文学的「今日は何の日?」【6/1~6/7】

あの名作が世に出た日。
憧れのヒロインの誕生日。
かの大作家の失恋記念日。
……そう、毎日が何かの記念日です。さて、今日は何の日でしょうか。
6月1日から始まる1週間を見てみましょう。

6月1日

岩井志麻子「密告函」で、役場にコレラ罹病者密告用の投書箱が設けられる

明治34年のこの日、コレラの蔓延に苦しむ岡山県下で、和気××村役場にコレラの罹病者用の密告函が設置されました。病院に隔離されると生き血を抜かれるとの噂があり、感染を隠蔽する家が多かったための措置です。一番若手の片山弘三は、密告があった家を訪ねて感染の有無を確認することを任されます。密告函から出てきた中には、村はずれに住む怪しげな祈禱師夫婦の娘・お咲の名が。若く美しいお咲は、誰にでも身を任せるといわれ、村の女たちや捨てられた男たちの恨みを買っていました。感染確認のためお咲を訪ねた弘三も、ひとめで心を奪われてしまい……。コレラよりも恐ろしい、人の心の闇を描くホラーです。


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6月2日

夏目漱石『行人』で長野二郎が雅楽稽古所の演習に出かける

明治の文豪として数々の名作を残した夏目漱石。その漱石の「後期三部作」のひとつ『行人』は、語り手である長野二郎が友人・三沢と落ち合う予定で大阪へ旅立つところから始まります。しかし三沢は胃腸炎を患い、旅先の大阪で入院していました。やがて病も癒えて東京に戻った三沢からの招きで、二郎は6月2日に富士見町の雅楽稽古所で開かれた音楽演習に出かけます。そこで引き合わされたのは、三沢の許婚者とその兄、そして許婚者の友人という「もうひとりの女」でした。果たして、三沢の思惑とは……?


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6月3日

第一次世界大戦中の兵営で、若きウィトゲンシュタインが「写像理論」を発見

1916年6月4日、ウクライナ南西部のガリツィアで、ロシア軍がオーストリア=ハンガリー帝国軍への猛攻を開始しました。司令官の名をとって「ブルシーロフ攻勢」と呼ばれます。このとき、オーストリア=ハンガリー帝国軍の中に、志願兵として従軍中の若き哲学者ウィトゲンシュタインがいました。谷賢一が2013年に発表した戯曲『従軍中のウィトゲンシュタイン(略)』は、その前日である6月3日、兵営のテーブル上に戦況を再現していたウィトゲンシュタインが「写像理論」を発見する瞬間を鮮やかに描いています。全163文字と、あまりに長いこの戯曲の正式タイトルは、ぜひ本を手に取ってご確認ください。


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6月4日

和田竜『のぼうの城』で、石田三成率いる2万3千の軍勢が忍城を包囲する

天正18年、豊臣秀吉は16万の大軍を率いて小田原城征伐に乗り出し、北条氏の支城・忍城の攻略を石田三成に命じます。忍城城主・成田氏長は秀吉方に内通しており、勝ちが約束された戦でした。武功のない三成に手柄を立てさせたいという、秀吉の思惑だったのです。6月4日、2万3千の三成軍が忍城を包囲します。圧倒的な多勢に無勢でしたが、軍使・長束正家のあまりの非礼に、氏長の留守を預かる従兄弟・成田長親は開戦を決意。何事にも不器用で「でくの坊」を縮めて「のぼう様」とあだ名される長親の突然の宣戦布告に、家中は騒然となりますが……。野村萬斎主演で映画化もされた、和田竜の代表作のひとつです。


出典:https://www.shogakukan.co.jp/books/09408551

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6月5日

Z・ミウォシェフスキ『もつれ』で、右目を焼き串で突かれた死体が見つかる

検察官テオドル・シャツキの活躍を描くポーランド発のミステリー小説、ジグムント・ミウォシェフスキ〈シャツキ三部作〉。その第1作である『もつれ』は、2005年6月5日、グループ・セラピーを受けていた印刷会社経営者ヘンリク・テラクが、右目を焼き串で突かれた遺体となって発見されるところから始まります。テラクは教会で行われていた泊まりがけのグループ・セラピーに参加中で、容疑者はセラピー仲間と精神科医の男女4人。混迷を極める捜査のなか、テラクの遺品から過去のある事件に注目したシャツキは……。


出典:https://www.shogakukan.co.jp/books/09406373

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6月6日

高校生探偵イジドール・ボートルレがアルセーヌ・ルパンを追ってルーアンに向かう

最も有名な怪盗といえば、モーリス・ルブランが生んだアルセーヌ・ルパンでしょう。小説『奇岩城』は、ノルマンディーのジェーブル伯爵邸で起きた、殺人ならびに絵画盗難事件を描いています。高校生探偵イジドール・ボートルレは、警察が手を焼くこの事件を難なく解き明かしたばかりか、絵画を盗んだのはルパンだと見抜き、一躍時の人に。大学入学資格試験前の休暇を使ってルパンを捕まえると宣言し、6月6日、列車でルーアンに向かいます。しかしルーアンに着いた彼を待っていたのは、ジェーブル伯爵の姪レイモンド誘拐の報でした。怪盗、美女、高校生探偵、そしてイギリス人探偵エルロック・ショルメが入り乱れるこの事件。最後に笑うのは誰でしょうか?


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6月7日

『とはずがたり』の著者・後深草院二条が、不義の恋人「雪の曙」と密会

後深草院の寵愛を受けながら、院の近臣たちとも関係を持ってしまうという愛欲の日々を、赤裸々に綴った日記文学『とはずがたり』。作者の後深草院二条には14歳のときすでに「雪の曙」なる思い人がいましたが、後深草院の寵愛を受け出仕、皇子を産みます。ですがその後も「雪の曙」とは切れず、それどころか文永11年の春には彼の子を身ごもってしまうのです。「雪の曙」からの「6月7日に里へ退出せよ」との便りに退出すると、「雪の曙」は岩田帯を用意して待っていました。その愛情がいい加減なものではないことを感じつつも、将来への不安を抑えられない後深草院二条の揺れる心が率直に綴られています。


出典:https://www.shogakukan.co.jp/books/09658047

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