椹野道流の英国つれづれ 第40回

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◆銀行口座を巡る戦い #7

あとはナット・ウエスト銀行から、通帳とキャッシュカードが送られてくるのを待つばかり!

安心しきって待っていた私ですが、約束の1週間が経っても、2週間が経っても、何も届きません。

あれあれー?

何だか嫌な予感がしてきたぞ。

イギリス国内で稼ぐことが一切許されない立場の留学生ゆえ、ただ生きているだけで、着実に軽くなっていく財布。

それに加えて、銀行口座を開き、きちんと地に足を着けてこの国で生活するため部屋を借りるというイベントがあったため、余計に手持ちのお金は乏しくなっています。

何か突発事故や病気でもあったら、あっという間に詰むやつです。

そうでなくても、今月の家賃はギリギリ払えたとしても来月は無理。当然、日々の糧すら早晩買えなくなります。

以前、口座開設に手間取っている話を打ち明けたら、ジーンとジャックは「ちょっとくらいなら貸してあげるから、本当に必要になったら、躊躇わずに言いなさい」と言ってくれましたが、それはできません。

年金生活者からお金を借りるなんて、それも、ただでさえほぼ行きずりの私に毎週ご馳走を食べさせてくれている親切なご夫婦に……いやいや、絶対だめ。

お金の貸し借りが人間関係をおかしくするということは、祖父母や両親からたびたび聞かされてきました。

「借りるな。貸すならあげるつもりで渡せ。どんなに大好きな人でも、絶対に保証人になるな」

それが、幼い頃から呪文のように叩き込まれた我が家の掟です。

銀行口座さえ開ければ解決する問題なのですから、それまでは耐え忍ばねば。

でも、リーブ夫妻以外にお金の相談ができるのは、学校の先生だけ。

私は午後の個人レッスンで、先生のボブに事情を打ち明けました。

「ありゃ、まだ口座を開けてなかったの? 君、しばらくその話をしないから、もう大丈夫なのかと思ってた」

ビックリ顔のボブ。私もビックリだよ!

「ジーンは……ほらあの、サンデー・ディナーをご馳走してくれる人。ジーンは『まあ、日本人ほどこの国の人は勤勉じゃないかもしれないけど、銀行員はしっかりしてるはずなんだけどね。ましてナット・ウエストでしょ?』って言ってたけど……」

「僕もそういうイメージ。銀行員はちゃんとしてる。ほら、あの映画みたいに」

そう言ってボブが口ずさんだのは、『メリー・ポピンズ』の劇中歌、「2ペンスを鳩に」でした。

ボブは、ギターの弾き語りが趣味で、地元ライブハウスのアマチュア・ナイトでステージに立つほどのいい声なのです。

つい聞き惚れてしまいそうになりましたが、いかんいかん、事態はそう呑気ではないのです。

「そろそろ問い合わせたほうがいいよね?」

私の問いに、ボブは「それがいいよ。銀行員といえども、ミスはありえるわけだし」と同意しました。

よし、放課後にでも行って……。

ところが、ボブは教室のドアを指さし、こう言いました。

「OK。外の公衆電話に行こう。銀行に電話で問い合わせてごらん」

ギャー! いきなり電話!? 英語で問い合わせの電話って、どうやってかけるの?

もしもし、わたくし○○と申しますが……みたいな感じでいいの?

△△さんはいらっしゃいますでしょうか、って英語でどう言うんだっけ。

「こら。せっかく少し滑らかに英語を話せるようになってきたのに、今、思いっきり日本語で予行演習している顔だぞ」

さっそく叱られ発生です。

でも、そのとおり。まさに、思いきり日本語でシミュレーション中でした。


「椹野道流の英国つれづれ」アーカイヴ

椹野道流(ふしの・みちる)

兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。

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