吉川トリコ「じぶんごととする」 7. 本の地図をひろげて

じぶんごととする 7 本の地図をひろげて


 生んでくれてありがとうと礼を言ったそばからこんなことを言うのもなんだけれど、正直J文学はちょっとハードで疲れるようなところがあった。「J文学」のJは純文学のJでもあったらしいので(ううっ、ダセーぜ)、中には難解なものもあったし、九〇年代とくに顕著だったセックス・ドラッグ・ロックンロール&バイオレンスな世界観に若干のついていけなさを感じてもいた。

 私は女性の生活を書いたものが読みたかった。半径五メートルのリアルな世界を活写したものを読みたかった。『若草物語』のような、『赤毛のアン』のような、『女生徒』のような小説の現代版であり大人版。短大のころに愛読していた作家の作品も多く掲載されていたが、さらに江國香織、鷺沢萠、山本文緒、姫野カオルコ、金井美恵子、中山可穂、海外のヤングアダルト小説まで、この本をガイドにどれだけの本を読みあさったことだろう。

 そうして、しこしこ書き続けてきた小説に道筋をあたえてくれたのもL文学だった。多感な時期に村上龍を読み、そのすぐあとにJ文学を読んでいたので、文学というのはなんとなくハードな題材を扱わなければならないのではと思い込み、セックスもドラッグもやったことないのにそのようなものを書いていたバカな若者に、自分が書くとしたらJではなくLだと気づかせてくれたのは大きかった。あのままJ道を突っ走っていたら、向いてない作風の小説を書き続け、いまだに新人賞に送り続けていただろう——いや、落選続きで書き続けるような根性もないから、とっくに小説を書くのをやめていたかもしれない。道を誤らずにすんだのは斎藤美奈子さんのおかげです。ネキと呼んでもいいですか。

 ひとかどの小説家になれたかどうかはさておき、二十年間たいしたヒットもないまま生き残っていられるのだからそれなりに適性はあったのだと思う。もしかしたら、私の小説を読んで読書が好きになったり、小説を書きはじめたりした子どもがどこかにいるかもしれない。そうやってつながっていくのだと思うし、つなげていきたいとも思っている。


 ここまででおわかりのとおり、私はブックガイド的なものにめっぽう弱いし、また頼れる先輩だとも思っている。

 漫画誌を読まなくなってから、すっかり新しい漫画を追えなくなってしまったのだが、そんなときに役に立ったのも『このマンガがすごい!』のようなランキング形式のブックガイドだった。ただし、不特定多数によるランキングはあまりあてにならないこともだんだんわかってきた。みんなが好きなものを自分も好きになれるとはかぎらない。なんならノット・フォー・ミーすぎて腹が立つことすらある。同じように文学賞をとった作品やベストセラー小説が必ずしも自分にフィットするかといったらそうともかぎらず、この連載の第三回に書いた「食べログ」問題のように、評価 3.06 ぐらいの作品こそ自分にとっての名作だということもある。

 もちろん、これから広大な本の海に泳ぎだそうとしている人たちにとって、ランキングや文学賞はなんらかの指標をあたえてくれるものだとも思う。そこから自分だけの航路を見つければいいのだから、入口なんかなんでもいいし、実際それらの本はすでに入口として大きな役割を果たしてもいる。

 もし最初に手に取った本が自分にフィットしなかったとしても、この世には一生かかっても読み切れないほどの膨大な本があり、中にはきっと自分のために書かれたものだと思えるような一冊がある。その一冊に効率よく出会うためには、信頼できる識者を見つけて頼るのがいちばんではないだろうか。家族や友人、教師や司書、書店員(や書店の棚)など、身近にそういう存在がいればラッキーだけれど、そうでない人のためにはブックガイドがある。何冊か以下に紹介する。いい航海を!
 

読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100

『読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100』
大矢博子
日経文芸文庫

 ミステリーが読みたいと思ったときに、初心者すぎてどこから手をつけていいのかわからないでいた私を導いてくれた一冊。ミステリーとはいってもハードボイルドな探偵ものや警察ものや本格ミステリーとかそういうんじゃなくて、アガサ・クリスティーの『春にして君を離れ』みたいなのが読みたいの! でもどうやって探したらいい? というわがままな要望にばっちり応えてくれた。何冊か紹介されているものを読んでみたが、さすが大矢ネキのお墨付きだけあってどれも面白く、中でもケイト・モートンの『秘密』は夢中で読みふけった。

韓国文学の中心にあるもの

『韓国文学の中心にあるもの』
斎藤真理子
イースト・プレス

毎月のようにどこかしらの出版社から韓国文学が刊行されている昨今、どこから踏み入っていいのかわからない! と迷子になっている人も多いだろうが、まずはここから入るのはどうだろう。文学にかぎらず、映画やドラマ、K−POPなど、韓国文化に触れる機会が多い人にとってマストの一冊。韓国文化を深く理解するためには、韓国の近現代史を知っておいて損はない。美奈子ネキと真理子ネキ姉妹にはお世話になっています。韓国文学のブックガイドとしては『韓国文学ガイドブック』(監修/黒あんず ele-king Books)もおすすめ。

名作なんか、こわくない

名作なんか、こわくない
柚木麻子
PHP文芸文庫

 名作ってなんかハードル高い、読もう読もうと思ってるんだけどなんとなく手が出ないままきてしまったという私やあなたのために、国内外の名作文学の読みどころを教えてくれる一冊。名作をそんなふうに読んでいいの? と思うような柚木ネキならではの斬新でカジュアルな視点に肩の力が抜ける。「名作なんか無理して読まなくていいよ! 私がかいつまんでみんなにシェアするから!」というスタンスも頼もしい。

出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと

出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと
花田菜々子
河出文庫

 タイトルがそのまま本の内容を示してくれているのでわざわざ紹介文を書かなくてもいいという最高の一冊。ブックガイドというよりは出会い系サイトで出会った人たちとの交流を描いたルポルタージュがメインだが(これがめっぽう面白い!)、現役書店員の著者だけあって、本の海の水先案内人としても申しぶんない。この本を気に入ったら、次は花田ネキの書店「蟹ブックス」に行って、さらに自分の中の読書マップをひろげてみるのはいかがでしょう。

新潮クレスト・ブックス2023-2024

『新潮クレスト・ブックス 2023-2024』
新潮社

 海外文学好きにとって新潮クレスト・ブックスはそのレーベル自体が頼れるセレクトショップのようなものだと思う。それほど熱心な海外文学読者ではない私でも、クレスト・ブックスはまちがいないと思っているようなところがある。クレスト・ブックスが毎年出している小冊子を見れば、注目の近刊、これから出る本、過去のラインナップなどが網羅できるようになっている。

 


吉川トリコ(よしかわ・とりこ)

1977年生まれ。2004年「ねむりひめ」で女による女のためのR-18文学賞大賞・読者賞受賞。2021年「流産あるあるすごく言いたい」(エッセイ集『おんなのじかん』所収)で第1回PEPジャーナリズム大賞オピニオン部門受賞。22年『余命一年、男をかう』で第28回島清恋愛文学賞を受賞。2023年『あわのまにまに』で第5回ほんタメ文学賞あかりん部門大賞を受賞。著書に『しゃぼん』『グッモーエビアン!』『戦場のガールズライフ』『少女病』『ミドリのミ』『光の庭』『マリー・アントワネットの日記』シリーズ『夢で逢えたら』『流れる星をつかまえに』『コンビニエンス・ラブ』など多数。
Twitter @bonbontrico


 

◎編集者コラム◎ 『書くインタビュー6』佐藤正午
週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.124 丸善丸の内本店 高頭佐和子さん