池上彰・総理の秘密<10>
日々めまぐるしく変わる世界情勢。トランプ新大統領の強引とも言える政策や発言に、各国首脳の出方に対して今まで以上に注目が集まります。そんな動静を迅速かつ正確に伝えるのが「総理番」の仕事。大好評の連載の第10回目は、そんな「バンキシャ」について、池上彰氏がわかりやすく解説します。知っているとニュースがより面白くなり、他の人に自慢したくなるコラム。
「総理番」の仕事
「バンキシャ」という言葉は一般の人にも知られるようになりました。「番記者」のことで、一般的には「総理番の記者」を指します。
日本の総理が執務する総理官邸。その敷地内に、新聞社、放送局、通信社の記者たちが所属する「内閣記者会」があります。通称「官邸記者クラブ」です。
この中にいる各社の記者のうち、若手が「総理番」と名づけられた仕事を担当します。朝から晩まで総理の動向に注目し、総理が外出する際は、追いかけていきます。
テレビニュースで、総理が記者のインタビューに答えるシーンが登場します。あの場面で、総理にマイクを向けたり、近くでメモをとっていたりする記者たちが、この「総理番」です。
若手記者ばかりでは、経験が浅く、総理に的確な質問ができないのではないかとの反省から、新聞社によっては、あえてベテラン記者を配置してみるという試みもあります。
かつては各社の記者が一斉に総理の自宅まで追いかけていたため、深夜の住宅街が混乱する騒ぎも起きていました。このため現在では、各社の記者が同行するのは総理の主要な行動だけになりました。
それ以外については、共同通信と時事通信の2社の記者が代表として張り付き、各社に総理の動向を知らせるという態勢になっています。
総理官邸が現在の建物に建て替えられるまでは、各社の記者たちは、総理執務室のすぐ近くまで立ち入ることができ、総理が誰と会っているか、つぶさに観察することができました。
マスコミが一国の政治指導者にここまで近づくことができるのは、日本だけだと言われたものです。
いまは、次第に遠い存在になりつつあります。
池上彰 プロフイール
いけがみ・あきら
ジャーナリスト。1950年、長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。報道記者として事件や事故、教育問題などを取材。「週刊こどもニュース」キャスターを経て、2005年に独立。著書に『そうだったのか! 現代史』『伝える力』『1テーマ5分でわかる世界のニュースの基礎知識』ほか多数。2012年、東京工業大学教授に就任。16年より名城大学教授、東京工業大学特命教授。
記者の質問に答える鳩山由紀夫元総理
栃木県を視察した鳩山総理にマイクが向けられ、記者たちはメモにペンを走らせる。2010年(平成22)1月23日、宇都宮(うつのみや)市にて。写真/時事通信社
初出:P+D MAGAZINE(2017/02/03)