出口治明の「死ぬまで勉強」 第12回 ゲスト:吉田直紀(宇宙物理学者)「宇宙の謎解きはやめられない!」(前編)
宇宙はビッグバンでできたのではなく、最初に「ゆらぎ」があった。
進化や変化にとって、ゆらぎは大きな要素だ。
生物も宇宙も、ゆらぎから新しいものが生まれてくる。
変化やゆらぎがある多様性のある宇宙だからこそ魅力的なのだ――。
宇宙物理学者の吉田直紀氏と出口治明学長が、ゆらぎと多様性について語り合った!
■子どものころは、ロケットを開発して火星に行こうと思っていた(出口)
■私の愛読書は「世界の7大ミステリー」でした(吉田)
出口治明 吉田先生は「宇宙物理学者」ですね。宇宙に関連する学問で、一般の人がまず思い浮かべるのは天文学だと思いますが、先生のご専門である「宇宙物理学」とはどんなものですか?
吉田直紀 「宇宙物理学」は、宇宙のさまざまな現象を、物質の基本的な法則や性質など物理の理論をもとにして研究する学問です。
2019年4月、アメリカ、日本、欧州などの専門チームが、チリのアルマ望遠鏡など世界最先端の望遠鏡8台をつなぎ、世界で初めてブラックホールの撮影に成功しました。一方、私の研究グループは2017年にスーパーコンピューター・シミュレーションを行って、宇宙が誕生した直後に、どういう仕組みで巨大なブラックホールができたかを解明しました。
言ってみれば、前者が観測を中心とする天文学的なアプローチで、後者が理論を中心とする宇宙物理学的アプローチですが、実際には両者の区別はあまりありません。天文学者が理論研究をすることもあるし、宇宙物理学者が観測をすることもあります。
大学など日本の研究機関では、天文学は「天文学科」、宇宙物理学は「物理学科」に分かれていますが、海外では「physics & astronomy」として一体化しています。天文学か宇宙物理学かではなく、むしろ「惑星」とか「ブラックホール」といった研究対象の違いで分けるのが普通ですね。
2019年4月10日、日米欧などの研究チームが、史上初めてブラックホールの撮影に成功した。
EHT Collaboration
出口 じつは僕はかつて宇宙少年で、子どものころ「ロケットの父」と異名を取ったフォン・ブラウン博士の本を読んで憧れて、「僕もロケットをつくって火星に行こう」などとアホなことを考えていました(笑)。
吉田先生が宇宙に興味を抱かれたきっかけを教えていただけますか。
「僕もロケットをつくって火星に行こう」などとアホなことを考えていました(笑)
吉田 私の場合、最初はビジュアルから入ったと思います。図書館で星や銀河の図鑑を見て「すごいなぁ」と。興味がさらに膨らんだのは、小学校4~5年生のときですね。ハレー彗星が地球に接近すると話題になったので、親に天体望遠鏡を買ってもらい、毎晩、星空観測するようになりました。私は神戸育ちですが、裏六甲(六甲山の海に面していないほう)あたりは街灯が少なく、夜空がすごくきれいに見える。すっかりはまってしまいました。
でも、宇宙ばかりに興味があったのではなく、小学校低学年のころは、「世界の7大ミステリー」といった、不思議を解き明かす本をよく読んでいましたね。そこから歴史への興味が加わって、考古学が好きになった。映画でいうと『インディ・ジョーンズ』の世界です。
それがさらにもっと長い時間軸にも興味が出てきて、宇宙の謎に魅せられていったというところでしょうか。
出口 考古学ですか! 僕も子どものころにシュリーマンの著書『古代への情熱』を読んで魅せられました。中高生のころは、当時住んでいた三重県で、先生に連れられて土器を掘りに行ったりもしていたんですよ。
ところで、『古代への情熱』を読んでから、僕はなんとなく、エーゲ海の文明やそのシンボルのひとつであるクレタ島・クノッソスの宮殿は、陽光に輝く明るい文明の象徴だと思っていました。それが、エーゲ海に浮かぶクレタ島のイメージにふさわしいじゃないですか。
ところがハンス・ゲオルク・ヴンダーリヒというドイツの学者が書いた『迷宮に死者は住む』という本には、おもしろいことが書かれていました。クノッソスは死者の宮殿だというのです。というのも、クノッソス宮殿には排水溝がありません。排水溝がなければ、人間は生活ができない。だから生きた人間ではなく死者が住む宮殿に違いない、とヴンダーリヒは考えたのです。
この本を読んで、なるほど、考古学や歴史はサイエンスだなと気づいて、さらに興味が増した記憶があります。
吉田 同感です。考古学も天文学も、ロジックで考えると、定説とされているものが本当に正しいのか、もう一度考え直すことができます。
出口 たとえば日本の古代史の研究をしている学者の多くは、古事記や日本書紀をベースにしたうえで、考古学のデータや中国の史書とも照らし合わせて、「『宋書 倭国伝』の武は、雄略天皇と同一人物である」という仮説を立てたりする。
でも、ロジックで考えるとおかしいんですよ。倭王の武は5世紀の人です。一方、『古事記』や『日本書紀』が成立したのは8世紀初頭で、持統天皇と藤原不比等が中国に見せるために創作したもの。明治時代の鹿鳴館政策のようなもので、資料としての信頼性は低い。日本の古代史については、脚色する必要がなかった中国の史書のほうがずっと参考になる――。ロジックで考えれば、そうですよね。
吉田先生も、宇宙に興味が出てきたころに「これは理屈に合わへんな」と疑問をもたれたことはないですか?
「昔の宇宙はどんな様子だったんだろう」という興味が、研究のモチベーションになっています
吉田 私が子どものころは、いろいろな天体が独立して存在しているという考え方が一般的で、時間軸の視点はありませんでした。つまり太陽は、地球から光の速さで8分19秒の距離に、次に近い恒星であるケンタウルス座アルファ星は4.3光年の距離にある、ということはわかっていましたが、距離以外の意味をあまり考えていなかったのです。
それを疑問に思ったことはありませんでしたが、大学で宇宙物理学を学び、宇宙は進化してきたものだと知ったときの感動は大きかったですね。つまり、すべての天体はもともと何もなかった場所に誕生したんだ、と実感できたんです。そのとき抱いた、「では、昔の宇宙はどんな様子だったんだろう」という興味が、いまでも私の研究のモチベーションになっています。
出口 それは僕も、とても知りたいですね。
吉田 研究対象はいちばん遠くの宇宙で、いわば宇宙のフロンティア。時間でいうと、最も若かったころの宇宙がどうなっていたのか、ということを観測やコンピュータ・シミュレーションで調べています。
宇宙は138億光年前に誕生しました。いまはさまざまな望遠鏡で昔の、つまり遠くの宇宙の姿を捉えられるのですが、まだ最後の5億年が観測できていません。そのラストワンマイルを、「理論的にはこう考えられる」と仮説を立てて、観測データで検証するという研究です。
じつは、NASAや欧州宇宙機関が共同で打ち上げるジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(打ち上げは2021年の予定)では、残りの部分を観測できるといわれていて、いまからとてもワクワクしています。
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