【NYのベストセラーランキングを先取り!】ガマシュ警部シリーズ最新作! スリー・パインズ村を舞台に、謎の贋作絵画をめぐって展開するサスペンス ブックレビューfromNY<第85回>

ガマシュ警部が住むスリー・パインズ村

今月紹介するのは、カナダ人小説家ルイーズ・ペニーの代表作、ケベック州警察の警部アルマン・ガマシュを主人公とするシリーズの最新作A World of Curiositiesである。シリーズ初期の4作品は日本語に翻訳されているので、読んだ方もいらっしゃるかもしれない。ペニーは2021年には元アメリカ国務長官ヒラリー・クリントンと共著でサスペンス小説State of Terror を上梓している。この作品は2021年11月にこのコラムで紹介した。

ガマシュ警部の職場はカナダ第2の大都市でありケベック州都のモントリオール市にあるケベック州警察の殺人課だが、彼の住まいは、モントリオールからそれほど遠くないものの自然が豊かで、ひっそりとした古い小さな村スリー・パインズにあり、毎日モントリオールへ通勤している。直属の部下としてガマシュ警部を支えているボーヴォワール刑事は、ガマシュの娘アニーの夫である。殺人課を率いて、毎日、様々な殺人事件解決のため奔走する日々にあって、スリー・パインズ村で、元司書の妻レーヌ・マリーや近所の人たちと過ごす時間は、ガマシュにとって至福の時である。この最新作でもスリー・パインズ村が舞台となり、お馴染みの近所の人たちが登場する。

10年ぶりに再会した弟の「心のひずみ」

ボーヴォワール刑事と初めて一緒に仕事をした10年前のシングルマザー殺人事件は、ガマシュにとって、後味が悪く悔いの残る事件だった。捜査が進むにつれ、殺害されたクロチルド・アースノーは自身が売春行為をするだけでなく、娘フィオナ(13歳)と息子サム(10歳)にも客を取らせる売春ビジネスを展開していたことが明らかになり、客のなかには警察関係者も含まれていた。この姉弟によって母親クロチルドは殺されたのだった。子供のどちらが主犯だったかについて、弟サムは姉が主導したと証言し、姉フィオナが反論しなかったこと、アルコールや薬物依存がひどくなっていた母に代わり、事件当時はフィオナが実質的に売春ビジネスの帳簿管理などをしていたことから、検察はフィオナを主犯とみなして成人としての殺人罪を適用することを主張した。ガマシュは、母親による虐待などを鑑みて、厳罰を科すより、姉弟の心のケアを含む更生に重点に置いた判決を願った。しかし結局、フィオナは実刑を科されて刑務所に入った。まだ幼いサムについては、殺人にどの程度関与したかわからないまま児童養護施設に送られた。ガマシュはフィオナのことをずっと気にかけ、刑務所のフィオナと定期的に面会し、仮釈放のために手を尽くして身元保証人にもなった。そして特に理工分野で頭脳明晰なフィオナが仮釈放後にモントリオール理工科大学に入学できるように手配もした。

殺人事件から10年後の6月、フィオナは晴れてモントリオール理工科大学を卒業することとなった。妻レーヌ・マリーとともに卒業式に出席したガマシュは、その会場で10年ぶりにフィオナの弟サムの成人した姿を見つけ、不吉な予感が心をよぎるのだった。10年前初めて会った時から、ガマシュはサムについて、あどけない外観とはちぐはぐな違和感、何か底知れない心のひずみを感じていたのだった。

160年前の手紙で明かされた隠し部屋

マーナ・ランダーズは心理学者で、今は引退してガマシュ家の隣で書店を経営し、店の2階に住んでいる。今年モントリオール理工科大学を卒業する姪ハリエット・ランダーズはマーナの家に同居している。マーナは現在ビリー・ウィリアムズと付き合っていて、ビリーと一緒に住む話が持ち上がっている。そんな折、ビリーは数代前の祖先にあたるピエール・ストーンが1862年に親しい女性(おそらく妻かフィアンセか妹)に宛てた手紙を受け取った。この古い手紙はどうやら誰かによって最近発見され、差出人であるピエール・ストーンの住所(ビリーが子供の頃に住んでいた先祖代々の家)に送られ、その家の現在の住人がビリーに転送したものらしかった。手紙には、石工だったピエールが、スリー・パインズ村のある家の屋根裏部屋をレンガの壁で仕切り、隠し部屋を作るという秘密の依頼を受けたことが記されていた。そして、ビリーはガマシュも含む近所の人たちと手紙を検証した結果、この秘密の部屋は、マーナが住む書店の屋根裏部屋(現在はマーナの寝室になっている)のレンガ壁の奥にあるのではないかと推測した。

マーナと家主であるオリヴィエの了解を取り付け、ビリーは近所の人たちが見守るなかでレンガ壁に人が出入りできる穴を開けた。するとそこには巨大な絵画が置かれていた。その絵を見て、画家のクララは思わず「珍品の世界(A World of Curiosities)」だ、と言った。正式鑑定の結果、この絵はイギリス・ノーフォーク郡のノリッジ城博物館に展示されている、1670年代初期に描かれた「パストンの宝物」というタイトルの絵画(「珍品の世界」というニックネームで知られる)の贋作と判定された。世界中から集めたと思われる当時としては珍しい品々が一見雑然と描かれた絵は、画家のサインがなく作者不明であることなど、謎の多い絵画として知られている。

よく見ると、この贋作にはオリジナルとは異なる部分が多々あり、デジタル腕時計が描かれていたり、制作方法などから、最近描かれたものだとわかった。では、その贋作がなぜ、どのようにして隠し部屋に持ち込まれたのか? オリジナルの絵とは違う描き込みには、何かメッセージが込められているのか?

そんな時、カナダで最高のセキュリティを誇る刑務所から、ガマシュに恨みを持つサイコパス[2]の連続殺人犯で終身刑を受けたジョン・フレミングが、替え玉を刑務所に残して脱獄していたことが判明した。

ガマシュは、自分と家族に向けられる邪悪で危険な見えざる意図を強く感じるのだった。

⚫︎ フィオナとサム姉弟の10年ぶりの再会と、ガマシュが感じる邪悪な意図は関連があるのか?
⚫︎ 「パストンの宝物」の贋作は、誰がなぜ制作し、どのように隠し部屋に運び込まれたのか?
⚫︎ 脱獄したジョン・フレミングの行方は? 彼はこの贋作となにか関係があるのか?

すべての疑問が明らかになる驚愕の結末まで、読者は一気に読み進んでいくことになるだろう。

この小説では、推理小説としてのストーリーとあわせて、関連する歴史的事実にも注目したい。モントリオール理工科大学では1989年12月6日、女性ばかりが銃撃され14人が死亡、13人が負傷するというヘイトクライムとみられる事件が実際に起きている。この事件で負傷し、その後カナダにおける銃規制推進運動の最前線で活躍しているナタリー・プロボストは、この小説の中では、銃撃事件の被害者で女性エンジニアの育成に尽力しているモントリオール理工科大学教授として描かれている。また、事件当時、新米刑事だったガマシュは通報を受けて大学に駆け付け、この事件がきっかけで殺人課を志願することになったというエピソードも紹介される。

著者について[3][4]

ルイーズ・ペニーは1958年カナダ・トロント生まれの小説家。カナダ放送協会(CBC)でラジオ・ホストや放送記者を18年経験し、作家に転向した。ケベック州警察殺人課のアルマン・ガマシュ警部を主人公にした処女作Still Life (邦題:『スリー・パインズ村の不思議な事件』)は多くの文学新人賞を受賞した。このシリーズはそれ以後も、アガサ賞(8回)など多くの文学賞を受賞している。2017年には国の文化発展に貢献したという理由で、カナダ勲章(The Order of Canada)を授与されている。

[2]サイコパスとは、「反社会性パーソナリティ障害」という精神病者のこと。一般人と比べて著しく偏った考え方や行動を取り、対人コミュニケーションに支障をきたすパーソナリティ障害の一種。サイコパスの主な症状として、感情の一部、特に他者への愛情や思いやりが欠如していることや、自己中心的である、道徳観念・倫理観・恐怖を感じないといったことが挙げられる。
[3]Louise Penny – Wikipedia
[4]カバーのそでの著者プロフィール

佐藤則男のプロフィール

早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。 1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。 佐藤則男ブログ、「New Yorkからの緊急リポート」もチェック!

初出:P+D MAGAZINE(2023/01/12)

# BOOK LOVER*第13回* ふかわりょう
◎編集者コラム◎ 『ふたつの星とタイムマシン』畑野智美