【最優秀賞発表!】涙が出るほど救われた気持ちになった、光に満ちた一作『パンドラの匣』

はてなブログとのタイアップ企画にて、多数の応募者の中から最優秀作品に選ばれた一作、「潮見惣右介」さんの【青春の一冊】を公開致します。青春時代のうねるような暗い気持ちに、一筋の光をもたらしてくれたという、宝物の1冊についてのエピソードです。

先日の記事で、はてなブログ×P+D MAGAZINEの「今日のお題」キャンペーンの結果発表を行いました。
結果発表の様子は、P+D MAGAZINE×はてなブログ「お題キャンペーン」【あなたにとっての「青春の一冊」はなんですか?】の記事でご紹介していますので、あわせてチェックしてみてください。

お題のテーマは、【あなたにとっての青春の一冊はなんですか?】です。
結果発表記事では、総評のみの記載をさせていただいていましたが、今回は「どういった点で選ばれたのか」、審査委員会での感想を含めて、引き続き発表いたします!

涙が出るほど救われた気持ちになった記念すべき一冊

―いよいよ最優秀賞の発表です。
それぞれどういった点で、多数の応募作の中から、このブログを選んだのでしょうか?

部員K「さすが書店員さん。たくさん本を読まれているのか、文章が巧みでした。」

部員A「たくさんの応募作品の中でも、キラリと光るものがありましたね。青春時代特有の情緒がリアルに伝わってきて、潮見さんの“青春の一冊”を、ぜひ読んでみたいと思いました。」

編集長N「文章が圧倒的にすぐれています!出版社の人間からしてもよくまとまっている。必要かつ十分なことがバランス良く述べられていて、かつストーリーになっているところに、抜群のセンスを感じます。選んだ本が自分にいかに影響を与えたかということ、いかに名作かということを、必要かつ最小限の文章量でしっかりと語ってくれている。本が光を与えてくれる存在になり得るということ、希望の詰まったものであるということを教えてくれました。」

以上、今回最優秀賞に選ばれた際のコメントをピックアップしてご紹介しました。

潮見惣右介さんが選んだ、青春の一冊『パンドラの匣』

最優秀賞作品、潮見惣右介さんが選んだ、青春の一冊はこちら。

『パンドラの匣』太宰治著(1946年)

パンドラの匣書影

「健康道場」という名の結核療養所を舞台に繰り広げられる恋愛模様を通じて、青年・ひばりの成長を描く。迫り来る死におびえながらも、病気と闘い明るくせいいっぱい生きる少年と、彼を囲む善意の人々との交歓を、書簡形式を用いて描いた表題作。太宰文学に珍しい明るく希望にみちた青春小説。

この本が、潮見惣右介さんの青春に、どのような影響を与えたのでしょうか。
投稿作品を、全文掲載いたします。

青春の陽のありどころ-パンドラの匣

僕には青春がなかった。自分がもっとも美しかった頃、輝いていた頃のことを「青春」と呼ぶのだとすれば。

10年前。15歳の時に高校中退して、それからずっと何年も暗闇の中にいた。生活と呼べる生活ではなく、常に昼夜逆転、ずっと何もせずに過ごしていた。そして過ぎ去った月日を想って泣く日もあった。
今ではその頃のことを「暗黒期(笑)」なんて呼んでいるけど、今振り返るとよく事件などの問題を起こさずに過ごせたなぁと思う。しかし同時に、どうしてそんな些細なことで何を悩んでいたのだろうかと考えたりもするけど、でも、大人になった自分には分からない切実な思いが15歳の僕には確かにあったのだ。
誰がなんと言おうと自分自身だけはその感情と衝動と決断を尊重してあげないといけないと、ずっと自分自身に言いきかせていた。自分だけが分かってやれる感情。自分だけの暗闇の中から這い出るには、自分だけの光を探さないといけない。
そう思っていた10年前、僕は学校にも行かずにふらふらしていた梅田の街でパンドラの匣を開く。紀伊國屋書店だった。
君はギリシャ神話のパンドラの匣という物語をご存じだろう。あけてはならぬ匣をあけたばかりに、病苦、悲哀、嫉妬、貪欲、猜疑、陰険、飢餓、憎悪など、あらゆる不吉の虫が這い出し、空を覆ってぶんぶん飛び廻り、それ以来、人間は永遠に不幸に悶えなければならなくなったが、しかし、その匣の隅に、けし粒ほどの小さい光る石が残っていて、その石に幽かに「希望」という字が書かれていたという話。

舞台は結核療養所。迫り来る死に怯えながらも、病気と闘い、明るく生きる15歳の少年ひばり。文章がすべて書簡形式で描かれており、主人公の意志や思想が力強く表明される。

例えばJ-POPの歌詞や小説の物語に「共感」を求める人が多いのは、それによって救済されたいからじゃないだろうか。
「自分だけが背負っている」と思い込んでいた不幸や苦悩が「どうやら自分だけに降り掛かったものではない」と知ったとき、涙が出るほど救われた気持ちになるのはどうしてだろう。
ひばり、と呼びかける。僕はその哀しみを知っている。この悔しさや苦しみをあなたも知っている。そんなことで救われるとは、正直に言って思わなかった。
小説やその中の登場人物はもちろん架空だけど、少なくとも作者である太宰治はこの苦悩を知っている。この小説を大切に思う他の読者たちも、きっと似た苦悩を経てこの小説と向き合ったのだろう。そう想像する、たったそれだけで卑屈な気持ちが解けてゆく。

物語は来たる新しい時代に向かってとても前向きな言葉で終始する。『人間失格』が代表作の太宰はどうしても暗い印象の作家になっているが、実際は明るく剽軽な作品も多く遺し、この『パンドラの匣』のような光に満ちた小説も存在する。
光が垣間見えた瞬間の、あの希望。
それは自分だけの光ではなかった。自分だけの暗闇ではなかったからだ。

僕にも青春があった。自分自身の中に光を見出した瞬間のことを、そう呼ぶのだとすれば。
<了>

文:潮見惣右介/『無印都市のこども ゆるふわポップカルチャーとインターネット自由研究』より引用

おわりに

潮見惣右介さんの、『パンドラの匣』によって救われたという想いが、希望となって、今に生きているのだと感じます。多くの感銘を与えてくれる、太宰の隠れた名作、『パンドラの匣』。これからも、読み継がれていって欲しい名作です。

はてなブログ×P+D MAGAZINEの「今日のお題」キャンペーンの結果発表は、こちらを持って終了です。たくさんのご応募、誠にありがとうございました。
今後とも、P+D MAGAZINEをよろしくお願いいたします。

別の受賞作品の紹介はこちらからチェック>>
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■四宮さん「かもめ」
■CUCUMBERさん「いまを生きる」
■はせおやさいさん「智恵子抄」

初出:P+D MAGAZINE(2016/09/06)

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