【NYのベストセラーランキングを先取り!】麻薬組織の謎を追う! ピューリッツァー賞を受賞した元ジャーナリストによる大人気シリーズ新作 ブックレビューfromNY<第66回>
3人の沿岸警備隊員殺人事件
ジョン・サンドフォードの最新作Ocean Preyは、7月のある日、フロリダ沿岸で自家用小型ボートに乗って休日を家族と楽しんでいた若い沿岸警備隊員バーニィ・ホールが、たまたま沖を航行していた大型レジャー用釣り船(Mako[2])が不審な動きをすることに気付き、沿岸警備隊本部に連絡したところから始まる。バーニィはこの釣り船がダイバーと共に、いくつものバケツのようなものを海中から引き揚げているのを見た。本部から連絡を受け、事情を聴くために警備艇に乗って接近した3人の沿岸警備隊員は、Mako船から銃撃され、その直後にMako船はその場から立ち去った。出来事の一部始終を双眼鏡で見ていたホールは、急いで攻撃された警備艇に近づき、瀕死状態の3人の沿岸警備隊員を確認して本部に報告した。看護師である妻を救助用ヘリコプターが来るまで警備艇に残し、自分は自身のボートですぐにMako船を追ったが、最新式の船のスピードには追い付くことができなかった。ホールは沖合から偵察を続け、Mako船が埠頭に接岸して、3人が黒いバケツのようなものをいくつも運び出し、白い車に積み込む場面を目撃した。Mako船から出てきた4人目の男は、最後のバケツを運び出した後、船にガソリンのようなものを撒いて火をつけてから車に乗り込もうとした。しかし、自分のボートを岸に近づけていたホールから銃撃されて倒れた。残りの3人はバケツとともに白い車で逃げ去った。Mako船は炎上、爆発して沈没した。襲撃された3人の沿岸警備隊員は病院で死亡が確認され、ホールが撃った男の死亡も確認された。連邦政府公務員である沿岸警備隊員への殺人事件なので、地元警察ではなくFBIが捜査を担当することになった。
少し荒っぽい連邦保安官
事件から4か月たったが、捜査は全く進展しなかった。非番の沿岸警備隊員ホールによって撃たれた男はほぼ即死だった。下働きに雇われたと思われるチンピラで、FBIは彼からは事件解明の手がかりを得ることはできなかった。海中に沈んだMako船からは指紋もDNAも採取されず、架空の所有者名義で登録されていたこの船からも手がかりは一切なかった。逃げた3人と持ち去られたバケツのような容器の行方に関しても、何の情報もなかった。ホールが見た、Mako船に乗り込んだダイバーが誰なのか、今どこにいるのかも一切わからなかった。ただ、フロリダ沖の海底には大量のヘロインが眠っているという噂が広がっていた。犯人たちが運んでいたバケツのようなものは、パイプ状の容器であろうと推察され、容器の中身はヘロインではないかと推測された。沿岸警備隊員を射殺した犯人を捕らえれば、同時に、大規模な麻薬組織摘発につながるかもしれなかった。しかし、11月になっても解決の糸口すら見えてこなかった。
フロリダ州選出の上院議員クリストファー・コレスは、事件解決の見通しが立たないことに苛立ちを覚えていた。彼の娘婿が沿岸警備隊の司令官の一人だということもあり、沿岸警備隊員の殺人事件は他人事ではなかった。事件の一日も早い解決を強く望み、知り合いのルーカス・ダベンポートに、連邦保安官としてFBIに協力するよう要請した。52歳、長身でやせ形、青い目、短めに刈り込んだ少し白髪交じりの黒っぽい髪のルーカスは、スーツを着てカシミアのコートを着れば、連邦保安官というよりは裕福な弁護士のように見えた。非常に有能な保安官であることは誰もが認めるものの、捜査中に少し行き過ぎた荒っぽい行動を取る傾向があり、同僚や上役から顰蹙を買うこともしばしばだった。
2人の連邦保安官、ルーカス・ダベンポートと同僚のボブ・マティーズは、正式にFBIが率いるタスクフォースに参加することになった。そして、2人の活躍は、今まで行き詰っていた捜査の突破口となった。ところが、事件に関わっているとみられる人物の逮捕に向かった2人の連邦保安官は、何者かに背後から銃撃された。ルーカスは防弾チョッキのおかげで助かったが、首と頭を撃たれたボブは殉職してしまった。 ルーカスは、事件に関わっているとみられた人物は実は犯人ではなく、本当の犯人にはめられたと信じるようになった。
潜入捜査
ここに、著者の別シリーズの主人公であるバージル・フラワーズが登場する。バージルは、ミネソタ犯罪逮捕局(Minnesota Bureau of Criminal Apprehension)で働くルーカスの友人で、ボブ亡き後、ルーカスに頼まれて捜査に協力することになった。また、多くの事件でボブの良きパートナー役を務めていた女性保安官レイも捜査に参加することを志願した。
ダイバーとして高いスキルを持つが、コソ泥を繰り返す怠け者に扮したバージルは、その情婦に扮したレイと共に、思惑通り、ダイバーの後釜を探していた犯人たちの目に留まり、海底に沈むヘロインを引き揚げるために雇われた。
ところで、バージルは、ダイビングが趣味とはいえ、とてもプロダイバーと呼べるようなスキルは持っていなかったので、潜入捜査が始まる前、連邦保安局員のSEALs[3]出身者から徹底的にダイビングの訓練を受けさせられた。バージルはルーカスに、自分を訓練するより、この元SEALs隊員を潜入させたらどうかと提案したが、ルーカスに「こんな、警官以上に警官に見えるような男を潜入させるわけにはいかないだろう。まるで映画に出てくる警官みたいだ」と言われ、納得するしかなかった。肩まで届く金髪、スーツを着る時ですらカウボーイ・ブーツを履いているバージルの外見は、この潜入捜査にはぴったりだったのだ。
そして、バージルとレイの潜入捜査が始まった。 一方、ルーカスは、この殺人事件の背景にある大掛かりな麻薬運搬・取引の黒幕を探るうちに、捜査の舞台をニューヨーク市のスタテンアイランド[4]やニュージャージー州に移していった。
⚫︎ 3人の沿岸警備隊員を銃撃した犯人は特定できるのか?
⚫︎ ホールが見たMako船のダイバーたちはどこに消えたのか?
⚫︎ 大量のヘロインはどうやってフロリダ沖に運び込まれたか?
⚫︎ 海底に沈むヘロインの行き先は?
⚫︎ 一連の大掛かりな麻薬運搬・取引の黒幕は?
新作が出れば必ずベストセラー1位か2位にランクされる、ルーカス・ダベンポートが主人公の「獲物」シリーズだが、最新作も常連ファンを大いに楽しませることだろう。
著者について[5]
ジョン・サンドフォード(John Sandford)はペンネームで、本名はJohn Roswell Camp、1944年2月23日、アイオワ州生まれの元ジャーナリストで小説家。アイオワ大学でアメリカ史とアメリカ文学を学び、同大学院でジャーナリズムを学んだ。大学院を出た後、ジャーナリストとしてマイアミ・ヘラルド紙を経て、1978年にミネアポリスに移り、セントポール・パイオニアプレス紙で記者、コラムニストを経験した。1980年、アメリカ先住民族に関するシリーズ記事で、ピューリッツァー賞の最終候補者、1986年、中西部の農家の危機に関するシリーズ記事Life on the Land: an American Farm Familyでピューリッツァー賞を受賞した。1989年、小説2作品Rules of PreyとThe Fool’s Runを、前者をジョン・サンドフォードのペンネームで、後者を本名ジョン・キャンプで出版した。「獲物」シリーズの最初の作品となったRules of Preyの人気が、もう一方の小説を大きく上回ったため、以後この著者の小説はジョン・サンドフォードのペンネームで出版されるようになった。
[2]Makoは高級レジャー用釣り船のブランド名。
[3]Navy SEALs( United States Navy Sea, Air, and Land (SEAL) Teams)は、アメリカ海軍の特殊部隊。
[4]Staten Islandは、ニューヨーク湾内にあり、ニューヨーク市に属する島。
[5]John Sandford (novelist) – Wikipedia
佐藤則男のプロフィール
早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。 1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。 佐藤則男ブログ、「New Yorkからの緊急リポート」もチェック!
初出:P+D MAGAZINE(2021/05/11)
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