ヤマ王とドヤ王 東京山谷をつくった男たち 第十二回 犯罪者を送り込まれた宿主の苦悩
部屋から漏れ聞こえた不審なやり取り
事の始まりは5月中旬に起きた。Aさんの宿泊所に電話で連絡が入った。
「生活保護の男性1人を受け入れて頂きたいのですが」
承諾すると、数日後、「前田」という男がフロントへやって来た。福祉事務所からは、受け入れに関する礼状まで届いた。
前田は小ぎれいな格好で、生活保護受給者という割には、それに相応しい出で立ちではなかった。
「品川区役所に勧められてここへ来ました。この街に来るのは初めてですが、何か変な雰囲気がありませんか?」
そう尋ねられたAさんは、
「中には不審者もいますので気を付けて下さい」
とアドバイスしたぐらいで、前田に対する第一印象は悪くはなかった。それどころか、なぜこの男が生活保護受給者なのだろうかという疑問すら感じた。
山谷地域のいろは会商店街では日暮れ時になると、テントを運ぶ路上生活者たちの姿が見られる
チェックインして1週間ほどが経過した頃から、前田の部屋に、通販サイトで注文したとみられる段ボール箱が毎日のように届くようになる。中身はブランドの香水や衣類など。前田を見掛ける時は、常にスマホを耳に当て、宿泊所の入口や路上で誰かと話をしている姿がほとんどだった。その口調から、電話の相手は女性だろうと察しがついた。
異変に気づいたのは、前田が宿泊を始めてから1カ月後。部屋を留守にし、夜になっても戻ってこない日が続いた。Aさんが語る。
「段ボール箱が届くたびに段々とリッチになっていく印象を受けました。電話の相手も女性だから、他に滞在先があるんだろうと。ちょいワルに見えるので、彼女がいてもおかしくない。生活保護を不正受給しているかもしれないと思いました」
疑いがさらに強まったのは、宿泊所の掃除をしていた時だった。前田の部屋はドアが閉まっていたが、オンラインで若い女性とやり取りしている声が外まで漏れ聞こえてきた。
「夢を実現させるためにダイエットに成功しました。これを機に芸能界デビューしたいと思っています!」
という張りのある女性の声に対し、前田が高圧的な口調で指示を出す。
「分かりにくいからもっと動いて。後ろを向いて! お尻もちゃんと見せて!」
前田の職業はスカウトマンなのだろうか。
そんな彼は部屋を留守にすることがさらに増え、長い時で2週間にも及んだ。前田と同じフロアに宿泊する別の生活保護受給者からは、こんな話も聞いた。
「あの男の声は丸聞こえで、何か悪さをしています。『10万円を返して下さい』と泣き付くような女の子の声が聞こえましたが、男は『俺もお前に随分とカネを使っているから返せない』とつっぱねていました」
前田のイメージがスカウトマンから詐欺師へと変わった。廊下に取り付けていた監視カメラの映像でも、首を傾げざるを得なかった。
その映像には、黒いTシャツに黒い短パン姿の前田が部屋を出て、タバコを堂々と吸いながら廊下を歩く姿が映し出されていた。
トイレの便器には、タバコの吸い殻が捨てられ、禁煙の貼り紙も破られていた。これらの迷惑行為は、前田の仕業ではないかと疑いを強めたAさんは、前田に退去を迫った。