【先取りベストセラーランキング】ハリケーン後に死体で発見された小説家と消えた遺稿 ブックレビューfromNY<第55回>

カミノ・アイランドを襲った大型ハリケーン

3年前、F.スコット・フィッツジェラルドの自筆原稿盗難事件で、フロリダのリゾートの島カミノ・アイランド(小説上の架空の島)の書店「Bay Books」はFBIや保険会社が雇った警備保障会社に踏み込まれて大騒ぎだった[2]。しかしその後、書店は通常通りの営業に戻り、店主のブルース・ケーブルも相変わらず島に住む作家やライターたち、本の愛好家たちの中心的役割を果たしている。

8月3日土曜日の夜、ブルースの仲間の作家たちが彼の家に集まり、夕食会が行われた。ゲストは、新作のプロモーション・ツアーの最後にカミノ・アイランドを訪問している女性小説家マーサー・マン。翌日曜日に「Bay Books」で開催される本のプロモーション・イベントのために来島した。マーサーは3年前、フィッツジェラルドの自筆原稿をめぐる「Bay Books」での騒動の直後、島から姿を消した。そして今回は、その後初めての訪問となる。地元の作家たちはマーサーとの再会を喜び、彼女がスランプを乗り越えて3年かけて書き上げた第2作目がベストセラーになったことを祝福した。作家たちは3年前と同じメンバー、ペンネームでロマンス小説を書きまくっている《女王バチ》ミラと、そのパートナーのリー、売れない詩人ジョイ、吸血鬼シリーズで売れている《吸血ガール》エイミー、企業スパイ小説専門の元連邦刑務所囚人ボブ、そして3年前はアルコール依存症で小説が書けなかったアンディ。アンディは、現在は禁酒をして真面目に書いている。加えて新しい仲間、元弁護士の小説家ネルソン・カーが参加した。いつも通り、ブルースを中心に大いに盛り上がった夕食会だった。

ブルースたちが夕食を楽しんでいた頃、大西洋で発生したハリケーン・レオはカテゴリー4の大型ハリケーンとなり、カミノ・アイランドに近づいていた。夕食会の翌朝7時過ぎにはレオの接近でカミノ・アイランドに避難命令が発令され、島の住民のほとんどは島から避難を始めた。この日の午後予定されていたマーサーのためのイベントも中止となり、ブルースは早朝から店員と手分けして、書店1階の書籍を上の階に避難させるなど大わらわだった。マーサーはボーイフレンドのトーマスとともに早々に島から避難、作家仲間たちも避難を始めた。ブルースは店や書籍が心配で島に残ることにし、作家のボブ・コブ(元連邦刑務所囚人)とネルソン・カー(元弁護士)も島に残った。夏休みの間カミノ・アイランドにある祖父母の別荘の管理人をしながら「Bay Books」でアルバイトをしている大学生のニック・サットンは、祖父母の別荘の戸締まりが終わると島から避難せず、食べ物がたくさんあるブルースの家でハリケーンをやり過ごすことにした。日曜日の夜10時半頃ハリケーンは島に上陸、暴風雨は島を蹂躙し、翌月曜日の未明、島の北から抜けていった。

小説家の死と消えた遺稿

ハリケーンの最中に、小説家ネルソン・カーが死んだ。独身の彼は島での連絡先として、ブルースの名前を登録していた。警察の連絡を受けたブルースは、一緒にいたニックと共に島の北部のネルソンのコンドミニアムに駆けつけた。そこには近所に住む作家仲間のボブも来ていた。すでにハリケーンによる死者が数人確認されていて、ネルソンもその一人だと警察は思っていた。ブルースたちによるネルソンの本人確認が済むと、警官は警察本部からの要請で、復旧作業へ駆り出されて行った。ブルース、ボブ、ニックの3人は、検視官や救急隊が来るまで遺体に付き添うようにと頼まれた。そして次第に3人は、ネルソンの死が一見、嵐で折れた木の枝に当たって死んだように見えるが、不審な点が多いことに気付き始めた。推理小説マニアのニックはネルソンが殺されたのではないかと疑い、推理を始めた。ボブはハリケーンの最中にネルソンと最後に電話で話をした時のことを思い出していた。電話でネルソンは訪問者がいると言っていた。その人物に殺されたのだろうか? もしネルソンが殺されたとしたら、彼が執筆していて、ほぼ完成しているはずの小説の原稿はどうなったのだろうか、とブルースは思った。

ネルソンの遺体は、検視のためジャクソンビルにあるフロリダ州警察に送られた。ブルースたち3人はネルソンの死に関する疑問を警察に投げかけたが、カミノ・アイランドの警察はハリケーン被害の復旧や住民救済に忙しく、ネルソンの件を州警察任せにした。州警察の殺人課の刑事は、検視の結果、殺人の可能性が高いことを認めたが、凶器の特定もできず、犯人の目星もつかなかった。彼は引き続き捜査を続けると答えたものの、その後はかばかしい進展はなかった。ネルソンのコンドミニアムからは、小説の原稿は発見されなかった。押収されたパソコンのハードディスクは厳重に暗号化され、鑑識は暗号解読ができず、原稿ファイルが保存されているかどうかもわからなかった。

ネルソンの遺産執行人

ネルソンの姉のポリー・マッキャンが彼の遺産の執行人になっていた。ブルースから、遺産執行人はネルソンの小説の著作権や印税の管理などもする必要があると聞き、大学で物理学の教員をしているポリーは、自分は普通の遺産の執行はするが、著作関連の遺産執行については、ブルースに引き受けてほしいと頼んだ。特にもしネルソンの遺稿が見つかった場合、出版するためには、出版社への売り込みや交渉の必要があり、とてもポリーの手には負えそうもなかった。ブルースは、初めは躊躇したが最終的に引き受けることにした。

相変わらず、警察はネルソンのパソコンの暗号解読にてこずっていたが、生前ネルソンは姉のポリーにUSBメモリを預けていて、その中に遺稿が入っていた。老人ホームや介護施設を全国展開する企業によるFDA(アメリカ食品医薬品局)で承認されていない薬物の不正使用と、メディケア(Medicare)[3]をめぐる不正行為についての小説だった。ブルースは正式にネルソンの著作の遺産執行人になるとすぐ、ネルソンの既刊小説の出版社と交渉し、この原稿の出版契約を結んだ。

「休暇の島」から「サスペンス」へ

著者グリシャムが3年前に書いたCamino Islandは、書店、古書や骨とう品の取引、作家の世界を舞台にした小説で、リーガル・サスペンスが専門のグリシャムにとっては《休暇中》のような、法曹界とはかけ離れた作品だった。3年後のCamino Windsでは、冒頭「Bay Books」の店主ブルース・ケーブルを中心に馴染みの作家たちが登場、読者は再びカミノ・アイランドでの休暇を楽しむ気分になる。しかしその直後、大型ハリケーンの直撃を受けた島は深刻な被害をこうむり、読者の休暇気分はハリケーンとともに吹っ飛んでしまう。夏の観光シーズンの真っただ中だったカミノ・アイランドから観光客の姿が消えた。洪水の被害を受けたブルースの書店はしばらくして再開したものの、観光客はいないし、島の顧客たちも被害から立ち直るのに必死で書店から足が遠のいていた。「Bay Books」は開店休業状態が続き、ハリケーン後のカミノ・アイランドの《ニュー・ノーマル》に、ブルースも読者も戸惑いを覚える。

そしてストーリーは後半に入り、本来のグリシャムらしい、息詰まるスリラー・サスペンスの筋立てになっていく。本業が暇になったこともあり、ブルースはネルソンの死に関して、真相を突き止めることが友人としてやるべきことだと強く思い、警察は頼りにならないとあきらめて、独自に真相解明に動き始めた。ネルソンは弁護士だった当時、クライエントの軍事関連技術の不正輸出を内部告発した。そして弁護士を辞めてから、武器の不正取引やマネーロンダリングについての3冊の小説を出版し、いずれもベストセラーになっている。ブルースは、ネルソンの遺稿でモデルになった老人ホームや介護施設を全国展開する企業も実在するのではないかと疑った。殺人や大企業の不正が絡んでくるので、ブルースは、ポリーの同意のもとにある警備保障会社に調査を依頼することにした。この警備保障会社は捜査員のほとんどが元FBI捜査官で、3年前のフィッツジェラルドの自筆原稿をめぐる騒ぎでは、保険会社の依頼で(ブルースに対立する立場で)辣腕を発揮し、ブルースは危機一髪の目にあっている。

この警備保障会社がともすれば合法/違法すれすれの危険な潜入調査に走りがちになるのをけん制しながら、ブルースはボブやニックと共に遺稿のモデルになった企業の不正の実態やネルソン殺人の背景に迫っていく。 

⚫︎ 果たしてネルソンは、この企業の不正を基に小説を書いたために殺害されたのだろうか?
⚫︎ ネルソンを殺害したのは誰? どんな方法で?
⚫︎ モデルとなった企業の不正をネルソンに流した人物がいたはずで、その人物は誰なのか? 安否は?

カミノ・アイランドでの《休暇》で始まったCamino Windsは、結局、大企業の不正行為の内部告発、司法取引というグリシャムらしい展開になり、FBIも絡んだクライマックスへと一気に進んでいく。

著者について

ジョン・グリシャム(John Ray Grisham, Jr.)は1955年アーカンソー州生まれ。1977年ミシシッピ州立大学で会計学の学士号、1981年ミシシッピ大学法科大学院で法務博士号(Juris Doctorate)を取得、大学院修了後に弁護士になった。1984-1990年、ミシシッピ州議会で民主党議員を2期務めた。1984年、12歳の少女レイプ事件のことを知ったグリシャムは、もし少女の父親が悲しみと怒りからレイプ犯人を殺害したら、という想定で小説を書き、この最初の小説A Time to Kill は1989年出版された。2作目の小説The Firmは大ベストセラーとなり(47週ニューヨークタイムズ・ベストセラー)、一躍有名作家の仲間入りをした。1990年代から2000年代の初めにかけ、グリシャムの小説の多くは映画化された。弁護士という専門を活かし、彼の小説の多くはリーガル・サスペンスのジャンルだが、2000年代に入ってからは、法律モノ以外も執筆するようになった。

[2]https://shosetsu-maru.com/rensai/new-york-review-20/2/
[3]Medicareとは、米国の高齢者および障害者向け公的医療保険制度であり、連邦政府が管轄している。

佐藤則男のプロフィール

早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。 1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。 佐藤則男ブログ、「New Yorkからの緊急リポート」もチェック!

初出:P+D MAGAZINE(2020/06/16)

宇佐美まこと『ボニン浄土』
柿埜真吾『ミルトン・フリードマンの日本経済論』/いま、もう一度学び直すべき経済分析