J・グリシャムの新作小説は裁判官汚職の内部告発がテーマ・今アメリカで一番売れている本は?|ブックレビューfromNY【第14回】
アメリカでは、クリスマス・プレゼントに何を買おうかと迷った末に本を選ぶ人が多い。今週のリストは12月17日で終わる週、つまりクリスマス・ギフトを買う最後の週の売り上げをもとにしている。というわけで、リストはどんな本がクリスマス・プレゼントとして売れ筋だったかを表している。8作品が、今まで、リストに載ったことのある本だ。評判の良い本、自分で読んでみてお勧めの本をプレゼント用に購入したのだろう。
先月のリスト以降に新たにベストセラー入りをしたのは2作品だけ(“Cross the Line”, “Tom Clancy: True Faith and Allegiance”)だ。そのほかは、先月以降ずっと10位以内、あるいは過去に11位以下に落ちたものの再登場だった。
ジョン・グリシャム
本コラムの筆者が2017年の最初に選んだ1冊は、ジョン・グリシャムの新作“Whistler”だ。昨年10月にベスト・セラー1位で初登場した。2週間1位を維持した後、2位、3位、2位、そしてまた1位にカムバックして3週目になる。この小説の中で、グリシャムはFlorida Board on Judicial Conduct(フロリダ裁判官品行審議会)の捜査官レイシー・シュトルツという主人公を登場させている。グリシャムの小説には珍しく女性が主人公だ。
ジョン・グリシャム(John Ray Grisham, Jr.)は1955年アーカンソー州ジョーンズボロで5人兄弟の第2子として生まれた。父親は建設現場や木綿農業の仕事をしていた。グリシャムが4歳の時から家族は米国南部の各地を転々と引越しするようになり、最終的にはミシシッピー州のサウスヘブンという町に落ち着いた。1977年グリシャムはミシシッピー州立大学で会計学の学士号、1981年ミシシッピー大学法科大学院で法務博士号(専門職)(Juris Doctorate)を修得した。大学院修了後に弁護士として働き、州議会議員選挙に当選して1984-1990年にミシシッピー州議会で民主党議員として2期務めた。
1984年、たまたま12歳の少女レイプ事件のことを知ったグリシャムは、もし少女の父親が悲しみと怒りからレイプ犯人を殺したら、という想定で小説を書き始めた。このグリシャムの最初の小説“A Time to Kill” はいろいろな出版社から断られ、最終的に小さな出版社から1989年にやっと出版された。華やかとは言えないデビューだったが、2作目の小説“The Firm”は大ベストセラーになり(47週ニューヨークタイムズ・ベストセラー)、一躍有名作家の仲間入りをすることになった。1990年代から2000年代の初めにかけ、グリシャムの小説の多くは映画化された。弁護士という自分の専門を活かし、彼の小説の多くはリーガル・サスペンス(法廷小説)のジャンルだが、2000年代に入ってからは、法律モノ以外、例えば野球やアメリカン・フットボールを題材にした小説なども執筆するようになった。13歳の男の子セオドア・ブーンを主人公にした子供向けのサスペンス小説シリーズも2010年から出版している。グリシャムの小説は42か国語に翻訳され、世界中で愛読されている。
Board on Judicial Conduct(裁判官品行審議会)
フロリダの州都タラハシーに本部があるフロリダ裁判官品行審議会(Board on Judicial Conduct:BJC)は政治的に選ばれた5人の元判事や弁護士から成り立っている。フロリダ州の裁判官の品行や(不正)行為に関する苦情や訴えに対して裁判形式で審議を行う。ディレクターのマイケル・ガイスマーの指揮のもと6人の捜査官が捜査を行う。捜査官はすべて弁護士だ。警察ではないので銃を携帯しない。BJCの予算はガイスマーの努力にもかかわらず毎年削られる一方で、捜査官の数もどんどんカットされ、現在は6人の捜査官ですべての訴えの捜査を行っている。幸いなことに大部分の裁判官・判事は品行方正で、苦情や訴えはあまり多くなく、何とか6人の捜査官で仕事をこなしてきた。
主人公のレイシー・シュトルツはBJCの捜査官の1人だ。36歳、独身で優雅な一人暮らしをしている。相棒のヒューゴ・ハッチは学生時代にはアメリカン・フットボールの花形選手だったが、怪我をして選手をやめ、ロースクールに入って弁護士資格を取ってBJCで働き始めた。すでに結婚、生後1か月の乳児を含め4人の子持ちで妻のヴァ―ナともども、ちょっと生活に疲れ気味だ。レイシーはヴァ―ナとも仲が良く、時々ベビーシッターを頼まれている。
レイシーとヒューゴはフロリダ内部告発者法(Florida Whistleblower Statute)の手続に従い提出された訴えの捜査を始めた。内部告発だが訴えは告発者本人ではなく代理人の弁護士、グレッグ・マイヤーズの名前で提出されている。訴えられた判事はクローディア・マックドーバーという女性ベテラン判事で、好感度が高く真面目で今まで悪い噂や苦情は一切なかった。訴えは、判事がネイティブアメリカン居留地内のカジノ絡みで、マフィアから賄賂を受け取っているという極めて深刻な内容だった。しかし、訴えの内容や内部告発者の正体などに謎や疑問点も多かった。告発の動機に報奨金があることは明確に思われた。代理人弁護士グレッグ・マイヤーズは、かつて不動産に絡む組織的違法行為に関係した罪で有罪になり服役、弁護士資格を剥奪され、数か月前にやっと資格回復されたという経歴の持ち主で、BJCも訴えの信憑性には半信半疑だった。手始めにレイシーはヒューゴとともにグレッグから直接話を聞いた。