モーリー・ロバートソンが語る、「ぼくたちは何を読んできたか」②その青春の軌跡 モーリーのBOOK JOCKEY【第3回】
オナニーをしたらしい。そのまま寝てしまったらしい。数時間後目が覚めると、もう夜になっていた。とても深い眠りについたようで、恐怖の極限に達した記憶が嘘のようだった。いったい何をしていたのか? まだ開いている学生街の食堂に行ってハンバーガーを注文した。何か自分の内部が抜き取られ、裁判にかけられて無罪が宣告され、新しい中身がかわりに「カチッ」と音を立てて嵌めこまれたようだった。自分はラジカセのような奴だな、と思った。ハンバーガーのケチャップが真っ赤で、チーズは真っ黄色で、ここはアメリカのハーバードだった。
後日、先輩からカルロス・カスタネダの本を読むことを進められた。だが、読まなかった。最先端を行く電子音楽に触れることが神秘的で脳内がすでにぶっ飛んでいたからだ。先輩に通過儀礼のようにもらった濃縮THCの大麻体験をいかに電子音で「再現」するかに興味が行き、ますます激しくバンドと共にハプニングのような街頭パフォーマンスを続けた。
ハーバード大学の音楽部は木造の古い建物で、セントラルヒーティングが張り巡らされているにもかかわらず、冬は寒い。反対に夏はひんやりとしている。その由緒正しい学びの館の3階まで螺旋状に木造の階段を上って行くと、二重に鍵がかかった電子音楽スタジオがあった。録音テープに収録した音声だけを加工し続けることで実験的な音響作品を合成していく「ミュージック・コンクレート」と呼ばれる方法論に特化されたスタジオだった。溝の入った金属の台に細くて平たいテープを通し、カミソリや接着テープなどを使って音声を切断し、つなぎ合わせる。録音した音声を逆回しにすることもできれば、二つの録音機を使って再生スピードを調節し、音程をつけることも可能だった。さらには「録音ヘッド」「再生ヘッド」と呼ばれる金属部分の距離を引き離すことでエコーの効果を醸し出したり、高等技としてはマイクスタンドで動いているテープを引っ張ることで再生スピードが連続的に変わる「ドップラー効果」が生まれたりした。数センチのテープの切れ端を接着テープでベルト上の輪にすれば、同じ音声が繰り返しリズミックに再生する「テープループ」を作ることもできた。ありとあらゆる方法で録音した音声を加工して、たった数秒間の音から作品をまるごと一個合成することも可能だった。
この機材が壁から壁まで満載されたスタジオに出入り出来たのは、オーディションで合格した一握りの学生たちだった。「魔法の箱」のようなスタジオはいつも数週間先まで予約でいっぱいになり、一人あたり2時間の上限が設けられていた。だが3ヶ月の夏休みが始まってほとんどの学生が帰省した後は、合鍵を持っていれば使い放題だった。ぼくは電子音楽スタジオに寝泊まりし、考えられる限りの音声実験やジャムセッションを収録した。