【著者インタビュー】村田沙耶香『地球星人』
〈なにがあってもいきのびること〉を誓った魔法少女がたどり着く先は――? 『コンビニ人間』で芥川賞を受賞した著者が贈る、常識を破壊する衝撃作!
【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】
生き延びることを誓った少女は「人間工場」と対峙する――『コンビニ人間』を上回る衝撃作!
『地球星人』
新潮社
1600円+税
装丁/新潮社装幀室 装画/岡村優太
村田沙耶香
●むらた・さやか 1979年千葉県生まれ。玉川大学文学部卒。03年『授乳』で第46回群像新人文学賞(小説部門・優秀作)を受賞しデビュー。09年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、13年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島由紀夫賞、16年『コンビニ人間』で芥川賞。本作は受賞後第一作。「受賞した夜に『忙しくてこれから半年は記憶がなくなるよ』とか『肉食べた方がいいよ』って先輩方に言われて、大げさだなあと思ったんですけど、本当でした(笑い)」。152㌢、A型。
「常識」は人を窮屈にも楽にもするが距離感さえ自覚していればいいと思う
大人も何かと大変だが、子供を〈いきのびる〉のはもっと大変だった。
村田沙耶香著 『地球星人』の主人公〈笹本奈月〉は、だから虚構を必要としたのだろう。ある時、玩具売場で埃を被っていたハリネズミのぬいぐるみ〈ピュート〉をお年玉で救出した彼女は、ピュートを通して〈ポハピピンポボピア星の魔法警察〉から使命を与えられ、〈気配を消す〉魔法や〈幽体離脱の魔法〉が使える〈魔法少女〉になった。お母さんから出来損ないと呼ばれた時や、塾の〈伊賀崎先生〉にいたずらされた時も、奈月は必死に念じた。〈からっぽになって従わなくては〉〈大人に捨てられたら子供は死ぬ。だから私を殺さないでください〉と。
毎年お盆になれば信州の〈
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魔法使いも時代や地域によってタイプは様々だが。
「私が印象的なのは再放送で見た『魔女っ子メグちゃん』ですね。可愛くて強くてセクシーで魔法も使えるメグちゃんは私にとって完璧な女の子。思春期の頃はそういう
奈月が毎年お盆を過ごす秋級は、著者の父方の故郷がモデルとか。険しい山道を延々ゆき、ようやく辿り着く元農家には〈蚕の部屋〉や〈お仏壇の部屋〉があり、毎夏名前を覚えきれないほどの親戚が集まって〈送り火〉を焚くのも、団地育ちの奈月には楽しみだった。
「私自身も団地育ちで、ザリガニを獲った川や自然が次第に失われゆく中で育ったので、あの、夜は闇しかなくなる感じとか、送り火がゆらめく感じを、いつか小説の舞台に書き留めておきたかったんです」
だが母と姉は父の故郷を毛嫌いし、ヒステリックな母や姉に父が何も言えないのもいつものこと。そんな一家の不満の〈ゴミ箱〉にされてきた奈月には、〈秋級の山で、宇宙船から捨てられてたのを拾ってきた〉という母親の言葉を真に受け、宇宙に帰る日を待ちわびる由宇が羨ましくさえあった。
そして夏祭りの日のこと。伊賀崎先生の自宅に呼び出された奈月は、何か〈ぬるりとした温かいもの〉を含まされ、〈ごっくんこ〉する特別授業を先生に強要される。それまでにも先生に〈すこしだけおかしいこと〉をされたことはあった。が、そのおかしさを言葉にできない。〈いつになったら、生き延びなくても生きていられるようになるの?〉と由宇を問いつめた奈月はやがて彼との仲すら引き裂かれ、宇宙船も結局、2人を迎えに来てはくれないのである。
私には妙なポジティブさがある
〈私は、人間を作る工場の中で暮らしている〉〈私と夫の子宮と精巣は「工場」に静かに見張られ〉〈生命を製造しない人間は〉〈やんわりと圧力をかけられる〉……。
それがあるサイトで知り合った〈智臣くん〉と肉体関係抜きの契約結婚をした、奈月の考える地球だった。
「書かないことも考えた
その3人がまさか終盤で
地球=人間工場に対する三者三様の態度が秀逸だ。積極的に工場に洗脳され、部品になることを望む奈月に対し、由宇はただ環境に流されることを望み、最も批判精神に富むのが〈宇宙人の目〉がダウンロードされたと信じ込む智臣だった。彼は言う。〈『価値観』というものも、『工場』の洗脳なんですよ〉〈本当に怖いのは、世界に喋らされている言葉を、自分の言葉だと思ってしまうことだ〉
「私は怒るのが苦手で、それが本当に自分から湧き出た怒りなのか、単に誰かの怒りをなぞっているのか、わからなくなるんですよね。物を食べる時も情報を食べている感覚があるし、いつか恋や結婚をして子供を産まなきゃいけないと思うのも工場の洗脳かもしれない。
もちろんそのことをどう思うかは人それぞれですし、私は地球星人がポハピピンポボピア星人より劣るとか、自分こそが普通で常識的だと思う奈月の家族や友達を馬鹿にするつもりもない。というのも私自身が規則や常識を逸脱できない人間で、コンビニ店員として常識的に行動し、感謝される心地よさを、あくまで肯定的に書いたのが『コンビニ人間』(芥川賞受賞作)なんです。人を窮屈にも楽にもする常識というものに対して、距離感さえ自覚していればいいのでは、と思います」
やがて3人は工場と決別し、衣食を全て自力で賄う原始生活に突入。敵が来れば襲い、その肉を食らってまで生きようとする彼らが、いっそ清々しくすら思えてくるのも村田ワールドだ。
「それこそ『強盗に襲われたらどうする?』みたいな話を友達とした時に、私が『ワンチャン(one chance)だけ頑張る!』と言ったらそれが妙にウケて、内々の流行語になったことがあるんです。『その状況で、ワンチャンって何よ』みたいな感じで(笑い)。でもそういう妙なポジティブさが私にはあるみたいで、とにかく生き延びることが普遍の真理のような気もするんです。
私はゴキブリが嫌いで、見つけたら殺しますが、初めて見た時は綺麗な虫だと思ったし、もし昆虫食が一般的な国にいたら美味しく食べていたかもしれない。そう考えると、人間に植え付けられた価値観って面白いなあと、小説を書けば書くほど思えてくるんです」
奈月が凌辱される場面や由宇と契りを交わすシーンにしても、村田氏はそれを誰のものでもない
●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光
(週刊ポスト 2018年11.2号より)
初出:P+D MAGAZINE(2018/11/09)