【NYのベストセラーランキングを先取り!】エマ・ストラウブの新作! 40歳から16歳へ、タイムトラベルを繰り返す女性が選んだ道は……? ブックレビューfromNY<第78回>

40歳のさびしい誕生日

この小説は、タイムトラベルの話である。 と同時に、父と娘の愛・信頼・絆、そして女性同士の友情の物語でもある。

アリス・スターンは40歳の誕生日を間近に控え、可もなく不可もない人生を送っていた。大学では美術を勉強したが、卒業後は専門を活かす仕事ではなく、母校であるエリート私立学校の事務所に何となく就職し、いつの間にか入学担当のNo.2の地位になっていた。上司のメリンダはアリスがこの学校の生徒だった時からずっと事務所で働いていて、アリスにとっては頼れる上司だった。もう一人、入学業務をしているエミリーは28歳の後輩で、アリスは彼女とも信頼し合い、仕事を分担してきた。プライベートでは、5歳年下のボーイフレンドのマットと良い関係を保っていた。アリスは大学卒業以来ずっとブルックリンの古いレンガ造りのアパートの1階に住んでいて、マットはマンハッタンの高級マンションの18階に住んでいた。二人の関係が親密になった時、アリスがマットのマンションで一緒に暮らすという選択肢もあったが、アリスは《自分の場所》にこだわった。マットと知り合って1年余り経ち、彼からプロポーズがあるかもしれないと予感するようになったが、アリスは彼との結婚をイメージできなかった。かつて母セリーナは夫と6歳のアリスを捨ててカリフォルニアのカルト集団に入り、それからは父レオナルドによって育てられたアリスには、結婚に対するあこがれや期待感があまりなかった。その最愛の父は、1か月前に入院して寝たきりの状態だった。今日明日に命が危ないという病状でもなかったが、医者は回復の見込みはないと言うのだった。

誕生日の数日前、マットはマンハッタンの高級レストランでアリスにプロポーズした。しかし、アリスはその場で断ったために理想的なボーイフレンドを失った。そんな時、アリスの勤める学校へ入学を希望するラファエル・ジェフリーの父親が、実はアリスがこの学校に通っていた頃に仲が良かったトミーだとわかり、親子面接に来たトミー(トーマス)・ジェフリーと妻のハンナを目の前にして、アリスは心がざわつくのだった。トミーとは、アリスの16歳の誕生日パーティ以来の再会だった。

その日、メリンダはアリスとエミリーに、来年9月いっぱいで定年退職すると告げた。エミリーは、「では、アリスが私の上司になるのね?」と訊いたが、メリンダは、「残念ながら後任は、すでに別の私立学校の人が来ることに決まっている」と答えた。考えてみれば、アリスはここで学校運営に関する研修を受けたりはしたものの、大学で学校経営を学んだわけではなく、もちろん学位を持っているわけでもなかったので、もともとメリンダの地位に昇進することはあり得なかった。エミリーはまだ若いから、これから大学院に行って修士号を取ることもできるだろうが、自分にはもう無理だとアリスは思った。つまり、この学校でのキャリアに将来性はないと思い知った。

そして迎えた40歳の誕生日、土曜日なので、職場での誕生パーティもなく、高校以来の親友のサムと二人だけで、マンハッタンで夕食を共にすることになった。3人の小さな子供を持ち、ニュージャージーに住むサムは、当日一番下の子が熱を出したにもかかわらず、アリスを誕生日に独りぼっちにはできないとマンハッタンまで出てきたが、さすがに長居はできず、早々に帰っていった。一人レストランに残されたアリスは、すぐに帰宅する気分にもなれず、若い頃にサムたちと通ったバーへ行き、バーテンダーを相手に夜更けまで飲んだ。酔っぱらったアリスは、ブルックリンの自宅には帰らず、マンハッタンのウェストサイドにある父の家に泊まることにした。入院している父からは家の鍵を預かっていて、ハンドバッグに入っているはずだった。ところが玄関のドアを開けようとしたら、どうしたことか鍵は見つからず、アリスは家の中に入れなかった。

父の家は、ブロードウェイとウェストエンド街の間、94丁目から95丁目にかけての一角に1921年に建てられた2階建ての集合住宅で、ここには昔ハンフリー・ボガートも住んだことがあると言われていた。庭には電話ボックスくらいの門番小屋(Guard House)が建っていた。アリスが子供の時ですら、すでに門番などはいなくて、小屋は庭掃除の道具や雪かき用シャベルなどの置き場になっていた。父の家に入れず、ブルックリンの自宅に帰る元気もなかったアリスは、この門番小屋で眠り込んでしまった。

16歳の不思議な誕生日

翌朝、父の家の2階、自分の部屋のベッドで目覚めたのは、オーバーサイズのTシャツを着て、ショートパンツをはいた16歳の誕生日のアリスだった。40歳の誕生日を迎えたばかりのはずだったのに、なぜ、自分が16歳なのか戸惑ったアリスだったが、若々しくハンサムな父レオナルドや、やはり16歳のサムと共に16歳の誕生日を再び体験することになった。時は1996年10月12日。この日は午前中、学校で土曜日ごとに行われている大学入試のための補習講座があり、アリスはサムやほかの同級生たちと参加した。学校ではトミーにも会った。近所に住むアリス、サム、トミーの3人はいつも一緒だった。夕食後には、サムが中心となり、アリスの家で誕生日パーティを開くことになっていた。レオナルドは、アリスたちが友達同士で楽しく過ごせるようにと、サムとアリスを夕食に連れ出した後、自分は自宅に戻らず、マンハッタンのホテルで開催されるSF小説の集会に出かけた。その夜はホテルで一泊して、翌日自宅に戻る予定だった。レオナルド・スターンはSF小説家だった。1980年代に出版したタイムトラベラーの兄弟の冒険物語Time Brothersは大ベストセラーとなり、人気テレビドラマ・シリーズとして、長い間人々に親しまれてきた。

自分がなぜ40歳から16歳になってしまったのか? これはタイムトラベルなのだろうか? とアリスは朝から思い悩み、誕生日パーティの最中、父に相談してみようと思い立った。乱れ始めたパーティを早めに終了すると、サムとトミーを連れて集会の行われているホテルに行き、父に、自分は40歳だったはずなのに16歳に戻ってしまっていることを話した。奇想天外な話に、さぞ驚くだろうと思いきや、父は「そうか」と答えると、詳しくは家に戻ってから話そうと言った。レオナルドは、タクシーにサムとトミーも乗せ、それぞれ家に送り届けた後、アリスと家に戻った。

なんと、実は父もタイムトラベルの経験者だった! Time Brothersを書く時、タイムトラベルについて情報収集をしているなかで、この集合住宅にはタイムトラベルにまつわる噂があることを知ったという。そして、たまたま売りに出た集合住宅の一部屋を買ったのだが、すぐにタイムトラベルを体験したわけではなかった。最初のタイムトラベルは、ほんの10年ほど前だということだった。

タイムトラベルの末に

40歳のアリスは、見知らぬ部屋、見知らぬベッドで目を覚ました。40歳に戻るために、昨夜遅く16歳のアリスは父に言われた通りに午前3時、門番小屋で眠りについた。そして、翌朝、アリスは元の40歳とは違う40歳のアリスとして目覚めた。トミーと結婚し、2人の子供の母となっていたのだ。

2度目の16歳のアリスが元の16歳とは違う幾つかの行動をした結果、このような40歳になったのだとアリスは理解した。16歳のアリスは、トミーに淡い恋心を抱いていた。元の16歳のアリスは、乱れに乱れた誕生日パーティで、トミーが年長のリジーとアリスのベッドでセックスしているのを見て、トミーと絶交した。しかし2度目の16歳では、パーティでトミーがリジーに誘惑される前にパーティを終わらせ、トミーも一緒に父に会いにいった。その結果、アリスは、後にトミーと結婚することになったのだろう。元の40歳のアリスの父レオナルドは、Time Brothers以外の本は出版しなかった。しかし、本当はいつも原稿を書いていたことを知っているアリスは、2度目の16歳では書きためた原稿を出版するよう、サムにレオナルドを説得させた。そして年を取ってから病気にならないように、禁煙し、野菜も食べるように父に忠告した。その結果、2度目の40歳のアリスの父はDawn of Timeという2作目の小説を出版し、Time Brothers以上の評価を受けていたが、やはり不治の病気で入院していた。しかし父は孤独ではなく、デビ―という同年代の女性がレオナルドを熱心に看病していた。

トミーはその夜、アリスのために1日遅れの40歳の誕生日パーティを開いた。カジュアルなパーティという話だったが、レストランから料理が届き、バーテンダーやウェイター、ウェイトレスが派遣されてきた。ところがアリスは、こんな華やかな生活は自分になじまないと感じ、再び16歳に戻るためにパーティを抜け出すと、父の家に向かった。

そうしてアリスは、理想的な40歳を模索するため、16歳と40歳の間を何度も行き来した。16歳での行動や言動を変えることで、いろいろな40歳を体験したが、大きく変わることと、あまり変わらないことがあった。ただ、自分にとって何が大切で揺るぎないものかが次第にわかってきた。つまり、自分は結婚したり、子供を持ったりするより、働きながら自分なりの生活をすることのほうが好ましいのだと確信した。そして、父がどれだけ自分を大切に育ててくれたかよくわかった。そんな父には、不治の病になどなってもらいたくなかったが、いくら健康に気をつけても、どんな状況でも、アリスが40歳の時に父は病の床にあった。それでも、デビ―のような伴侶と過ごす父を見るとアリスの心は和んだ。そして、父にはぜひDawn of Timeを出版した人生を歩んでもらいたいと切に願った。サムは、40歳のアリスにとって、常にどんな状況であっても頼れる親友だった。

そしてついに、納得のいく40歳の自分を見出した時、アリスはもはや午前3時になっても門番小屋に行かなかった。……はたして彼女が選んだ40歳の自分とは?

著者について[2]

エマ・ストラウブはアメリカ人の小説家。父親はホラー/サスペンス小説家ピーター・ストラウブ。グラフィックデザイナーの夫と2人の息子がいる。ブルックリンにあるBooks are Magicという名の書店のオーナーでもある。
その他の代表作:All Adults Here (2020)、Modern Lovers (2016)、The Vacationers (2014)、Laura Lamont’s Life in Pictures (2012) など。

[2]Emma Straub – Wikipedia

佐藤則男のプロフィール

早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。 1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。 佐藤則男ブログ、「New Yorkからの緊急リポート」もチェック!

初出:P+D MAGAZINE(2022/06/14)

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◎編集者コラム◎ 『予備校のいちばん長い日』向井湘吾 企画・監修/西澤あおい