【SM小説】美咲凌介の連載掌編「どことなくSM劇場」第16話 隠された遺産――どえむ探偵秋月涼子の首輪プレイ

人気SM作家・美咲凌介による、書き下ろし掌編小説・第16回目は「隠された遺産」、そして衝撃の「首輪プレイ」! 複雑になっていく関係、エスカレートする絡み合い……。後半には息をのむ展開が待っています!

助手席の涼子が、スマホのナビ画面を見ながら言った。

「しばらくは、この道をひたすら真っすぐです」

「しばらくって、どのくらい?」と、真琴さんが尋ねる。

「二十キロくらいですわ」

「遠いなあ。ガソリン代もバカにならないぞ」

聖風学園文化大学三年生の新宮真琴さんは、才色兼備の才媛――少なくとも自分ではそう自負している――が、乗っているクルマはボロっちい。一年半ほど前に本体価格十八万円で買った中古の軽自動車。少し前までは、一時間ほども走らせているとなぜかエンジンが止まってしまうという、奇天烈な症状を呈していた。

もっとも、その症状は、今はもう直っている。先日、和人くんが直してくれたのだ。

萩原和人くんは、真琴さんが所属するミステリー研究会(ミス研)の後輩で、涼子と同じ二年生。昔々この辺りを治めていた大名だかその家老だかの子孫にあたるとのことで、一部からは「若さま」と呼ばれている。

「ひょっとしたら、プラグを換えるだけで直るかもしれませんよ」

と、和人くんは言っていたが、どうやら当たりだったらしい。ついでに車体を磨いてくれたらしく、ぼんやりくすんでいた赤いボディが、今はピカピカ輝いている。

「大丈夫です、お姉さま。遺産を見つけたら、その二割はあたしたちがいただけることになっていますのよ」

涼子がはしゃいだ声で言った。

「もし百万円もあれば、二十万。それを涼子とお姉さまとで山分けすれば、一人あたり十万ずつ。ガソリン代くらい、すぐに元が取れますわ。それにしても、このドM探偵涼子に、とうとう正式の依頼が来るなんて。涼子、今、とってもワクワクしています!」

「和人くんの紹介だから、あんまり真に受けないほうがいいと思うけど?」

萩原和人くんは、かなりの悪戯者である。おまけに、なんだか世間を舐めているように、いつもヘラヘラしている。もっときりっと構えていればなかなかの美少年なのに、実に惜しい――と、ときどき真琴さんは、そんなことを思うくらいだ。

「でも、そもそもの話の出所は、蘭子先輩ですのよ。依頼人の朝倉さんは、蘭子先輩の遠い親戚にあたる方なんですって。それに亡くなったというご老人も、蘭子さんのひいお祖父さんの従弟にあたるそうですわ」

涼子はほんの少し身体をずらし、真琴さんのほうにしなだれかかるようにして――

「和人くんの話だけなら、まあ、あんまり信頼は置けませんけど、蘭子先輩の……それも一族が絡んでいる話となると、相当に信頼度は高くなりますわ。蘭子先輩って、加賀美一族のことになると、本当に真剣そのものですから」

涼子が「蘭子先輩、蘭子先輩」と言っているのは、やはり真琴さんや涼子、和人くんと同じく聖風学園文化大学のミス研に所属する四年生。和人くんの婚約者で、学内で和人くんを「若さま」と呼び始めたのは、この蘭子さんが最初である。それがじわりと周囲に広まって、今ではかなりの人が――たとえばミス研の一年生などはほとんどが――その呼び名を使うようになっている。加賀美蘭子さんというのは、それだけ影響力を持った人なのだ。

ちなみに、蘭子さんの加賀美家はこの県きっての資産家である。聖風学園文化大学も、加賀美家が経営しているのだ。そして、その加賀美家に匹敵する資産家と言われているのが、今真琴さんの隣に座ってスマホの画面を眺めている涼子の秋月家。

ただし、同じようにお金持ちの一族といっても、加賀美家と秋月家では成り立ちがだいぶ異なるらしい。

「加賀美先輩の家は、昔から土地をいっぱい持っていた旧家。あたしの秋月家は、最近成りあがってきた商売人の家ですわ」とは、涼子の言葉。

「ですから、蘭子さんは一族のことについては、すごく真面目なんですの。ということは、この遺産探しのお話も、でっち上げや冗談のはずがありません。それに、仮にも加賀美一族につながる人の遺産なんですから、百万どころの騒ぎじゃないかもしれませんよ。ひょっとしたら一億、二億っていうことだって、十分に考えられますわ」

「まさか……ね?」

真琴さんは、短く笑い声を立てた。話の中味はどうでもいいとして、はしゃいでいる涼子の声が耳に柔らかく、心地よかった。


ところが、その涼子の声が急にかぼそくなった。

「それで……あの……あの……お姉さま?」

「どうした?」

「涼子、お姉さまにお願いがあるんですの。本当に身の程知らずなお願いなんですけど……思い切って申し上げますわ。あの……あちらのお家にいる間……その間だけでいいんですの……お姉さまは、探偵であるあたしの助手ということにしていただいて、それらしく振る舞っていただけません?」

「助手? わたしがお前の?」

「ああっ。もちろん」

涼子の声が懇願調に変わっていく。

「もちろんMの分際で、Sのお姉さまを助手扱いするなんて、とっても不遜なことだということ、涼子、よくわかってます。でも……でも……初対面の人に、涼子とお姉さまの本当の関係を上手に説明するのって、とっても難しいと思いますの。涼子とお姉さまが同性なのに愛し合っていて、それもお姉さまは涼子のご主人様で、涼子はお姉さまの奴隷で……でも奴隷といっても虐げられるなんてことはなくって……いいえ、虐げられるんですけど、それはとっても甘美な体験で……ああっ、本当に難しいですわ」

そうなのである。涼子は真琴さんにとって、可愛い後輩というだけではない。性的なパートナーであり、真琴さんのS的欲望を満たしてくれるM奴隷でもあるのだ。

それだけではない。ドMを自称する涼子はまた、将来は探偵になると宣言もしている。SM的行為をすると途端に名推理がひらめくドM探偵として、将来は探偵事務所を経営するつもりだというのだ。ミス研に入部したのも、探偵修業の一環なのだそうな。バカなのか? バカなのだろう。

「いいよ。じゃあ、助手ということにしておく」

真琴さんは少しあわてて言った。初対面の人間にSMの話などしない。そんな当たり前の結論に涼子が達している以上、真琴さんに異論はなかった。

涼子は、心底安心したように、ほっと息をついた。そして、声をまたさっきのやわらかな明るい調子に戻して言った。

「ありがとうございます、お姉さま」

「ただね、涼子……」

「はい?」

「最初から言っているように、わたしは宝探しの手伝いはしないからね。わたしは、犬と遊ぶんだから。人懐こいって話だから、すごく楽しみ」

S的傾向を持つ人間らしく、真琴さんは犬が大好きである。

「あの怖い犬の相手をしてくださるだけで……涼子、感謝の心でいっぱいですわ」

「お前もいっしょに遊ぶんだよ、涼子。今日一日で、犬を手なずけておくの。だって、わたしが付き添ってあげるのは、今日だけなんだから」

「涼子にできるでしょうか」

涼子の声が、またなんとなく心細げになった。

「大丈夫」

真琴さんはきっぱりと言った。とにかく犬に関しては自信があるのである。

「犬を手なずけるとっておきの手を、わたしは知ってるんだから。それを涼子に伝授してあげる」


涼子に舞い込んだ依頼というのは、こうである。

一月ほど前、九十歳近くの(おそらくはかなり偏屈者の)老人が死んだ。その老人は妻に先立たれ、息子たちとは折り合いが悪く、長いこと独り暮らしを続けていた。長男に譲った邸宅とは別に小さな家を買って、そこで寂しく暮らしていたのである。ただ、この数年は、その小さな家に交通事故で両親を亡くした若い娘――老人の遠い親戚にあたる――を養っていた。両親と死に別れたとき高校生だった娘は、老人の援助を得て大学まで出してもらい、今は二十五歳。小学校の先生をしているという。

それが今回の依頼主の朝倉さんである。今回の――というよりも、ドM探偵を自称する涼子にとっては、初めての依頼というべきだが。

さて、そうした話となると、当然のごとく相続で一揉め起こりそうなところだが、実際は平穏なものであった。老人はきっちりとした遺言状を遺していて、実の二人の息子にはそれぞれ億単位の遺産が贈られ、朝倉さんには老人と共に暮らした小さな家と一匹の犬が遺された。

問題は、老人が生前よく言っていたという、こんな言葉である。

「この家に、ちょっとしたものを隠しておいたよ。わたしが死んだら、探してみるといい。見つかったら、たぶんお前はびっくりするかもしれないが……息子たちには渡さんでいい。あいつらには、ちゃんと別に遺してやったからな。お前が一人で使うといいよ。だが、さてさて……お前に見つけられるかの? 女だてらに大学まで出してやったが、どこまで知恵が働くか、これは見物じゃの……」

◇自著を語る◇ 角幡唯介『エベレストには登らない』
本の妖精 夫久山徳三郎 Book.67