ヤマ王とドヤ王 東京山谷をつくった男たち 第十二回 犯罪者を送り込まれた宿主の苦悩

 

自ら山谷を選ぶ前科者たち

 

 山谷の簡易宿泊所へ送り込まれる生活保護受給者の中に、犯罪者や予備軍が紛れ込んでいる一方で、出所した後に自ら山谷に来る前科者も一部にはいて、これが事情をより複雑にしている。
 出所者の中には、帰宅先が確保できないまま出所し、再犯に至る者が多い。また、帰宅先がない者ほど刑務所への入所を繰り返し、再犯期間が短くなる傾向にある。日本の再犯率は現在、約49%で、出所した2人に1人が再び犯罪に手を染めている計算だ。
 出所者の社会復帰を支援し、行き場を確保するため、一定期間保護する更生保護施設が現在、日本全国には103カ所ある。いずれも法務省から認可された民間の保護施設だ。退所後も行き場を見つけられず、生活保護を受給する前科者もいれば、最初から保護施設には入所せず、そのまま娑婆しゃばに出て生活保護を受給する者、真面目に更生して仕事に就く者など、出所後の道は、本人を取り巻く環境次第で決まる。
 刑務所を出所した生活保護受給者で、帰宅先がない場合、たとえば東京では、受給先の区が割り振るグループホームなどの民間施設に入所することになる。だが、そこでトラブルを起こし、山谷や横浜の寿町など、簡易宿泊所が多い地域に送り込まれるケースも一定数見られる。一方で、グループホームを敬遠し、自ら山谷行きを希望する前科者もいる。
 その1人、荒木満(仮名、50代)は、傷害罪で懲役10月の実刑判決を受け、2020年2月に府中刑務所を出所した。その足で電車を乗り継ぎ、台東区福祉事務所へ向かった。所持金は、刑務所での作業報奨金を合わせて1万円ほど。生活保護を申請し、当面の貸付金1万5000円を受け取って山谷の簡易宿泊所にチェックイン。間もなく生活保護の受給が認められた。
 でっぷりとした体格に、白髪で頭が真っ白に染まった荒木。山谷の滞在歴は長い。これまでにも詐欺罪で何度も刑務所に入所しており、山谷と刑務所を行ったり来たりしていた。
 荒木が受け取る生活保護費は約14万円。このうち約5万4000円が1カ月の宿泊代で、残りは自由に使える。ところがグループホームなどの施設へ送られると制約を受けるため、山谷の方が「快適」に暮らせるのだという。山谷の立ち飲み屋で取材に応じた荒木が、タバコをふかしながら語った。
「グループホームは3食付きで、宿泊費も引かれると現金は手元に2万円ぐらいしか残りません。それじゃ1日700円しか使えませんよ。タバコとジュースで終わっちゃうでしょ? 服も靴も買えないし、床屋にも行けない。グループホームだったら飲酒もできないし」

立ち飲み屋で荒木は、ウーロンハイを飲みながら刑務所生活を振り返っていた
 

 荒木はかつて、練馬区のグループホームで生活していたことがある。そこは最寄り駅から徒歩20分ほどかかり、不便な場所だったという。
「しかも相部屋なんですよ。4人とか5人部屋に入れられちゃう。プライベートがない上にちょっとしたことで口論になったりする。朝6時からご飯だとかでゆっくり寝てられないし、門限も9時。掃除当番もあるし冗談じゃないって思っていました」
 結局、荒木は数週間ともたず、同室者ともめて追い出された。練馬区の福祉事務所からは「もうドヤしかないだろう」と告げられ、「ドヤって何だろう?」と思いながら連れて来られたのが山谷だった。
「でも山谷の環境を1回味わってしまうと、グループホームなんて行けないですよ。こっちのが便利だから。炊き出しもあるし」
 山谷では毎日、至る所で支援団体による炊き出しや弁当の無料配布が行われているため、それだけで生きていこうと思えば可能だ。荒木は言う。
「やっぱり1人暮らしが一番です。今月は吉原とガールズバーに行き過ぎちゃったからお金が無くなり、1日2回炊き出しに行っています。刑務所行くような人はわがままだから、集団生活ではもめる。だから山谷に来るしかないんです」
 荒木のスマホをのぞいてみると、ガールズバーの女性従業員と一緒に写った写真が保存されていた。
 山谷地域は本来、社会に居場所を失った人たちの受け皿だ。と同時に、多くの支援団体が活動しているため、山谷に来れば最低限の生活は保障される。だがしかし、そうした支援の輪が良くも悪くも、前科者を寄せ付ける土壌になっている側面は否定できない。

スピリチュアル探偵 第18回
西川美和『スクリーンが待っている』