文学的「今日は何の日?」【11/23~11/29】

あの名作が世に出た日。
憧れのヒロインの誕生日。
かの大作家の失恋記念日。
……そう、毎日が何かの記念日です。さて、今日は何の日でしょうか。
11月23日から始まる1週間を見てみましょう。

11月23日

恭子がお見合いをする――絲山秋子「勤労感謝の日」

簡潔な文章で淡々と綴りながらも、弱さや温かさといった人の心の機微を巧みに描き出し、多くの読者から支持される絲山秋子。短編「勤労感謝の日」『沖で待つ』所収)は失業して職安通いの日々を送る36歳の恭子が、母と親しい近所の住人・長谷川さんからの熱心な勧めでお見合いをするお話です。かつて事故に遭ったときに助けてもらった恩もあり、断りきれないままに決められてしまった日取りは、勤労感謝の日の11月23日。相手の男性は商事会社勤めの野辺山清、38歳です。長谷川さんの心づくしのご馳走を前に「結婚するしないは別として、いい男が来たらいいな」とそわそわする恭子。さて、どんな出会いが待っているのでしょうか?


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11月24日

アプレゲール犯罪として世上を騒がせた「光クラブ事件」の首謀者が服毒自殺

1948年9月に東京大学の学生・山崎晃嗣が友人と創立した金融会社「光クラブ」は、刺激的な広告戦略と高利の配当で注目を集め、設立から4か月で銀座に本社を構えるまでに急成長を遂げます。ですが翌年7月、物価統制令違反容疑で山崎が逮捕。不起訴となったものの、出資者からの信用を失って一気に資金繰りが悪化しました。400人近い債権者から計3000万の出資金を返済するよう求められた山崎は、返済期日前日の11月24日になっても金を用意できず、青酸カリを服し自殺しました。三島由紀夫が山崎をモデルに『青の時代』を、高木彬光が「光クラブ」残党が新たな金融犯罪に手を染める『白昼の死角』を書くなど、多くの作品がこの事件から誕生しています。


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11月25日

〈僕〉はラウンジのテレビで三島由紀夫の姿を見る――村上春樹『羊をめぐる冒険』

『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』と共に村上春樹の「初期三部作」と呼ばれるのが、『羊をめぐる冒険』です。物語の語り手である〈僕〉は、学生時代の1970年の秋から翌年の春にかけて、三鷹のはずれにあるアパートで毎週火曜日の夜を、1人の女の子と過ごしていました。その年の11月25日は水曜日。前の晩、アパートに泊まった彼女と、近所にあるICUのラウンジでホットドッグをかじっていたとき、ラウンジのテレビには三島由紀夫の姿が映し出されていました。東京・市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監部で三島が割腹した事件を報じるニュースの映像です。当時、早稲田大学の学生だった村上にも大きな衝撃を与えたであろう事件の第一報は、このような形で作中に描かれているのです。


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11月26日

豊田有恒「パチャカマに落ちる陽」において、インカ帝国皇帝アタウアルパが異母兄ワスカル殺害を命じる

テレビアニメ『エイトマン』や『鉄腕アトム』の脚本を手掛け、日本のSF第一世代として日本SF作家クラブ会長も務めた豊田有恒。1974年発表の短編「パチャカマに落ちる陽」はインカ帝国最後の皇帝アタウアルパに仕えた将軍チャルクチーナと、22世紀からタイムマシンでやってきた少女ゲルダの物語です。1532年11月26日、アタウアルパから「異母兄ワスカルを殺害せよ」との命令が、チャルクチーナに届きます。スペイン軍に囚われたアタウアルパは、彼らの傀儡となりかねないワスカルを排し、帝国を守ろうとしたのです。一方、22世紀の男性たちにはない魅力を放つチャルクチーナに恋したゲルダは、彼を救い、スペイン軍を滅ぼす方法を考えていました。その方法とは……?


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11月27日

「大南北」と呼ばれた狂言作者・四世鶴屋南北が亡くなる――赤江瀑「恋怨に候て」

文政12年11月27日、歌舞伎の『東海道四谷怪談』や『桜姫東文章』で知られる狂言作者・四世鶴屋南北が亡くなります。しかし葬儀が行われたのはそれから1月半も後の、翌年1月13日でした。このとき葬儀自体を滑稽狂言に仕組んで、自ら書き上げた『寂光しでの門松後かどまつご万歳まんざい』という芝居の趣向で送られたと伝わります。歌舞伎への造詣深い赤江瀑が、この南北の死を題材に書いたのが、短編恋怨れんおんそうろうて」はなこうべ所収)です。語り手の〈わたくし〉は裕福な呉服問屋の御曹司でしたが、父の色恋沙汰から放火され、家族も店も失ってしまいました。無宿となって物乞いをしていた彼がなぜ、南北を「師匠」と呼び、その最期を看取るようになったのか。すべては1人の植木職人の目撃談から始まっていました。


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11月28日

百物語の最中に火燵が勝手に庭に下りて駆け出す――井原西鶴『武道伝来記』

『好色一代男』で知られる井原西鶴が、各地に伝わる敵討ちの逸話をまとめたのが『武道伝来記』です。その巻五第四話「火燵こたつも歩く四足の庭」は、天正3年11月28日の出来事が引き起こした敵討ちの物語。その日、友枝重之の屋敷で親しい者が集まって百物語に興じていたところ、火燵が勝手に縁側から下りて庭を駆け出しました。友枝は冷静にこれを捕らえ、友人たちは彼の手柄を証拠状に書いて称えます。ところがこれは、火燵に潜り込んでいた犬が動いただけのものでした。本人たちにはちょっとした笑い話でしたが、世間は彼らを平和ぼけと嘲ります。そうなると退くに退けないのが武士の面目。噂話を笑った武士と、友枝が果し合いをすることになってしまい……。


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11月29日

メキシコの金山で一人の男が死亡する――ヒュー・ロフティング『ドリトル先生航海記』

完結から60年を経た今も世界中で愛される、ドリトル先生シリーズ。その第2作『ドリトル先生航海記』は、貧しい靴職人の息子トミー・スタビンズ少年の回想録です。ある時、トミーはタカに襲われ重傷を負ったリスを助け、動物の言葉を話す博物学者のドリトル先生と出会います。やがて彼の助手となったトミーが、ドリトルと航海に出る準備をしていたその頃、町はずれに暮らす「世捨て人ルカ」が窮地に陥っていました。15年前のメキシコでの殺人罪で逮捕されてしまったのです。ルカの無実を信じるドリトルは、ルカの飼い犬ボッブとともに法廷に乗り込みます。ドリトルの通訳で証言台に立つことを許されたボッブは、事件のあった1824年11月29日の夜に目撃したことを話すのでした……。


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初出:P+D MAGAZINE(2020/11/23)

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