ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第92回

ハクマン第92回
仕方がない時に
仕方がないと諦めるのも
大事である。

だが、来ると分かっていても根本的になす術がないのが災害だ。
ニュースも神妙な顔で「十分な準備をして出来るだけ命が助かる方法を選んでください」などと言っているが、要約すると「グッドラック」である。

つまり、人間は自然災害に対し、ある程度対策したり避難したら、あとは便所の隅で神様にガタガタお祈りするぐらいしかできないのだ。

私の家は高台にあるので、例え福岡と広島のフックが外れても水没するのは最後の方である。
台風が来ても水が迫ってくることはないので、必要物資を用意したらあとは台風が去るまで大人しく待つことしかできない。

家から出ないのは得意分野である。コロナの長期外出自粛もノーダメでクリアしたこの俺だ。1日2日の籠城程度どうということはない。

しかし、コロナ自粛が私にとってあまり脅威でなかったのは、コロナが人間だけを攻撃して家屋、そして電線を攻撃しなかったからかもしれない。

屋根がないのも辛いが、電気やネットがない状態での自粛は私も流石に狂を発していただろう。

しかし、台風はそこらへんバーリトゥードであり、むしろ人間より、家屋や建築物、ライフラインへの被害の方が大きい。

よって14号直撃という報を聞いた時もまず「停電したらどうしよう」と考えた。

私の現在の仕事は全てiPadで行われているため、停電は死を意味する。
1、2日仕事ができなくても良いスケジュールで進んでいれば良いのだが、私の仕事は常に八甲田山の神田大尉が江藤伍長に田茂木野に救護を求めに行けと命令する時ぐらい一刻の猶予もない。

しかし、よく考えれば台風という自然災害を前に「仕事をどうしよう」などと考えていること自体が病理なのではないか。

最近は交通機関も早めに運休を決めるようになったが、少し前まで災害でも何故か会社に向かってしまったウォーリアたちが駅で虚空を見つめている姿がよく観測されていた。

自然災害で停電し仕事ができなくなったらそれはもう「仕方がない」だろう。それをどうにかしようとする発想が、逆に死者を生み出すのだ。

病院などが「停電したら患者の生命維持を諦めます」という自然主義では困るが、逆に言えば命に関係しないことなら災害時に無理にすることではない。

つまり、台風による停電で仕事ができなくなったら「台風で停電したから今回は間に合わない」と言えば良いのだ。
もしそれで文句を言う担当がいたら、それは台風中にピザを頼み断られたらキレる奴と同じであり、台風が去った後、徹夜してでも間に合わせろというのは、さっさと停電を解消しろと電力会社にクレームを入れる奴と同じである。

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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