【NYのベストセラーランキングを先取り!】『ダーク・ピット』シリーズ最新作! クライブ・カッスラーの息子、ダーク・カッスラーが米中対立の世界を描く冒険活劇 ブックレビューfromNY<第73回>

失われたチベット仏教の秘宝

1973年に始まった「ダーク・ピット」シリーズは、2006年からは生みの親であるクライブ・カッスラーと息子のダーク・カッスラーの共著として出版されていた。2020年2月24日にクライブ・カッスラーが死去したため、この最新作Clive Cussler’s the Devil’s Seaは、ダーク・カッスラーが初めて単独著者となった。カッスラーの小説の多くは日本で翻訳出版されているのでファンも多いと思うが、ダーク・ピットが主人公のこのシリーズは、架空のアメリカ政府機関NUMA[3](国立海中海洋機関)に所属する主人公の冒険サスペンスを描いている。シリーズのなかでダーク・ピットは結婚し、双子の息子ダーク(ジュニア)と娘サマーをもうけた。そして成人した兄妹はそれぞれ海洋技術者、海洋学者となり、父ダーク・ピット・シニアが長官を務めるNUMAに勤務している(なお、小説では父のダークをピットと呼び、息子のダークをダークと呼んで区別している場合が多いので、このコラムでも、その呼び方で父と息子を区別したい)。

Clive Cussler’s the Devil’s Seaは、中国共産党政府の重圧に対して住民が蜂起した1959年のチベット自治区が舞台のプロローグから始まる。混乱のなか、ダライ・ラマ14世は多くの高僧とともにチベットのラサからインド北部へ脱出した。ダライ・ラマたちが去った後、CIAの訓練を受けたチベット人のゲリラ兵士ラマプラ(ラム)は、ラサ近郊の僧院から、儀式で大事な役目を持つ秘宝である仏像と仏具を、中国軍による略奪や破壊から守るために持ち出した。彼はCIAのチャーター機で国外への脱出を試みたが、悪天候のヒマラヤ山中で飛行機は消息を絶った。そして仏像と仏具は乗員とともに行方がわからなくなり、現在に至っている。

海底深く沈んだ極超音速ミサイル

そして舞台は現在。中国は米国に先んじて、極秘に小型極超音速ミサイルの開発を行っている。試作品の実験段階まで進んだが、3度目の実験も失敗に終わった。小型化のために様々な素材を試したものの、どれも極超音速により発生する高熱に耐えられず、メルトダウンを起こしてしまうのだった。ミサイルは発射3分後にルソン海峡に墜落した。3回の失敗に苛立つ中国人民解放軍のヤン大佐は、開発責任者のリュー博士に「何が何でも高熱に耐える素材を探し出せ」と命じた。博士は「そんな単純な話ではない。この世のものではない素材なのだから」と言葉少なに答えるのみだった。

この試作ミサイルの発射を、アメリカ第100ミサイル防衛旅団[4]は感知していた。レーダーやセンサーのデータ、墜落までの時間や飛行距離の分析・解析の結果、これがアメリカも開発できていない小型の極超音速ミサイルであることがわかると、副大統領ジェームズ・サンデッカーに直接報告された。

同じころ、NUMAの大型海洋調査船カレドニア号はルソン海峡近くで海流調査を行っていた。普段はワシントンのNUMA本部にいるダーク・ピット長官は、相棒アル・ジョルディーノとともにカレドニア号に乗船していた。双子の兄妹ダークとサマーは母船から降ろされた小型深海調査船ストリングレイで、深海での海流調査を行っていた。すると突然、高波が発生した。海底地震などの痕跡はなく、最新のレーダーやセンサーを駆使しても原因を特定できなかった。幸い、カレドニア号にはほとんど被害はなく、高波の後、一時通信の途絶えたストリングレイも無事だった。ストリングレイに浮上を指示し、その回収に向かう途中、カレドニア号は浮遊物につかまって海中を漂う2人の男を救助した。2人は近くで海底調査をしていたオーストラリアの小型船の乗員で、沈んだ船の中にもう一人が閉じ込められていると言った。カレドニア号が沈んでいる調査船に接近すると、ピットはすぐに海に飛び込み、閉じ込められている女性マーゴ・ソーントンを救出した。それから浮上したストリングレイを回収してダークとサマーを救出し、そのまま津波(高波)に襲われて被害を受けたルソン島に向かった。

ピットはルソン島の海岸で、半分砂にうもれた飛行機の残骸に目を止めた。海底に沈んでいたものが津波で浮上したようだった。その時、カレドニア号からピットに、ワシントンのNUMA本部から緊急にオンライン会議開催通知があったので船に戻るようにと連絡が入った。船の会議室のモニターには、NUMA本部の会議室に座っている副大統領ジェームズ・サンデッカーが映し出されていた。サンデッカーは、80マイルほど離れたルソン海峡に墜落した中国の小型極超音速ミサイルの残骸を海底から回収せよと命じた。中国より早く見つけ出して回収する必要があった。カレドニア号はすぐさまルソン島を離れたが、ダークとサマーは被災者の救助活動を続けるため島に残った。余裕があれば、父が見つけた飛行機の残骸も調査するためだった。

ピットとジョルディーノは、ミサイル墜落地点に向かう前に、救出したマーゴ・ソーントンと沈没した小型調査船の乗員2人を彼らの母船であるメルボルン号にヘリコプターで送り届けることにした。メルボルン号はオーストラリアの民間大型海洋調査船で、マーゴの父アリスティア・ソーントンが所有し、彼自身も乗船し調査を行っているという話だった。ピットとジョルディーノはメルボルン号の甲板に3人を下ろすと、すぐに飛び去った。しかし、マーゴたちは、船上に見知らぬアジア人ばかりいることに気付いて驚いた。アリスティアやほかの乗務員たちはどこにいるのだろうか?

台湾からインド北部のダラムサラへ

島に残ったダークとサマーは救援活動を続行したが、続々と救援隊が到着したので、海岸の飛行機の残骸の調査を始めた。そして機内に残されていた頑丈な木箱を回収した。開けてみると中は防水され、8つに区切られていて、それぞれに車輪、花、魚などをかたどった黒い石の彫刻が入っていた。名刺も見つかり、表は漢字、裏には英語で中華民国、国立故宮博物院、チベット美術部門のディレクター、Dr. Feng Zhoushanと書かれていた。サマーが故宮博物院のチベット美術専門のチェン博士に電話すると、フォン博士(Dr. Feng)は1963年3月に台北から香港行きの飛行機に乗ったが、飛行機は途中で消息を絶ち、墜落したと推測されているということだった。そして、サマーの話にチェン博士は非常に驚いた。サマーは、8つの美術品を故宮博物院へ返しに行くと伝えた。

故宮博物館でサマーとダークを迎えたチェン博士は、石の彫刻を見て、これらはチベット仏教の8つのシンボルを表す仏具で、隕石を彫ったものだと説明した。ラサ郊外の僧院が所有していたが、チベット蜂起のどさくさで在処がわからなくなり、インドにあることを知ったフォン博士が、故宮博物院で展示するために借りてきたものだった。チェン博士が箱の裏書きを解読したところ、仏具はインドに住むチベット人が所有し、マクロード・ガンジにあるチベットの美術館に預けられていたものだった。フォン博士は、仏具を返しに行く途中に事故に遭ったようだ。夜遅くまでサマーとダークがチェン博士と話し込んでいると、博物院に泥棒が入り、隕石の仏教美術品が盗まれるという事件が起きた。ダークが犯人を追いかけ、追い詰められた犯人はクルマにはねられ死亡したが、この犯人は中国人だった。ここ数日、他のアジアの国でも美術館や博物館からチベットの隕石美術品が盗まれる事件が相次いで起きていた。一体なぜ隕石美術品ばかりが盗まれるのだろうか?

サマーとダークは、この隕石の仏具を返還するため、インド北部ヒマラヤ山脈のふもと、チベット亡命政府のあるダラムサラへ向かった。マクロード・ガンジはダラムサラの一地区だ。美術館を訪れると、突然、銃を持った2人の男が押し入ってきて、ダークが持っていた仏具の箱を奪い、サマーを人質にして立ち去った。ダークは居合わせたダライ・ラマの警備官テンジンとともに追いかけ、サマーと仏具を奪い返した。この後、テンジンの案内でサマーとダークは仏具の所有者だったラマプラ・チョドロンに会った。彼こそが、1959年に僧院から秘宝である仏具と仏像を持ち出したゲリラ兵だった。飛行機が墜落する時、開いたドアからヒマラヤ山中の雪の上に振り落とされたラム(ラマプラ)は通りかかったネパールの行商人に助けられ、ネパールに逃れた。その後はインドの人里離れたヒマラヤ山脈のふもとで隠遁生活を送っていた。仏具の箱はずっと背負っていたため、飛行機から落ちる時も、ネパールに逃れる時も手放さずに済んだのだという。それだけに、仏具を故宮博物院のフォン博士に貸し出し、返却してもらえなかったことを深く後悔し、恥じていたので、仏具が戻ったことを非常に喜んだ。チベット仏教では、託宣のためには、この8つの仏具と、やはり隕石を彫って作られた仏像が必要だった。ラムは、仏像のほうは一緒にラサを脱出した屈強な老僧が背負っていたので、多分今でも彼の遺体とともにヒマラヤ山中に眠っているだろうと話した。

ラムの記憶を頼りに、ダーク、サマー、テンジンの3人による仏像探しが始まった。そして、3人を中国のスパイが追跡した……。

シージャックされたメルボルン号

マーゴたちをメルボルン号に送り届けたピットとジョルディーノは、カレドニア号に戻って極超音速ミサイルの探索を始めた。2台のAUVs(自立型無人潜水機)など最新の機器を駆使して残骸の場所を特定したピットとジョルディーノは、潜水船ストリングレイに乗りこみ、残骸を回収した。ミサイルの心臓部であるスクラムジェット・エンジンも回収できた。

一方、メルボルン号に戻ったマーゴと船員2人は、この船が中国の軍人にシージャックされていることを知った。3人は船倉に閉じ込められた。小型極超音速ミサイル打ち上げの指揮を執っていたヤン大佐の甥シェン中尉がシージャックの首謀者だった。メルボルン号は今や、ミサイルを回収しているカレドニア号から半マイルのところに停泊している。シェン中尉は2人の兵士に、夜中、ゴムボートでカレドニア号に近づき、爆弾を仕掛けろと命じた。沈めるためではなく、航行不能になる程度のダメージを与えるのが目的だった。

そんな時、再び高波が起こり、深海にいたストリングレイはボールのように海中で跳ね回った後、海底で動けなくなった。 通信機が故障し、母船との連絡も取れない。海上のカレドニア号は高波にもまれたうえに船底で爆発が起きて浸水し始めた。すぐに最寄りの台湾・高雄港に向かわなければ沈没の危険があった。やむなく、ストリングレイが浮上した時のために食料や必需品を積んだ補給船に3人の船員が乗りこんで現場に残り、カレドニア号は高雄港を目指してその場を去った。

⚫︎ ピットとジョルディーノは無事に浮上して救助されるのか?
⚫︎ ミサイルの残骸はシェン中尉に奪われることなくアメリカ政府の手に渡るのか?
⚫︎ メルボルン号のアリスティア・ソーントンとマーゴ、そして船員たちの運命は?
⚫︎ 中国軍はなぜメルボルン号をシージャックしたのか? この大型ハイテク船が台湾政府から依頼されていた秘密の研究とは? 突然の高波と関係があるのか?
⚫︎ ミサイルの完成に必要な「この世のものではない」耐熱素材とは?
⚫︎ ダーク、サマー、テンジンは隕石の仏像を見つけて、中国のスパイに奪われずに持ち帰ることができるのか?

この後、ルソン海峡ではピットとジョルディーノ、ダラムサラではダークとサマーが活躍する。

現実の国際情勢を反映したように、この小説では中国が敵国として描かれ、台湾がアメリカの友好国になっている。アメリカ政府が台湾と防衛協定を結ぼうとしているという舞台設定もある。

クリスマス、お正月の休暇を楽しむのに最適な、壮大な冒険サスペンスだ。

[3]National Underwater and Marine Agency=NUMA
[4]100th MDB(GMD)として知られる100th Missile Defense Brigade(Ground-based Midcourse Defense)の使命は、米国の地上での中間防衛(GMD)。衛星、海上レーダー、陸上レーダーのセンサーネットワークは、発射を追跡し、弾道を追跡し、これらの弾道が米国本土に向かっているかどうかを判断することで、敵の弾道ミサイル攻撃を検出する。

佐藤則男のプロフィール

早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。 1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。 佐藤則男ブログ、「New Yorkからの緊急リポート」もチェック!

初出:P+D MAGAZINE(2021/12/14)

◎編集者コラム◎ 『ウズタマ』額賀 澪
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