ヤマ王とドヤ王 東京山谷をつくった男たち 第十一回 漂流する風俗嬢

 

トイレで過ごした休み時間

 

 ナツキにとっての「心の空白」。
 それを感じたのは、幼少期に溯る。
「妹もお母さんも、そしてお父さんも居所は分からないです。だから“いないもん”みたいな感じで思っています。名前は分かるので、将来的には会えたら会いたいなと思っています」
 そう語るナツキは小学生の頃、両親が離婚した。正確な時期は分からないが、母はある日突然、妹を連れて出ていった。そして父、母方の祖母の3人で暮らすようになる。父は土木関係の仕事をしていたが、母の記憶といえば、入学式で一緒に写真を撮ったことぐらいで、ほとんど覚えていない。
 そんな家庭環境の一端が、授業参観の時に露呈する。周りの生徒は両親に見守られていたが、ナツキにとっての「親」は祖母だった。それが原因で、いじめを受ける。
「正直、イヤだってばあちゃんに言いました。なんでお母さんじゃなくて、ばあちゃん来るの? って。それで私ずっといじめられて。でも考えてみたら、周りはお父さんお母さんしかいない中、ばあちゃんもホントは学校に来たくなくて、辛い思いしたんじゃないかなって」
 家が古い木造建築だったこともいじめのネタにされ、「びんぼう!」とからかわれた。
「小学生の時、私はクラスで仲間に入れてもらえなかったんです。給食の時間に席をくっつけても会話もしないし、授業でグループディスカッションをやる時も私だけはしかとされていました」 
 中学生になると、父も女を作って蒸発した。祖母と2人暮らしになった。相変わらずいじめは続き、家が薪ストーブだったことから「薪くさい」「荷物が煙くさい」などと揶揄され、休み時間はトイレにこもった。
「ずっと1人でした」
 高校入学後も最初は恐怖心を抱き、昼食の弁当はトイレで食べていた。それに気づいた女子が話し掛けてくれ、生まれて初めて、「友達」と呼べる仲間ができた。
「その子のおかげで、高校では明るくなりました。その子は友達が多く、私とは真逆だったんです。私なんかに構う必要がない子だったんですけど、それでも駆け寄ってきてくれて、私のことを唯一友達って周りに言ってくれたんです」
 ナツキは嬉しそうに述懐するが、「私なんか」という言葉の裏に、無意識に自分を卑下する心が透けて見えた。
 以来、高校生活が楽しくなり、その友達の影響でファッションや化粧品に興味を示すようになる。だが、介護関係の仕事をする祖母の収入では経済的な余裕がなく、好きに買い物はできなかった。大学進学への道も早くからあきらめ、高校卒業後は地元のショッピングモールでアパレルの店員として働いた。その間に登録した出会い系アプリで、ホストのセイヤと知り合った。仕事場では店長と反りが合わず、半年で退職。セイヤに会うために上京しようと思い立った。  
 祖母からは「そんなに簡単に人のことを信じないほうがいい。ネットの人なんて」と引き留められたが、振り切って新幹線に乗り込んだ。
 それは秋が色づき始めた、2018年10月のことだった。

◎編集者コラム◎ 『DASPA 吉良大介』榎本憲男
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