総動員でこのウィルスの行方を探したが、どこにも痕跡すら見つからなかった。このウィルスには「暗黒時代」(Dark Ages)というコード名が付けられ、大統領と側近の8人のみが知る国家最高機密となった。そして4日前の月曜日、ダンカン大統領は突然パリのソルボンヌ大学に留学している娘のリリーから電話を受け取った。リリーはソルボンヌ大学のニーナという学生からのメッセージを父親である大統領に伝えた。ニーナのメッセージは、大統領の側近8人しか知りえない「暗黒時代」のことで金曜日に大統領に直接会って「指示」を届けるというものだった。

そしてニーナは大統領とオーバル・オフィスで2人きりで会い、「指示」の入っている封筒を大統領に渡した。「暗黒時代」の謎を解き、米国をサイバー攻撃から守るため、ダンカン大統領は1人でニーナのパートナーに会うことを決意した。大統領とキャロリン(首席補佐官)はホワイトハウスから地下道を歩き財務省の地下駐車場に出た。そこには古いありふれた型の車が用意されていて、キャロリンは大統領に車のキーとスマホを手渡した。そして大統領は一人、車を運転して地下からワシントンの街に出た。大統領がニーナと会ったことやホワイトハウスから姿を消すことになったいきさつは首席補佐官のキャロリンのみが承知していて、ほかの側近には知らされてはいなかった。ニーナが「暗黒時代」というコード名を知っていたことで、大統領は、側近8人のうち誰かが国家を裏切り、コード名をニーナに漏らしたということに強い危機感を抱き、キャロリン以外の側近には、この件は一切内密にしていた。

「バッハ」という名の暗殺者

大統領はニーナの封筒に入っていた野球チケットで、ナショナルズ対メッツの試合が始まろうとしているナショナルズ・パーク[4]に入った。隣の座席にはすでにナショナルズの野球帽をかぶった若い男が座っていた。

一方、ナショナルズ・パークとは通りを挟んで反対側にあるマンションでは、バッハという名の暗殺者がイヤフォンからの指示に従い、黒装束に着替え、ビルの屋上で愛用のセミオートマティック・ライフルを構えていた。野球場付近には仲間の狙撃者たちが、バッハがしくじった場合に備え、待機していた。

米国大統領と対峙し、明らかに神経質になっている若い男は、名前をオージーと名乗った。そして、SOJのリーダーのスリマン・シンドルクは一体何を要求しているのかという大統領の問いに、自分もニーナもスリマンからの使者ではないと明言した。かつて2人ともスリマンのために働いていたが、今は袂を分かったとも言った。では何が望みなのかという大統領の問いかけに、今はまだ答えられないと言うと、オージーはこれからスタジアムを出ると言って大統領を促した。スタジアムのゲートを出ると外にはバンが停まっていて、運転席にはニーナが座っていた。オージーはスマホに何かを打ち込んだ。するとそれが合図となり、突然停電になり、あたり一帯すべては闇になった。その暗闇の中、スマホの光を頼りに、大統領とオージーはニーナのバンに向かって歩き始めた瞬間、バンの運転席のガラスが粉々に砕け、ニーナの顔の左半分が血だらけになった。ナショナルズ・パーク周辺は何発もの銃声が鳴り響き大騒ぎとなった。駆け付けたSPに助けられ、SPの運転する車に乗った大統領とオージーだったが、14番街橋付近で大型トラックから追突され、さらに別のSPの車に乗り換え、大統領自ら車を運転して大混乱の橋を後にした。

元陸軍レンジャー連隊隊員で、湾岸戦争時の「砂漠の嵐」作戦[5]にも参加した経験のある大統領は、銃撃戦に直面しても沈着冷静だった。運転しながら、大統領はまず、ホワイトハウスにいるキャロリンとスマホで話をし、ホワイトハウスの閉鎖を指示した。そして、自分はホワイトハウスには戻らず、オージーとともに「ブルーハウス」に向かうことを告げた。一方、SP隊長のアレックスには護衛のためにSPの車1台を自分の運転する車の後ろにつけるよう指示した。

ブルーハウス

大統領の運転する車と、後ろからついてきたSPのジャコブソンの運転する車は、薄いブルーのペンキを塗ったビクトリア風の家の前で止まった。ドアが開き、キャロリンの夫、グレッグ・モートン(モーティ)が大統領を迎えた。ブルーハウスとは今年結婚15周年を迎えたモーティとキャロリン夫妻の自宅なのだ。52歳のモーティは腕利きの法廷弁護士だったが、5年前、公判中に心臓発作を起こして弁護士の仕事から退いた。そのとき夫妻の2人の子供のうち下の子がまだ1歳にもなっていなかったので、モーティはそれ以来、自宅にとどまり子供2人を養育しながら、ドキュメンタリー映画の制作の仕事をしている。

キャロリンは自宅の地下に安全なコンピューター環境を備えたオフィスを持っている。大統領は、とりあえずSPのジャコブソンにオージーと一緒に隣の部屋で待機してもらい、自分だけでキャロリンのオフィスに閉じこもり、コンピューター・スクリーンを前に、キャロリンとFBI長官代理のエリザベス・グリーンフィールドと交信を始めた。エリザベスは、前長官が動脈瘤で突然仕事中に亡くなったため、10日前に長官代理になったばかりで、まだ正式に任命されていない。

大統領はまずエリザベスに、ナショナルズ・パーと14番街橋の現状の説明を求めた。エリザベスは野球場の状況に関しては、停電ですべて闇の中で起こったことと、事件の直後に大雨になり、すべての痕跡が洗い流されたことで、まだ詳細がよく分かっていないと答えた。ニーナの死亡が確認され、彼女が野球場の向かい側のビルの屋上から狙撃されたことも確認されているが、狙撃者が誰かは分かっていないという報告だった。14番街橋では歩道で4人の死体が発見され、爆発したトラック内の死体とともに、身元の確認作業を行っているとの報告だった。エリザベスは、国土安全保障省長官のサム・ヘイバーと協力していきたいと言ったが、大統領は、ヘイバーはコード名「暗黒時代」を知っている8人の1人で、国家を裏切って情報をテロリストに流したかもしれないので、彼には内密にして捜査を続けるようにエリザベスに言い渡した。初めてコード名が外部に漏れていたことを知ったエリザベスは、自分も8人の1人なのに、なぜ疑わないのかと聞いた。大統領は、エリザベスは10日前に長官代理職に就いたばかりで、外部のテロリストと結託してコード名を漏らす時間などなかったはずだから、「容疑者」から除外し、信用してすべてを話していると説明した。8人のうちキャロリンは最初から「容疑者」から外しているので、残る6人のうち誰かが裏切り者だということになる、と大統領は話した。

大統領はやっと腰を落ち着けてオージーと話し始めた。パートナーのニーナが射殺されるのを目撃し、それが米国政府によるものだと最初は思い、怒り動揺していたオージーだったが、大統領と一緒に追跡者から逃亡しているうちに大統領を信用するようになっていた。オージーは次のように語った。コンピューター・ウイルス「暗黒時代」はスリマン、ニーナ、オージーの3人で作った。しかし、実質的にウイルスを作ったのはニーナだった。オージーはむしろハッキングが得意だった。だからニーナが作ったウイルスをペンタゴンのシステムに侵入させたのはオージーだった。スリマンはボスであるという以外、コンピューターのスキルはあまりないとオージーは言った。スリマンの意図はこっそりウイルスを米国のコンピューター・システムすべてに忍び込ませて、ある日突然ウイルスを活性化させるというサイバー攻撃だった。恋人同士になったニーナとオージーはだんだんこのスリマンの計画についていけなくなり、2週間前ウイルスをこっそり見せることで、米国政府に警告を与え、その上で大統領と交渉しようとした。では活性化を止めることができるのかという大統領の質問に対し、「ウイルスを無効にする方法はニーナだけが知っていたので、ニーナが死んだ今、自分のスキルでは活性化を止められない。」とオージーは答えるしかなかった。ではいつ活性化する予定なのかという質問に対して、「米国時間の明日(土曜日)」と答えた。

そして突然、大統領は持病(免疫性血小板減少症)の発作と起こし、気を失った。

早朝3時45分、大統領が目を覚ますと、レーン医師が枕元にいた。腕には点滴の針が刺さっていた。キャロリンが緊急に主治医を送り込んできたのだった。

大統領は点滴をつけたまま、SP、オージーとともに「マリーンワン」[6]に乗りこんだ。向かった先は西バージニア、大統領の友人でベンチャー・キャピタリストが所有する1000エーカー以上の広さの広大な森林に囲まれた敷地だった。大統領はここに臨時大統領府を構え、ホワイトハウスにいる首席補佐官のキャロリンと連絡を取りながらサイバー攻撃に対して指揮を執ることにしたのだった。東側は広大な湖に面し、森林地帯の南と西はセンサーと監視カメラを備えた高さ30フィートの電気フェンスで守られ、唯一のアクセス方法は北側の砂利道のみという要塞のような敷地に建つ邸宅は、非常事態下の指令本部として理想的な立地だった。

「差し迫った脅威に対応」チームの共同リーダーのデヴィン・ウィットマーとキャシー・アルヴァレスが大統領を迎えた。2人の下、30人の選りすぐりのサイバー・セキュリティの専門家たちがこの邸宅の地下室に集められていた。早速オージーは、このチームと一緒に、サイバー攻撃を防ぐ方法を模索することになった。

一方、大統領からの秘密の招きに応じて、イスラエル首相、ドイツ首相が隠密でダンカン大統領に会いに来た。ロシア首相も来た。イスラエルのモサド[7]からの情報によれば、スリマン率いるSOJのサイバーテロ活動はロシアの支援を受けているということだった。もしロシアが来なければ、このサイバー攻撃にロシアが関与していることは明らかだったが、実際にはロシア大統領の代わりに首相が来た(ロシア大統領を招待したのだが、来たのは首相だった)。ロシアは少なくとも表面的には、イスラエルやドイツと同様に、アメリカがサイバー攻撃をされれば全面的にアメリカを支援し、SOJを支援する国があれば敵国とみなすことに同意した。

午後3時、地下室のオージーを含むサイバー・セキュリティのチームはやっとウイルス「暗黒時代」を見つけ出したものの、休眠状態のウイルスを無効化する方法が分からず、苦戦していた。

一方、バッハという名の暗殺者は、西バージニアの大統領のいる敷地内への侵入に成功し、木の上から邸宅を監視、ターゲットが外に出てくるのを待っていた。

FBI長官代理のエリザベスは殺されたニーナの持っていた2つ目のスマホからニーナとホワイトハウス内の人物との通話記録の回収に成功した。

そして、謎は次々と解決されていく。

● 米国に対するサイバー攻撃を防ぐことができたのか? スリマンの米国に対するサイバー攻撃を支援したのはロシア? 他にも支援者がいたのか?
● 「暗黒時代」のことをニーナに漏らしたホワイトハウスの人物は誰だったのか?
● 暗殺者バッハが追いかけていたもう1人のターゲットは誰だったのか? そしてバッハはどうなったか?
● 死んだニーナは「暗黒時代」を無効化することと引き換えに、米国大統領に何を要求しようとしていたのか?
● スリマンの運命は?
● オージーの今後は?

狼狽したクリントン

“The President is Missing”は、パタースンらしいストーリーの面白さに加え、元大統領しか知りえないホワイトハウス内部の様子、大統領のホワイトハウスにおける職務と生活、大統領と側近との微妙な関係などの詳細な描写が加わり、サスペンス小説を超えたユニークな作品になっている。

主人公のダンカン大統領は湾岸戦争でイラクの捕虜になり、拷問を受けながらも米国を裏切ることなく生還したヒーローで、妻を数年前にがんで亡くしている。クリントン元大統領とは全く違うタイプの大統領に設定されている。しかし、議会で弾劾されそうになったり、一人娘がパリに留学したり、(亡くなった)妻はかつて優秀なロースクールの学生だったりと、クリントン元大統領やその家族の姿がちらちらと物語の中に見え隠れする。この本の出版と時を同じくして、クリントン元大統領はNBCのテレビ番組“Today”のインタビューを受けた。新作小説の主人公ダンカン大統領が弾劾されそうになる話から、20年前に自身が弾劾されそうになったこと、その原因となったモニカ・ルインスキーとの不倫スキャンダルにも話が及び、クリントンはその対応に苦慮したと、ニューヨーク・タイムズの記事[8]で取り上げられたりもした。

昨年、この小説が2018年6月に出版されると発表されると、映画・テレビ関係者たちの注目の的となった。クリントンとパタースンは小説の映画化に関していろいろな映画会社やテレビ関係者と16回にわたり話し合いをして、9月には最終的にショウタイム“Showtime”(ケーブルテレビ局)がこの小説の映画権を手に入れた。ショウタイムはドラマ・シリーズを制作予定だということだ[9]

全く話題性に事欠かない“The President is Missing” は、発売から4週目になる今なお、ベストセラー第1位の座を保っている。

[3]オーバル・オフィスの向かい側にある窓のない部屋。馬に乗ったセオドア・ルーズベルト大統領の肖像画と、日露戦争の調停の功績で授与されたノーベル平和賞が飾られている。
[4]ナショナルズ・パークは、アメリカ合衆国のワシントンD.C.にある野球場。MLBのワシントン・ナショナルズの本拠地である。
[5]Operation Desert Storm:1991年の湾岸戦争時における米国先導のイラクからのクウェート解放作戦。
[6]大統領専用ヘリコプター
[7]イスラエルの諜報機関Mossad
[8]https://www.nytimes.com/2018/06/05/opinion/bill-clinton-trump-sexual-harassment.html
[9]https://deadline.com/2017/09/bill-clinton-james-patterson-the-president-is-missing-novel-showtime-tv-series-1202174838/

佐藤則男のプロフィール

早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。 1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。 佐藤則男ブログ、「New Yorkからの緊急リポート」もチェック!

初出:P+D MAGAZINE(2018/07/17)

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